上 下
11 / 70
第一部

10話 アルカード家の人々

しおりを挟む
 ――それから話がようやく整理できたのは、ルーラが帰宅してから一時間くらい経ってからだった。

「姉様がダリアスのところに行っちまった一年前。俺はアルカードの辺境伯の爵位を継いで当主になる為に、この魔法を覚える決意をした。そしてその後、ルーラも大人になりたいと俺にせがんできたんだ」

 だからといってルーフェンも安易にそれを受けたわけではなく、この魔法のリスク、デメリットなどについてよく話し、ルーラの申し出を一度は断る。

 しかし、

「イヤです! ルーラも……ルーラも、父様や母様……それに兄様や姉様の助けになりたいんですッ!」

 と、泣き喚いたのだという。

 ルーラには当然ルーフェンほどの魔法の才能はなく、才覚も凡人レベルで私と大差はない程度。

 なのでとてもじゃないが7歳で上位魔法を身につけるレベルには達していなかった。

 だが、ルーラは考えた。

 ルーフェンの魔法によって、大人になればその分魔力の成長もするはずだ、と。

 それでルーラはルーフェンに頼み込んで【先駆者ザ・パイオニア】を掛けてもらったのだという。

「……でも、ルーラは馬鹿だし、やっぱり魔力のキャパシティは低くて、ここまで成長して頑張って頑張って、それでようやく上位魔法ひとつだけしか覚える余裕はありませんでした」

 ルーラは照れ臭そうにそう言った。

「で、ルーラ。お前は結局何の魔法を覚えたんだ?」

 ルーフェンが聞くと、

「はい兄様! ルーラが今日契約してきた魔法は……これですッ!」

 そう言って、自分の目の前にあるティーカップへ向けてその手のひら差し出すルーラ。

 すると次の瞬間。

「き、消えましたわ!」

 私たちの目の前でティーカップは消え、

「あっづぅ!?」

 カチャーンッ! とルーフェンの足元に落下して割れた。

「ふふ! ルーラはですね、物体を瞬間移動させる上位魔法【空間転移トランスポート】を会得したのですッ!」

 ルーラは誇らしげにその大きな胸を張って見せた。

 いや……本当に大きいですわね……。

「す、凄いわぁルーちゃん! ティーカップが消えちゃったわねッ!!」

 お母様が感激して目をキラキラさせている。

「馬鹿たれルーラッ! なんでよりにもよって俺の足の上に落とすんだよ! しかも淹れたての紅茶が入ったやつを!」

 よほど熱かったのか、ルーフェンが慌ててズボンを脱いでメイドさんにタオルと着替えを持って来させていた。

「ご、ごめんなさい兄様。まだ覚えたてで上手く制御できないんです……」

 しゅんっとしてるルーラは可愛い。ギューとしたくなる。

「ルーちゃん……おっきくなっても貴女は可愛らしいわぁ!」

 私と同じ事を思ったお母様がすでにルーラに抱きついてた。

「やーん、母様! ありがとです! ルーラ嬉しいー!」

 全く、相変わらずこの母親にしてこの娘って感じですわね。

 それにしてもルーラったら、大きくなっても子供っぽいままですわね。一応彼女も異次元空間とやらで十年間過ごしているはずですのに……。

「そういえばさっきのルーラが帰ってきた時の、ドーンって大きな音ってなんだったんですの?」
 
 私が思い出したかのように尋ねると、

「アレもルーラの魔法が失敗しちゃった結果ですッ! 精霊の森から【空間転移トランスポート】を自分に使って帰ってこようとしたら、思いのほか上空に転移してて、お庭の花壇の中に落っこちちゃったんです。えへへ」

「え、えへへって……あんな大きな音がしたんですのよ!? それで無事でしたの!?」

「ああ。コイツぁ馬鹿だが、人の何倍も優れてるもんがあるんだよ」

 私の疑問にそう答えたのは、半ズボンに履き替えて足の火傷部分を水袋で冷やしているルーフェン。

「そうなのですッ! 実はルーラ、すっごい体術得意なのです! 今なら素手でもちょっとした魔物程度ならイチコロなのですーッ!」

 え、マジ? こんな可愛らしい細さなのに?

「……なんか俺の【先駆者ザ・パイオニア】によって異次元空間で過ごしてる間に、死ぬほど鍛錬してたら、格闘術だけ伸びていったんだと。魔力はギリッギリ上位魔法一個覚えられるだけしか成長しなかったけどな」

 と、ルーフェンは呆れ気味に答える。

「さっきはアルカードのお屋敷の結構上空に転移しちゃったのですけど、ちゃんと五点接地で着地しましたから無傷ですッ! えっへんですッ!」

 ああ……あの可憐な少女だったルーラ……貴女もすっかり変わってしまったのですわね。

「大方そんなところだと思ったぜ。なんか前もトレーニングですッ! とか言って、屋敷の屋根から飛び降りてたりしてたもんな。アレと同じような音がしたからすぐお前だと思ったぜ」

 ルーフェンは再び呆れ気味に答えた。

「そうなんですのね。それでルーラ、貴女のその魔法も凄い上位魔法ですけれど、制約はないんですの?」

「あるのです! この魔法を使う制約は、めっちゃお腹が空くって事です!」

「え? なんですの、それ?」

「エネルギー消費が多い、とかなんとかテロメア様が言ってましたけど、ルーラは馬鹿なのでよくわからないのですッ! ただ、凄いお腹空いちゃうから、一日使えても二、三回らしいです。今も二回目使ったら凄くお腹が空きましたッ! 母様、ご飯にしてくださいーーッ!」

 あらあら、と言ってお母様はメイドさんたちに夕食の準備を促した。

「お腹が凄い空いてる時に使っちゃうと気絶しちゃうらしいです! 下手すると死んじゃうみたいなので気をつけなよってテロメア様に言われました! でもルーラ、馬鹿だから見境なく使っちゃいそうでちょっと怖いですッ!」

 ううーん、それはちょっと危ない感じが私もしますわ。

「ルーラの魔法には誰かがよく監視してあげないといけませんわね……」

「……だな。俺が管理してやる。いいか、ルーラ。今後は俺の指示なく勝手に【空間転移トランスポート】を使うんじゃねーぞ。本当にどうなるかわかったもんじゃねーし」

「はーいです! 兄様と姉様の言われた時にしますッ!」

「いや、ルーラ。俺だけでいい。リフィル姉様も馬鹿だ」

「な、なんですって!? ちょっとルーフェン、貴方少しばかり大きくなったからって姉様の事、馬鹿にしすぎではありませんの!?」

「はっはっは! そりゃ冗談だ、姉様」

 ルーフェンはそう言って、初めて今日笑った。

「兄様が笑ったの久しぶりに見たのですッ! なんだかルーラも楽しいのです! えへへッ!」

 釣られたようにルーラも笑う。

「うんうん、リフィルちゃんも、ルーくんも、ルーちゃんもみんな仲良しさんね。母様は嬉しいわぁ」

 ほわほわーっとした表情でお母様も笑っている。

 ああ……やっぱりアルカードのお屋敷は居心地が良いな。

 そんな風にして、久々に再開した私たち家族は、しばらくの間、家族団欒として過ごしたのだった。



「……ぉーぃ」


 と、呼ぶ小さな声に誰一人気づかずに。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「優秀すぎて鼻につく」と婚約破棄された公爵令嬢は弟殿下に独占される

杓子ねこ
恋愛
公爵令嬢ソフィア・ファビアスは完璧な淑女だった。 婚約者のギルバートよりはるかに優秀なことを隠し、いずれ夫となり国王となるギルバートを立て、常に控えめにふるまっていた。 にもかかわらず、ある日、婚約破棄を宣言される。 「お前が陰で俺を嘲笑っているのはわかっている! お前のような偏屈な女は、婚約破棄だ!」 どうやらギルバートは男爵令嬢エミリーから真実の愛を吹き込まれたらしい。 事を荒立てまいとするソフィアの態度にギルバートは「申し開きもしない」とさらに激昂するが、そこへ第二王子のルイスが現れる。 「では、ソフィア嬢を俺にください」 ルイスはソフィアを抱きしめ、「やっと手に入れた、愛しい人」と囁き始め……? ※ヒーローがだいぶ暗躍します。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

処理中です...