上 下
23 / 70
第一部

22話 シュバルツ・フレスベルグの悩み

しおりを挟む
「話があるんだ」

 彼はその視線の先を、パレードの終わりを祝福する光魔法の輝きを見たままで、不意にそう話しかけてきた。

「なん……ですの?」

 怖い。

 シュバルツ様は何を言うのだろう。

 私の夢を覚ましてしまうような事を告げられるのだろうか。

 そう思うと怖くて足が震える。

「まず、今日の昼間。あんな怖い目に遭わせてしまって本当にすまなかった。許してほしい」

「そんな……アレは全てダリアス様が悪いのですからシュバルツ様はちっとも悪くないですわ」

「……」

 シュバルツ様は少し淋しそうに、そして悔しそうに顔を俯けた。

「違うんだ」

「違う……?」

「私は……自分が情けなくて仕方がないんだ」

「シュバルツ様……が?」

「ああ、私はいつも空回りばかりなんだ……。昔から剣術も魔法も才能なんかないようなもので、だからこそ人よりも努力や鍛錬を積んできたつもりだ。でも、それでも剣術は一般剣士レベルを超える事はなく、魔法だって14の時に初めてやっと上位魔法をひとつだけ覚えられたくらいだ」

 私は彼の言葉にジッと耳を傾ける。

「上位魔法ではなく一般魔法なら確かに二つや三つは習得できたのかもしれない。だが、私はこれでも伯爵家の長男。上位魔法のひとつも扱えないなんて、情けなくて周囲の仲間や家族に顔向けできないなどと言うくだらないプライドを守る為に【サンダーボルト】だけを習得した」

 私と同じだ。

 シュバルツ様もご自分のコンプレックスを抱えて……。

「私にはリフィルさんと同じく少し歳の離れた弟が一人いてね。名をフェイズというんだが、アイツはとても優秀でね。8歳になる頃には上位魔法を難なくいくつも習得していったよ」

「まあ! フェイズ様、ですか。まるで本当にうちのルーフェンのようですわね」

 不意にシュバルツ様の瞳に影が宿ったように見えた。

「……ああ。フェイズも天才的でね、彼は10歳になる頃には高位魔導師として王国軍の前線で戦えてしまえるほどに天才的だった。私としても優秀な弟を持って誇らしい気持ちはあるのだが、同時に悔しさも日々大きくなっていった」

「シュバルツ様も……そうだったのですね」

 だから彼は私の事を『好き』なのではなく『憐れみ』の感情で私の事を見ていたんだ。

 自分と似ている、才の無い女を憐れんで。

 彼は優しいから……。

「でも、今日ほど自分の愚かさを呪った日はなかったよ」

「え?」

「私が無理やり上位魔法である【サンダーボルト】を選ばず、もっと他人を思いやれるような、他者を救えるような一般魔法をいくつも覚えれば良かったと激しく後悔した。今日、もしルーフェン殿が来てくれなかったら、きっと私だけではリフィルさんを守れなかった」

「そ、そんな事……」

「いや、いいんだ。自分でもよくわかってる。今日、ルーフェン殿を見て思い知らされてしまったんだ。自分の愚かさを、無力さを、そして情けなさをね」

「シュ、シュバルツ様……」

 そんな風にご自身を責めるシュバルツ様を、私は初めて見た。

 彼はこれまでどんな時でも弱音を吐いた事なんて一度もなかった。ご自分を卑下するような事は絶対にしてこなかったというのに、今日はどうして……?

「私では……」

 シュバルツ様は微かに身体を震えさせて、両の手をエリシオンタワーの鉄柵の上で強く握りしめる。

 そして瞳を閉じて、歯を食いしばるようにし、

「私では……守れないんだ……ッ」

 そう言って、その瞳から一粒だけ涙を溢した。

 男の人の涙なんて初めて見た。ましてやあのシュバルツ様がこんな風に、悔しそうに涙を流すなんて……。

「シュバルツ様。私はそんな事、全然気にしてなんて……」

「嫌なんだッ! 私はッ! 私の大事な人すら自分の手で守れない事が! 失うのが怖いんだよッ!」

 シュバルツ様は声を震わせて、感情を露わにしていく。

「う、失ってなどおりませんわッ! 私はちゃんとこうして無事でいます! シュバルツ様は何にも失っておりませんッ!」

 彼の震える握り拳に私は手を添える。

 見ていられなかった。

 弱気な彼の事ではない。自分が許せないというその剥き出しの感情。それが、これまでずっと抱えていた私のコンプレックスとまるで同じだったから。

「違うんだ……リフィルさん……」

 シュバルツ様はもう取り繕う様子もなく、涙を流して、

「私はもう……失っているんだ……」

「い、一体何をですの!? 私の信用や信頼ですの!? もしそう言った意味なら私は全然そんな風には……」

「ちが……うんだ……」

 彼は声もかれがれに、まるで絞る出すようにして、

「大事な……たった一人の……弟を……っふぐ……うぅ……ッ」

 とても辛そうにそう告げた。

「ま、まさか先程言っていたフェイズ様……ですの?」

「……ッ」

 シュバルツ様はこれまで一度も見せた事のないような、悲痛な表情で私の顔を見た。

 まるでこの世の終わりのような、そんな顔で。

「ぅぁ……ぁぁ……うぅ……ッ!」

 シュバルツ様は苦しそうにうめき声をあげて、また涙を流す。

 そんな彼の思いが私にも強く強く伝わってしまって。

 私も目頭を熱くする。

 彼の気持ちが私に流れ込んでくるように、凄くよくわかる。

 だからこそ、自然に彼を抱きしめていた。

「……ぅぅぅうぅぅぅぅぅあぅぅぁぅッ!」


 泣き崩れるシュバルツ様を抱き、私も彼の辛さをわかちあおうと、涙を流したのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「優秀すぎて鼻につく」と婚約破棄された公爵令嬢は弟殿下に独占される

杓子ねこ
恋愛
公爵令嬢ソフィア・ファビアスは完璧な淑女だった。 婚約者のギルバートよりはるかに優秀なことを隠し、いずれ夫となり国王となるギルバートを立て、常に控えめにふるまっていた。 にもかかわらず、ある日、婚約破棄を宣言される。 「お前が陰で俺を嘲笑っているのはわかっている! お前のような偏屈な女は、婚約破棄だ!」 どうやらギルバートは男爵令嬢エミリーから真実の愛を吹き込まれたらしい。 事を荒立てまいとするソフィアの態度にギルバートは「申し開きもしない」とさらに激昂するが、そこへ第二王子のルイスが現れる。 「では、ソフィア嬢を俺にください」 ルイスはソフィアを抱きしめ、「やっと手に入れた、愛しい人」と囁き始め……? ※ヒーローがだいぶ暗躍します。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

処理中です...