上 下
30 / 67

24.『策士』は雨上がりと共に⑨

しおりを挟む
 彼らが食している間、仕分けしなかった場所についてのメモを見せてもらっていた。学園来てから六年経つが、知らないスポットがまだまだあると分かり、目を通すだけでも発見があった。街の情報も多く、先ほどいたバルシュミーデ通りのこともあったが、学園内にもまだ見るべき場所があると分かり、今日一日だけでかなり多くの発見があった気がする。地図と照らし合わせながらエミリオと話していると、
「――来たか。」
 窓の外に馬車が来たようだった。
「時間になったらここに来るよう伝えていたんだ。」
 既に一息ついており空になったティーカップを置いたフィフスがそう説明した。――二人ともひと口が大きかったのか、すでに食べ終わっている。味わうというよりも腹を満たしているだけのように見えたが、馬車の時間を気にして急いでいたのかもしれない。
 大事なメモを無くさないよう慎重しんちょうに片付け、身支度を整え席を立つ。――個人情報が載っているものだ。フィフスがなにか落としたものはないか周囲を確かめていると、左翼がその紙袋を手に外へ出ていく。カランカランと乾いた鐘の音が響く。
「本日はありがとうございました。皆さま、またお気軽にお立ち寄りくださいませ」
 店主が退出しようとする我々の元へやってきて丁寧に礼をした。
「ご馳走さまでした! またお父様のお話など教えてくださると嬉しいです」
「いい場所だった。また来よう」
「――恐悦きょうえつ至極しごくにございます」
 二人の王子から礼を言われ、静かに喜びを表していた。その様子にフィフスも満足そうだった。店を出ると、馬車の前で左翼が待機していた。支払いを済ませたフィフスが最後に店の外に出ると、何かに気付いたのか足を止め、道の先を見ていた。
「あれはなんだ……?」
 少し険しい表情をしているようだった。つられて視線の先を見ると、
「――猫?」
「猫ですか」
「野良猫、でしょうか」
「黒猫ですが、――それ以外に何かありますか?」
 一斉に声が上がる。道の真ん中に黒猫がおり、こちらに顔をむけて座っているようだった。長いしっぽを何度か揺らすと、横に道があるようでそちらに姿を消していった。
「猫? ――あれが? 小さくないか?」
 一斉にひとつの答えをもらうも、納得いかないようだった。小さいというが、普通のサイズに見えるので、弟も侍従たちも不思議そうにフィフスを見た。
「……まさか西方天のとこにいるのが猫だと思ってないよな」
 ずっと口を開かなかった左翼の声が静かに届く。
「猫じゃないのか? アイツも猫だって……。え? まさか違うのか?」
「……あの人が飼ってるのは虎だ」
「本当に……? おい、なんで今まで教えてくれなかったんだ?」
 愕然がくぜんとするフィフスに、彼がなんで驚いていたのか明らかになる。虎と猫を間違えていたとは。――実物は見たことがないがどのようなものかは知っている。
「望外のバカ……。サイズが全然違だろ」
「……道理で、猫とやらを飼ってるやつらの話がよくわからなかった訳だ。」
「――西方天さま、って虎を飼ってるんですか?」
 生き物が好きな弟には嬉しい話題だったようだ。
「あぁ、どうやらそうらしい……。本人が猫だと言ってたし、周りの人間もそう言っていたから、あれが猫だと思っていた……。」
 衝撃の事実に打ちのめされているようで、元気が少なくなっているようだった。
「フィフスは見たことがないのですか? ――聖都にいないとか?」
「私は動物には嫌われやすくてな。――あれくらいのサイズの動物は逃げてしまうから見たことがない。ペットを飼っているやつはいるから聖都にも動物はいるはずだ。」
「――昨日狼を野犬と言っていましたが、もしかして犬も狼も見たことが……?」
 アイベルがおずおずと尋ねた。
「狼はあるが、――あれがそうだったか。街中にいるからあれが犬かと思った。」
 動物に嫌われる人というのは聞いたことがあるが、ここまで避けられてしまうものなのか。アイベルもさすがになんと言葉をかけるべきか詰まっているようだった。
「……猫に九生というが、まさか本当なのか。」
「迷信で聞いたことがありますが、猫もそんなに長生きしないと思いますよ」
 末弟の心配そうな眼差しがフィフスに向けられる。既に姿を消している猫の後を追っているのか、先ほどいた場所をまだ見ている。
「そうか。」
「……あの、良かったら後で博物館へ行きませんか? このあたりの動物について展示があるので、――本物じゃないですけど動物が見れますよ。詳しく見れないかもですが、一通りみることはできるかと!」
 これから向かうスーシェン教会の後、どこへ行くか先ほど店内で話したのだが、行きたい場所として博物館と歌劇場が上がったのだが、博物館は時間が足りないということで一度却下になった。歌劇場は上演時間が決まっているので気軽に立ち寄れないと断っており、その時は姉たちと合流するかと話が一度まとまっていた。
「いいのか? ――なら時間内でどれだけ見れるか楽しみだな。」
「兄さまもいいですよね? ――知りたい事を学べる機会は貴重です。あそこなら僕も兄さまも行ったことがあるので、きっと案内はできると思います!」
 張り切った様子の弟に、気を取り直したようでフィフスに少し笑みが戻った。
「気遣いに感謝する。――案内は頼んだ。」
「はい!」
 キールが馬車の扉を開け、次の目的地へ向かうことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サフォネリアの咲く頃

水星直己
ファンタジー
物語の舞台は、大陸ができたばかりの古の時代。 人と人ではないものたちが存在する世界。 若い旅の剣士が出逢ったのは、赤い髪と瞳を持つ『天使』。 それは天使にあるまじき災いの色だった…。 ※ 一般的なファンタジーの世界に独自要素を追加した世界観です。PG-12推奨。若干R-15も? ※pixivにも同時掲載中。作品に関するイラストもそちらで投稿しています。  https://www.pixiv.net/users/50469933

精霊のジレンマ

さんが
ファンタジー
普通の社会人だったはずだが、気が付けば異世界にいた。アシスという精霊と魔法が存在する世界。しかし異世界転移した、瞬間に消滅しそうになる。存在を否定されるかのように。 そこに精霊が自らを犠牲にして、主人公の命を助ける。居ても居なくても変わらない、誰も覚えてもいない存在。でも、何故か精霊達が助けてくれる。 自分の存在とは何なんだ? 主人公と精霊達や仲間達との旅で、この世界の隠された秘密が解き明かされていく。 小説家になろうでも投稿しています。また閑話も投稿していますので興味ある方は、そちらも宜しくお願いします。

魔王城の面子、僕以外全員ステータスがカンストしている件について

ともQ
ファンタジー
昨今、広がる異世界ブーム。 マジでどっかに異世界あるんじゃないの? なんて、とある冒険家が異世界を探し始めたことがきっかけであった。 そして、本当に見つかる異世界への経路、世界は大いに盛り上がった。 異世界との交流は特に揉めることもなく平和的、トントン拍子に話は進み、世界政府は異世界間と一つの条約を結ぶ。 せっかくだし、若い世代を心身ともに鍛えちゃおっか。 "異世界履修"という制度を発足したのである。 社会にでる前の前哨戦、俺もまた異世界での履修を受けるため政府が管理する転移ポートへと赴いていた。 ギャル受付嬢の凡ミスにより、勇者の村に転移するはずが魔王城というラストダンジョンから始まる異世界生活、履修制度のルール上戻ってやり直しは不可という最凶最悪のスタート! 出会った魔王様は双子で美少女というテンション爆上げの事態、今さら勇者の村とかなにそれ状態となり脳内から吹き飛ぶ。 だが、魔王城に住む面子は魔王以外も規格外――そう、僕以外全てが最強なのであった。

インフィニティ•ゼノ•リバース

タカユキ
ファンタジー
女神様に異世界転移された俺とクラスメイトは、魔王討伐の使命を背負った。 しかし、それを素直に応じるクラスメイト達ではなかった。 それぞれ独自に日常謳歌したりしていた。 最初は真面目に修行していたが、敵の恐ろしい能力を知り、魔王討伐は保留にした。 そして日常を楽しんでいたが…魔族に襲われ、日常に変化が起きた。 そしてある日、2つの自分だけのオリジナルスキルがある事を知る。 その一つは無限の力、もう一つが人形を作り、それを魔族に変える力だった。

フォーリーブス ~ヴォーカル四人組の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
デュエットシンガーとしてデビューしたウォーレン兄妹は、歌唱力は十分なのに鳴かず飛ばずでプロデューサーからもそろそろ見切りをつけられ始めている。そんな中、所属する音楽事務所MLSが主催する音楽フェスティバルで初めて出会ったブレディ兄妹が二人の突破口となるか?兄妹のデュエットシンガーがさらに二人の男女を加えて四人グループを結成し、奇跡の巻き返しが成るか?ウォーレン兄妹とブレディ兄妹の恋愛は如何に? == 異世界物ですが魔物もエルフも出て来ません。直接では無いのですけれど、ちょっと残酷場面もうかがわせるようなシーンもあります。 == ◇ 毎週金曜日に投稿予定です。 ◇

スローン・オブ・ヘブン~歌姫はシュウマツに愛を謳う~

黒幸
ファンタジー
物質界と精神界が融合し、新たな現実が始まった蒼き星。 見慣れぬ異形の隣人を前に人々は絶望する。 希望の光はまるで見えない。 それでも人々は生きて、死んでいく。 まさに終末の世界だ。 しかし、人々は完全に絶望した訳ではない。 歌姫の唄を微かな希望として、胸に抱きながら……。 基本的にはヒロインの一人称視点。 ただし、説明回のような場合などで視点が他のキャラクターの視点になったり、三人称視点になる場合があります。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

学園アルカナディストピア

石田空
ファンタジー
国民全員にアルカナカードが配られ、大アルカナには貴族階級への昇格が、小アルカナには平民としての屈辱が与えられる階級社会を形成していた。 その中で唯一除外される大アルカナが存在していた。 何故か大アルカナの内【運命の輪】を与えられた人間は処刑されることとなっていた。 【運命の輪】の大アルカナが与えられ、それを秘匿して生活するスピカだったが、大アルカナを持つ人間のみが在籍する学園アルカナに召喚が決まってしまう。 スピカは自分が【運命の輪】だと気付かれぬよう必死で潜伏しようとするものの、学園アルカナ内の抗争に否が応にも巻き込まれてしまう。 国の維持をしようとする貴族階級の生徒会。 国に革命を起こすために抗争を巻き起こす平民階級の組織。 何故か暗躍する人々。 大アルカナの中でも発生するスクールカースト。 入学したてで右も左もわからないスピカは、同時期に入学した【愚者】の少年アレスと共に抗争に身を投じることとなる。 ただの学園内抗争が、世界の命運を決める……? サイトより転載になります。

処理中です...