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第一部
22話 シュバルツ・フレスベルグの悩み
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「話があるんだ」
彼はその視線の先を、パレードの終わりを祝福する光魔法の輝きを見たままで、不意にそう話しかけてきた。
「なん……ですの?」
怖い。
シュバルツ様は何を言うのだろう。
私の夢を覚ましてしまうような事を告げられるのだろうか。
そう思うと怖くて足が震える。
「まず、今日の昼間。あんな怖い目に遭わせてしまって本当にすまなかった。許してほしい」
「そんな……アレは全てダリアス様が悪いのですからシュバルツ様はちっとも悪くないですわ」
「……」
シュバルツ様は少し淋しそうに、そして悔しそうに顔を俯けた。
「違うんだ」
「違う……?」
「私は……自分が情けなくて仕方がないんだ」
「シュバルツ様……が?」
「ああ、私はいつも空回りばかりなんだ……。昔から剣術も魔法も才能なんかないようなもので、だからこそ人よりも努力や鍛錬を積んできたつもりだ。でも、それでも剣術は一般剣士レベルを超える事はなく、魔法だって14の時に初めてやっと上位魔法をひとつだけ覚えられたくらいだ」
私は彼の言葉にジッと耳を傾ける。
「上位魔法ではなく一般魔法なら確かに二つや三つは習得できたのかもしれない。だが、私はこれでも伯爵家の長男。上位魔法のひとつも扱えないなんて、情けなくて周囲の仲間や家族に顔向けできないなどと言うくだらないプライドを守る為に【サンダーボルト】だけを習得した」
私と同じだ。
シュバルツ様もご自分のコンプレックスを抱えて……。
「私にはリフィルさんと同じく少し歳の離れた弟が一人いてね。名をフェイズというんだが、アイツはとても優秀でね。8歳になる頃には上位魔法を難なくいくつも習得していったよ」
「まあ! フェイズ様、ですか。まるで本当にうちのルーフェンのようですわね」
不意にシュバルツ様の瞳に影が宿ったように見えた。
「……ああ。フェイズも天才的でね、彼は10歳になる頃には高位魔導師として王国軍の前線で戦えてしまえるほどに天才的だった。私としても優秀な弟を持って誇らしい気持ちはあるのだが、同時に悔しさも日々大きくなっていった」
「シュバルツ様も……そうだったのですね」
だから彼は私の事を『好き』なのではなく『憐れみ』の感情で私の事を見ていたんだ。
自分と似ている、才の無い女を憐れんで。
彼は優しいから……。
「でも、今日ほど自分の愚かさを呪った日はなかったよ」
「え?」
「私が無理やり上位魔法である【サンダーボルト】を選ばず、もっと他人を思いやれるような、他者を救えるような一般魔法をいくつも覚えれば良かったと激しく後悔した。今日、もしルーフェン殿が来てくれなかったら、きっと私だけではリフィルさんを守れなかった」
「そ、そんな事……」
「いや、いいんだ。自分でもよくわかってる。今日、ルーフェン殿を見て思い知らされてしまったんだ。自分の愚かさを、無力さを、そして情けなさをね」
「シュ、シュバルツ様……」
そんな風にご自身を責めるシュバルツ様を、私は初めて見た。
彼はこれまでどんな時でも弱音を吐いた事なんて一度もなかった。ご自分を卑下するような事は絶対にしてこなかったというのに、今日はどうして……?
「私では……」
シュバルツ様は微かに身体を震えさせて、両の手をエリシオンタワーの鉄柵の上で強く握りしめる。
そして瞳を閉じて、歯を食いしばるようにし、
「私では……守れないんだ……ッ」
そう言って、その瞳から一粒だけ涙を溢した。
男の人の涙なんて初めて見た。ましてやあのシュバルツ様がこんな風に、悔しそうに涙を流すなんて……。
「シュバルツ様。私はそんな事、全然気にしてなんて……」
「嫌なんだッ! 私はッ! 私の大事な人すら自分の手で守れない事が! 失うのが怖いんだよッ!」
シュバルツ様は声を震わせて、感情を露わにしていく。
「う、失ってなどおりませんわッ! 私はちゃんとこうして無事でいます! シュバルツ様は何にも失っておりませんッ!」
彼の震える握り拳に私は手を添える。
見ていられなかった。
弱気な彼の事ではない。自分が許せないというその剥き出しの感情。それが、これまでずっと抱えていた私のコンプレックスとまるで同じだったから。
「違うんだ……リフィルさん……」
シュバルツ様はもう取り繕う様子もなく、涙を流して、
「私はもう……失っているんだ……」
「い、一体何をですの!? 私の信用や信頼ですの!? もしそう言った意味なら私は全然そんな風には……」
「ちが……うんだ……」
彼は声もかれがれに、まるで絞る出すようにして、
「大事な……たった一人の……弟を……っふぐ……うぅ……ッ」
とても辛そうにそう告げた。
「ま、まさか先程言っていたフェイズ様……ですの?」
「……ッ」
シュバルツ様はこれまで一度も見せた事のないような、悲痛な表情で私の顔を見た。
まるでこの世の終わりのような、そんな顔で。
「ぅぁ……ぁぁ……うぅ……ッ!」
シュバルツ様は苦しそうにうめき声をあげて、また涙を流す。
そんな彼の思いが私にも強く強く伝わってしまって。
私も目頭を熱くする。
彼の気持ちが私に流れ込んでくるように、凄くよくわかる。
だからこそ、自然に彼を抱きしめていた。
「……ぅぅぅうぅぅぅぅぅあぅぅぁぅッ!」
泣き崩れるシュバルツ様を抱き、私も彼の辛さをわかちあおうと、涙を流したのだった。
彼はその視線の先を、パレードの終わりを祝福する光魔法の輝きを見たままで、不意にそう話しかけてきた。
「なん……ですの?」
怖い。
シュバルツ様は何を言うのだろう。
私の夢を覚ましてしまうような事を告げられるのだろうか。
そう思うと怖くて足が震える。
「まず、今日の昼間。あんな怖い目に遭わせてしまって本当にすまなかった。許してほしい」
「そんな……アレは全てダリアス様が悪いのですからシュバルツ様はちっとも悪くないですわ」
「……」
シュバルツ様は少し淋しそうに、そして悔しそうに顔を俯けた。
「違うんだ」
「違う……?」
「私は……自分が情けなくて仕方がないんだ」
「シュバルツ様……が?」
「ああ、私はいつも空回りばかりなんだ……。昔から剣術も魔法も才能なんかないようなもので、だからこそ人よりも努力や鍛錬を積んできたつもりだ。でも、それでも剣術は一般剣士レベルを超える事はなく、魔法だって14の時に初めてやっと上位魔法をひとつだけ覚えられたくらいだ」
私は彼の言葉にジッと耳を傾ける。
「上位魔法ではなく一般魔法なら確かに二つや三つは習得できたのかもしれない。だが、私はこれでも伯爵家の長男。上位魔法のひとつも扱えないなんて、情けなくて周囲の仲間や家族に顔向けできないなどと言うくだらないプライドを守る為に【サンダーボルト】だけを習得した」
私と同じだ。
シュバルツ様もご自分のコンプレックスを抱えて……。
「私にはリフィルさんと同じく少し歳の離れた弟が一人いてね。名をフェイズというんだが、アイツはとても優秀でね。8歳になる頃には上位魔法を難なくいくつも習得していったよ」
「まあ! フェイズ様、ですか。まるで本当にうちのルーフェンのようですわね」
不意にシュバルツ様の瞳に影が宿ったように見えた。
「……ああ。フェイズも天才的でね、彼は10歳になる頃には高位魔導師として王国軍の前線で戦えてしまえるほどに天才的だった。私としても優秀な弟を持って誇らしい気持ちはあるのだが、同時に悔しさも日々大きくなっていった」
「シュバルツ様も……そうだったのですね」
だから彼は私の事を『好き』なのではなく『憐れみ』の感情で私の事を見ていたんだ。
自分と似ている、才の無い女を憐れんで。
彼は優しいから……。
「でも、今日ほど自分の愚かさを呪った日はなかったよ」
「え?」
「私が無理やり上位魔法である【サンダーボルト】を選ばず、もっと他人を思いやれるような、他者を救えるような一般魔法をいくつも覚えれば良かったと激しく後悔した。今日、もしルーフェン殿が来てくれなかったら、きっと私だけではリフィルさんを守れなかった」
「そ、そんな事……」
「いや、いいんだ。自分でもよくわかってる。今日、ルーフェン殿を見て思い知らされてしまったんだ。自分の愚かさを、無力さを、そして情けなさをね」
「シュ、シュバルツ様……」
そんな風にご自身を責めるシュバルツ様を、私は初めて見た。
彼はこれまでどんな時でも弱音を吐いた事なんて一度もなかった。ご自分を卑下するような事は絶対にしてこなかったというのに、今日はどうして……?
「私では……」
シュバルツ様は微かに身体を震えさせて、両の手をエリシオンタワーの鉄柵の上で強く握りしめる。
そして瞳を閉じて、歯を食いしばるようにし、
「私では……守れないんだ……ッ」
そう言って、その瞳から一粒だけ涙を溢した。
男の人の涙なんて初めて見た。ましてやあのシュバルツ様がこんな風に、悔しそうに涙を流すなんて……。
「シュバルツ様。私はそんな事、全然気にしてなんて……」
「嫌なんだッ! 私はッ! 私の大事な人すら自分の手で守れない事が! 失うのが怖いんだよッ!」
シュバルツ様は声を震わせて、感情を露わにしていく。
「う、失ってなどおりませんわッ! 私はちゃんとこうして無事でいます! シュバルツ様は何にも失っておりませんッ!」
彼の震える握り拳に私は手を添える。
見ていられなかった。
弱気な彼の事ではない。自分が許せないというその剥き出しの感情。それが、これまでずっと抱えていた私のコンプレックスとまるで同じだったから。
「違うんだ……リフィルさん……」
シュバルツ様はもう取り繕う様子もなく、涙を流して、
「私はもう……失っているんだ……」
「い、一体何をですの!? 私の信用や信頼ですの!? もしそう言った意味なら私は全然そんな風には……」
「ちが……うんだ……」
彼は声もかれがれに、まるで絞る出すようにして、
「大事な……たった一人の……弟を……っふぐ……うぅ……ッ」
とても辛そうにそう告げた。
「ま、まさか先程言っていたフェイズ様……ですの?」
「……ッ」
シュバルツ様はこれまで一度も見せた事のないような、悲痛な表情で私の顔を見た。
まるでこの世の終わりのような、そんな顔で。
「ぅぁ……ぁぁ……うぅ……ッ!」
シュバルツ様は苦しそうにうめき声をあげて、また涙を流す。
そんな彼の思いが私にも強く強く伝わってしまって。
私も目頭を熱くする。
彼の気持ちが私に流れ込んでくるように、凄くよくわかる。
だからこそ、自然に彼を抱きしめていた。
「……ぅぅぅうぅぅぅぅぅあぅぅぁぅッ!」
泣き崩れるシュバルツ様を抱き、私も彼の辛さをわかちあおうと、涙を流したのだった。
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