扇屋あやかし活劇

桜こう

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九章

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 父様は言っていた。わたしを守るために託したと。そして父様は化物を葬る最後のすべを得るため、このお守りを手に入れようとしていた。
 すずめはごくりと喉を鳴らした。指が震えた。開けるのが怖かった。あんな恐ろしい魔思を葬る力がこの中にあるかもしれないと考えると、途方もなく怖い。その恐怖の重さに押し潰されそうになる。
 でも……。
 夢一の言い分ももっともだと思う。
 父様が亡くなってしまった今、これを開けることのできる者は、たぶん娘のわたししかいない。わたしにしか許されない。
 夢一を見ると、すずめを後押しするように頷いてくれた。
 父様の思いを知るために。
 すずめは重たい身体を起こして、部屋の文机の引き出しから裁縫用の裁ち鋏を取りだした。それでお守り袋の口を縫い付けてある絹糸を裁ち切っていく。
 ことん。
 ひっくり返したお守り袋の中から出てきたのは、中指ほどの大きさの一丁の固型墨だった。すずめの手の中で、その墨は渋みのある光沢を放っている。
「これは……?」
 怪訝顔のすずめとは対照的に、夢一は予想していたのか「やはりな」と、その墨に目を細めた。
「そいつはおそらく仔弐阿弥が、自身の最高傑作、霊扇十二支を描くのに用いた墨だろう」
「霊扇十二支を?」
「仔弐阿弥の墨の位は松の二番と言われていたが、”十二支”を描くのに用いた霊墨れいぼくには、松の一番に匹敵するほどの霊験がこもっていたと、噂されていたんだ」
 夢一は霊墨をそっとつまみ上げると、裏も表もしげしげと見つめてから、すずめの手に返した。
「これがその霊墨だろう。ひょっとすると、あの自分と瓜二つの魔思を描いたのも、この墨だったのかもしれねえなあ」
「そんな墨をどうして?」
 どうしてお守り袋の中に? これがあの魔思を葬ることのできる最後の術なの? 父様はこの墨でいったい……――!
 そこまで考えて、すずめはひとつの推測に思い至った。
「ああ、そういうことさ」
 すずめの顔色が変わったことに夢一も気づいたのだろう。
「”氷申”にも、あのにせ仔弐阿弥にも対抗できる霊扇を、おめえの父様はこいつで描こうとしたんだろう。それがあの化物を葬ることのできる唯一の手段だと踏んだんだ」
「でも……それを描ける父様はもう……」
 肩を落とすすずめに、夢一は首を横に振った。
「いや、それを描ける奴がもうひとりいるぜ」
 もうひとり?
 怪訝顔のすずめの前で、夢一はいつものように懐から扇子を取り出すと、それですずめを指した。
「おめえだ」
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