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九章
五
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夢一は腰を落とし、ましろとはちみつに等分に視線を向け、そして大きく頷いた。
「やはり、そう……でしたか」
ましろの双眸に憂いが浮かぶ。はちみつはそんなましろを見て、不安気に彼女の着物の裾をつかんだ。
「仔弐阿弥さんの気配を感じたとき、ましろはなにか不思議な感覚を覚えたのです」
思い返すように言いながら、ましろははちみつの頭を撫でた。はちみつの表情が晴れていく。
「はちみつもなんか感じたんだぞ。胸がわっさわっさしたぞ」
「ええ、わっさわっさしましたです」
笑みを交わしあうふたりを見ながら、夢一は口を開いた。
「でもよ、おめえらは──」
ふたりの肩に手を置く夢一。
「おめえらはもう扇屋の…………──家族だ。そうやって生きてきたし、これからだってそうすりゃいい。仔弐阿弥だってそれがわかったからこそ、おめえらを見てもなにも言わなかったんじゃねえのか? 気づかねえはずはねえからな」
ましろは頭をこつんとぶつけるみたいに夢一に身を寄せ、はちみつは夢一の腰にひしとしがみついた。
「ましろたちだって、これからもずっと扇屋の家族さんなのです」
「はちみつも、家族なんだぞ」
ああ、と夢一はふたりの想いを受け止める。
「俺とましろとはちみつ。それとぴーちくぱーちくうるせえ娘がもうひとり。四人で楽しくやっていこうぜ」
「でも……」
ましろは顔を上げ、強い決意を秘めた瞳を夢一に向けた。
「だからこそ、ましろたちは氷のお猿さんを止めなくてはならないのです。お猿さんを操る贋の仔弐阿弥さんを止めなくてはなりませんです」
「うん、よくわからないが、はちみつもそう思うんだぞ」
はちみつが勇ましく心張り棒を振り上げる。
「待て待ておめえら、”氷申”は各地の霊扇を喰らってきたせいで、その力が莫大に増している。おめえらには危険すぎる」
「いいえ、とましろは否定するのです。ふたりなら大丈夫なのです。ねえ、はちみつ」
「うん、二百人力将軍なんだぞ」
「いや、だからその将軍何者だよ」
心配する夢一にかまわず、ましろは凛とした声で告げた。
「ましろたちを連れて行ってくださいませ、旦那様」
「ましろ……」
「ましろたちの力を解き放ってくださいませ。ましろとはちみつは一生のお願いをするのです」
一歩も退かないといった様子で詰め寄るふたりに閉口し、夢一は舌打ちで応えた。
「わかったよ。そこまで言うなら、もう俺は止めねえ。俺がおめえらを守ればいいだけだしな」
「おっ、旦那様、ちょっとだけかっこいいんだぞ。拾い食いして、おなかでも痛いのか?」
「んなわけあるか」
きゃっきゃっと笑うはちみつの頭を指でつついて、夢一は扇屋を仰ぎ見る。
すずめ、と心の中で呼びかけた。
俺たち三人で場を温めといてやる。だからなるたけ早く来い。
「待ってるぜ」
夢一は口の中で呟いた。
「やはり、そう……でしたか」
ましろの双眸に憂いが浮かぶ。はちみつはそんなましろを見て、不安気に彼女の着物の裾をつかんだ。
「仔弐阿弥さんの気配を感じたとき、ましろはなにか不思議な感覚を覚えたのです」
思い返すように言いながら、ましろははちみつの頭を撫でた。はちみつの表情が晴れていく。
「はちみつもなんか感じたんだぞ。胸がわっさわっさしたぞ」
「ええ、わっさわっさしましたです」
笑みを交わしあうふたりを見ながら、夢一は口を開いた。
「でもよ、おめえらは──」
ふたりの肩に手を置く夢一。
「おめえらはもう扇屋の…………──家族だ。そうやって生きてきたし、これからだってそうすりゃいい。仔弐阿弥だってそれがわかったからこそ、おめえらを見てもなにも言わなかったんじゃねえのか? 気づかねえはずはねえからな」
ましろは頭をこつんとぶつけるみたいに夢一に身を寄せ、はちみつは夢一の腰にひしとしがみついた。
「ましろたちだって、これからもずっと扇屋の家族さんなのです」
「はちみつも、家族なんだぞ」
ああ、と夢一はふたりの想いを受け止める。
「俺とましろとはちみつ。それとぴーちくぱーちくうるせえ娘がもうひとり。四人で楽しくやっていこうぜ」
「でも……」
ましろは顔を上げ、強い決意を秘めた瞳を夢一に向けた。
「だからこそ、ましろたちは氷のお猿さんを止めなくてはならないのです。お猿さんを操る贋の仔弐阿弥さんを止めなくてはなりませんです」
「うん、よくわからないが、はちみつもそう思うんだぞ」
はちみつが勇ましく心張り棒を振り上げる。
「待て待ておめえら、”氷申”は各地の霊扇を喰らってきたせいで、その力が莫大に増している。おめえらには危険すぎる」
「いいえ、とましろは否定するのです。ふたりなら大丈夫なのです。ねえ、はちみつ」
「うん、二百人力将軍なんだぞ」
「いや、だからその将軍何者だよ」
心配する夢一にかまわず、ましろは凛とした声で告げた。
「ましろたちを連れて行ってくださいませ、旦那様」
「ましろ……」
「ましろたちの力を解き放ってくださいませ。ましろとはちみつは一生のお願いをするのです」
一歩も退かないといった様子で詰め寄るふたりに閉口し、夢一は舌打ちで応えた。
「わかったよ。そこまで言うなら、もう俺は止めねえ。俺がおめえらを守ればいいだけだしな」
「おっ、旦那様、ちょっとだけかっこいいんだぞ。拾い食いして、おなかでも痛いのか?」
「んなわけあるか」
きゃっきゃっと笑うはちみつの頭を指でつついて、夢一は扇屋を仰ぎ見る。
すずめ、と心の中で呼びかけた。
俺たち三人で場を温めといてやる。だからなるたけ早く来い。
「待ってるぜ」
夢一は口の中で呟いた。
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