扇屋あやかし活劇

桜こう

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八章

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「すずめ、おまえが泣くのを見るのはつらい。それがわたしのせいなのは明らかだから、なおのことつらい。これ以上おまえを悲しませたくはない。だからすずめ、わたしはおまえに会わないつもりだった。だが……」
 仔弐阿弥が苦渋を浮かべる。
「だがわたしが追う化物はわたしが思う以上の力を手に入れ、そうも言ってはいられなくなった。おまえの身を守るために託した、化物を葬る最後のすべを得るために、わたしはおまえを探していたのだ」
 わたしの身を守る? ……化物を葬る最後の術? ……。
 理解できないすずめに、夢一が話を付け加えた。
「仔弐阿弥はな、魔思を降ろし、体が限界だった己に代わって、そいつにすずめを探させていたんだとよ。すずめを知っていたあの番頭に憑りつかせてな」
 仔弐阿弥は自嘲した。
「だがわたしが生み出した魔思はすぐに手に負えなくなった。もともと魔思降ろしの腕が未熟なわたしが、こんな体で魔思を御するのは無謀であったのだ」
「ましろはすずめに間違われてかどわかされたってわけだ」
「あの娘は離れにいるはず。申し訳ないことをした」
 からたちがすぐさま「わたしが行ってまいりましょう」と、屋敷の裏手に向かって走り去った。
「すずめ」
 父様が名を呼んでくれる。それだけですずめの胸は切なく、悲しく、そして嬉しく締め付けられた。
「いまさら詫びたところで許されるとは思っていない。それを償うだけのときも、わたしにはもう残されていない」
「どういうこと、父様?」
「しかしだからこそ、わたしは最後に成し遂げねばならぬのだ」
「最後って……やめて父様、そんな怖いこと言わないで」
 仔弐阿弥はすずめを安心させるように笑みを向けた。
「すずめ、わたしが残したそのお守り、ちゃんと持っていてくれたのだね。それをこちらに放ってはくれないか?」
 溢れていた涙を袖で拭いながら、すずめは足元に視線を落とした。
 手のひらに収まる程度の小さなお守り袋。すずめは常日頃から、このお守りを持ち歩いていた。
 それは幼い頃に父親がくれた代物だった。これはすずめを守るお守りだから──そう言われて渡されたお守り袋は、口が絹糸でしっかりと縫いつけられていた。「中を開けてはいけないよ。お守りの御利益がなくなってしまうから」――父様がそのとき言っていた気がする。
 ああ、そうだ、思い出した。そして父様は最後にこんなことを言ったんだ。
「もう二度と、これを使うことがあってはならぬのだ」と。
 そして翌日、五月雨さみだれの降った明け方。すずめの父親、仔弐阿弥は出奔した。
 すずめはお守り袋を拾い上げた。両手で包み込むと、それは掌を圧迫するかのように激しい熱を放っている。
 そうか、これは父様の気配に反応してるんだ。
「父様、いったいこれは――」
 すずめが問いかけたとき、突然血相を変えた夢一が、すずめとはちみつに覆い被さってきた。
「きゃっ!」
 悲鳴を上げて倒れ込んだすずめの視界に、陽光をぎらりと反射させたなにかが映った。それは瞬時に大きさを増すと、次々に地面に突き刺さっていく。驚いて今まで自分が立っていた場所を見ると、そこには一間ほどの長さもある巨大な氷の矛が突き刺さっていた。
「な、なに……これ?」
 禍々しいほどに冷酷に輝いた氷の矛は周囲に七、八本も突き刺さっている。
「ちくしょう、迂闊だった。奴め気配を消してやがった」
 悔しげに夢一は吐き捨て、はっとして「仔弐阿弥?」と、目を向ける。
「父様!?」
 その光景を見たすずめは、自分の血の気が引く音が聞こえた。視覚も聴覚も遠のき、必死に意識に活を入れて踏みとどまる。
 嘘よ、こんなの……。
 すずめの視線の先で、氷の矛の一本が仔弐阿弥の体を貫いていた。背中の肩口の辺りから突き刺さった氷の矛は腹のほうから抜け、そのままその切っ先を地面に到達させて止まっていた。
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