――賽櫻神社へようこそ――

霜條

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キミのわるい話

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「まぁた、ここに行ってるライバーがいるな。どんどん話題になってら」

 タモツがスマホをこちらに差し出しながら見せてきた。――連日話題になっているのもあるが、コイツが何度も同じことを調べているからかサジェストにも出てくる始末だ。
 賽櫻さいおう神社、――××県にあるという山奥の神社だが、どうやらここに度胸試しに行くのが最近の流行りらしい。動画投稿サイトでもトップに行ってきたという投稿があるだけでなく、SNSでもこの話を見ないことがない。

「投稿が増えたけど、話題作りみたいな気がしてなんだかなぁ……。町おこしで依頼されて行ってるんじゃない?」

 隣に座るイツキがタモツのスマホを覗き、ズレた眼鏡の位置を調節しながらそんな夢もないことを口にしている。

「もしそうなら、俺のとこにも依頼が来ないかなぁ……。これをきっかけにバズりたい」

「始めたての弱小配信者にお声がかかるわけないでしょ。今は数こなしてコンテンツを増やす方が先だよ」

 イツキの冷静なツッコミにタモツは唸りながら、モニターに目を戻した。

「編集作業中にスマホをいじるな。こんなんじゃ今日中に終わらないだろ」

「あー悪かったって! 今から本気出す」

 若干不貞腐れたタモツを小突き、部屋を後にしようと立ち上がる。

「コンビニ? ならアタシ、ポテチとチャミスル」

「俺モンエナとストゼロとアイス」

 イツキもタモツもこちらを見ることなく要求だけ口にしている。窓の外はまだ明るく、夜の気配すらない。

「お前らもう飲む気かよ……。飲まないヤツに頼むな」

「次の撮影にテンションが必要だからね~。よろしく頼むよケイジ!」

 調子よくこちらにサムズアップしてタモツが言えば、早く行けとイツキが手で追い払う仕草をしている。――別にコンビニに行くつもりではなかっただけに不満が少しだけ募るが、気分転換に歩くつもりだったからまぁいいかと彼らを許してやることにした。

 映研に入っていたが、どうにもサークルの空気が合わなくなって顔を出さなくなった頃に出会ったのがタモツだった。同じ×学部で何度か授業で顔を見たことがあったが、この時に初めて話すようになった。
 カフェテリアにいたところ急に話し掛けられたのだが、とにかく人と話して人生の経験値を上げるとかなんとかそういう自己啓発的な意味で話し掛けられ、映像に興味があると言う話から動画配信の話になり、タモツが動画配信をやりたいと思っていることを知った。
 高校が同じだったイツキがちょうどそこへ合流すれば、ゲーム好きな彼女の薦めであれこれとフリーゲームの話題になり、動画になっていない作品も数教えて貰ったことで、三人で活動することになった。
 暇だったし、手ならしにショートムービーを投稿してもいいと言われ、ひとりで一からやるよりは楽だからいいかもしれないと協力することになった。配信のネタにもなるし、顔を出すのはタモツだけだが、『彼』を借りてスキルアップしてみるのもいいかと思ったし、自分が顔も声も出したくもなかったからちょうど良かった。
 イツキも趣味のゲームと興味のあった編集作業で小銭が稼げれたら嬉しいと考え、軽い気持ちでOKしてくれた。こういうノリのいいところが彼女にはある。
 退屈な学生生活にちょっとした刺激が加わった。俺たちはそういう関係だ。



 賽櫻神社≪サイオウジンジャ≫へようこそ――。
 参道へ入る前の場所に蝋燭があるので、そちらをどうかご持参下さい。
 火はご用意がありますので、どうかご心配なく。
 足元が悪いので、くれぐれも転ばぬようお気をつけて。
 参拝するのは夜、暗い時間であればあるほどご利益があります。
 あなた様が望む方はどのような人でしょうか。
 どうか良縁に巡り合いますように。

 いつ誰が作ったのか分からないが、賽櫻神社のHPにはそう書れている。HPには特にリンクはなく、薄暗い本殿の写真が一枚と参拝方法が載っており、どうやらこれを見て多くの人たちが賽櫻神社へと足を運んでいるようだ。
 話題と撮影方法を確かめるためにいくつか動画を見たがどれも同じ画すぎて、誰かにシナリオを用意してもらい、みんなその通りに皆投稿しているんじゃないかと若干疑っている。
 イツキの言う通り町おこしの一環なのだろうか。
 投稿者のチャンネル登録者数を見ればピンからキリまであり、有名人が数人、あとはこんな投稿者がいたのかと思うような特徴のない投稿者ばかりだった。
 もしかしたら有名人が投稿した後、その波に乗ろうかと弱小投稿者がマネをしているのかもしれない。そんな一般人と変わらない連中が軽率に行くから、SNSでも個人や友人同士でも気軽に行ける場所としてみんな度胸試しに行っているのかもしれない。
 日陰を歩くも、じりじりと照り付ける陽の光がキツイ。じわりと肌にまとわりつく湿気もうっとおしい。
 もうすぐ夏だ。夜が短くなるこの時期の、涼しさとスリルを求める遊び場のひとつになっているかもなとひとりごちる。



「――これから行ってみないか?」

 すっかり日が暮れ、ゲーム実況も取り終わり、録画したものを見ている途中でタモツがそう言った。

「行くってどこへ?」

「トイレならひとりで行けよ」

 ここはタモツの家だ。――地方から上京し、ひとり暮らしをしている。そんなに広くないが作業兼ダイニングとして使っている部屋と、寝室と簡易防音室を設置している部屋のふたつがある。学生で2Kに住めるのは実家が太い証拠だろう。都心ではないのでこの辺りの家賃はそこまで高くないものの、防音室を買う金やゲーミングPCを買ってもらうだけの余裕はあるのだから。
 先ほど頼まれた買い物以外にも酒とつまみ、食事や菓子もいくつか買ってきた。少々品が多くても、協力費としてタモツが出してくれるからだ。
 再生回数は微々たるものなので採算が取れているようには見えないが、俺たちはバイトをしているわけではないのでこうやって彼の好意に甘えている。――その分きちんと動画投稿のために全力は尽くしているから、ウィンウィンの関係ともいえるだろう。
 タモツが5本目の酒に手を伸ばし、ステイオンタブを立てれば炭酸のはじける音が部屋に広がる。

「賽櫻神社だよ。――せっかくならホラーとして取りに行かないか? 変な声とか人影とか入れて、いかにも出ます~って演出入れてさ! ケイジはそういうの考えるの得意だろ?」

「まぁ、――嫌いじゃないけど?」

「どの動画もただの度胸試しで、なんのハプニングも起こさずに平穏無事に動画が終わってばかりでつまらないじゃん? もしシナリオがあるってなんなら、俺達がホンモノってやつを見せてやろうぜ!」

 酔いが回っているのか随分と気の大きいことを言い出した。

「……ふぅん、それ面白そう。ホラゲみたいな展開にしない? 公衆電話とかあるかな……。本物見てみたいんだよね」

 果実酒を数本飲んでいるイツキも珍しく乗り気だ。――まぁ、こういうのは怖いと騒ぐタイプではないからな。どちらかと言えば、悪ノリに付き合うタイプだ。
 オカルトとか幽霊とかそういうものは誰も信じちゃいない。むしろそんなものが本当にあるというならば動画の最高のネタになるだろう。
 お気に入りのカメラとスマホの充電をしっかり行いながら計画を立てる。幸いにも賽櫻神社のある場所はそこまで遠くない。明日は土曜日だから学校も休みだし、泊りがけで行ったって別にいいだろう。
 
 そういう経緯で酔っ払い共とHPを確認し、翌日タモツの車を運転し××県へと向かうことになった。
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