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7 岩の男の思いやり
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「ねえ、ルイス様。あれを見て、どう思われます?」
こうなったら直接言ってやるしかないと思ったカティアは、隣で腕を組むルイスへとそう尋ねた。
「うむ。ダンスの事はよくわからん。俺は踊れんからな。だから、俺の判断は間違いではなかったと納得している」
「え? 判断? どういう事ですか?」
「俺はダンスは踊れん。ダンスのステップでは俺の鍛え上げた筋力や魔力、剣術が役に立たぬ。リエラの記念すべきデビュタントにはしっかりとダンスのエスコートをできる者がやるべきだと考えた。結果、アーヴィングがパートナーとなり、おかげで今、リエラにとって素晴らしい晴れ舞台となっている」
「で、でも私とアーヴィング様も別れるとは思っていなかったでしょう!?」
「いや、思っていた。何故なら俺がリエラと別れたからだ」
この人はどういう思考をしているのだろう、とカティアは目を丸くした。
カティアはしばらく考えてみるも、やはりどうして、意味が全くわからないので直接聞く事にする。
「な、何故ルイス様たちが別れたら私たちも別れる、と?」
「それは……」
珍しくルイスが二の句を飲み込む。
「……勘、だ」
「勘!? 勘でお姉様との婚約を破棄したのですか!?」
「そ、そう、だ」
――絶対に何か隠してる。
ルイスの強面は更に険しい表情となっているが、すぐにカティアはそう察した。
カティアたち四人は長い付き合いだ。
王立学院でこそ、リエラは氷の令嬢、ルイスは岩の令息などと揶揄されているが、実際彼らのそばで彼らを見てきたカティアとアーヴィングにはよくわかっているし、気づいている。
彼らの些細な変化を。
(ルイス様にしては歯切れが悪すぎる。絶対にうしろめたい何かがあるんですのね)
カティアは意を決してルイスへと詰め寄る。
「ルイス様。本当に勘だけなのですか? ルイス様のような謹厳実直なお方がまさか、つまらない嘘をつく、なんて愚行を犯すのですか? うふふ、まさかそんな低脳がやるような、クズの見本みたいな嘘をつく、なんてしませんわよね? 誇り高きグランドール家の嫡男ともあろうお方が」
カティアは理解している。
ルイスは『ど』が付くほど、正義感が強く、正しきは正しくあるべきと高らかに謳い、そして何より嘘を吐くのが大嫌いである事を。
つまりはこんな風に煽れば。
「……お、俺は」
「はい」
「ア、アーヴィングに……喜んで欲しかった。そしてカティア、お前にも」
「……はい?」
「アーヴィングはリエラの事が好きなのだ。だったら俺が別れてやればアーヴィングは必ずリエラに告白する。その為にはカティア、お前と別れるだろうと踏んだのだ」
「は、はあ!? なんですのそれは!? それでどうして私まで喜ぶと!?」
「お前たち、ちょっと前に言っていただろう。大嫌いだ、別れてやる、と」
最悪な勘違いをされてる、とカティアは思った。
ルイスが言っているのは、この婚約破棄騒動の更に数日前のお茶会の日の話だ。
確かにルイスの言う通りカティアとアーヴィングは口喧嘩をしていた。原因はカティアが楽しみにとっておいた高級サブレをアーヴィングが勝手に全部食べてしまったからだ。
だがそんな事は日常茶飯事であり、お約束程度の痴話喧嘩だ。
リエラはその辺はよく理解していたようだが、ルイスはいつもその様子を見て「困った奴らだ」とだけ、表情も変えずに呟いていた。
どうやらルイスだけはいつも本気でそれを心配していた、らしい。
ちなみにアーヴィングがリエラの事を好きだ、という話はカティアは十分に理解している。幼い頃から「お前なんかじゃなくて、お淑やかで可愛らしいリエラが婚約者だったら良かったのに」と、よく馬鹿にされていたからだ。
一時期はその事でカティアもアーヴィングと揉めたりしていたが、今では互いをよく知り尽くしている。アーヴィングのそれは、いわば憧れのようなものであり、彼がカティアを一番に愛している事をカティアはよく理解している。
のだが、どうやらルイスだけは違うように受け取ったらしい。
「俺は……皆仲良くして欲しい。俺たち四人は……家族、みたいなものだからな」
ルイスはほんの少しだけ強面の頬を赤くしながら恥ずかしそうにそう言った。
――いやいやいや、なんなのそれは!?
と、カティアは開いた口が塞がらないどころか、あまりの衝撃的な阿呆すぎる事実に顎の骨が外れかけていた。
「俺がリエラと別れる。アーヴィングもカティア、お前と別れる。婚約関係などというわけのわからないしがらみから解消され、お前たちは無駄な喧嘩をしなくなる。アーヴィングは好きなリエラと結婚する。皆、仲良しだ」
うんうん、とルイスはほんのり笑顔でひとり、頷いている。
「それでもルイス様。お姉様を女として見れない、なんて言うのは酷くありませんか?」
「お、俺には他に上手い言葉が出てこなかった」
はああぁぁぁーっと深い溜め息を吐きつつもカティアは、
「ルイス様……その流れだと、私はルイス様と婚約しろという事ですか?」
と続けると、
「それはどっちでも良い。お前がよければ俺は一向に構わん」
「こ、この……」
この人は本当に色々やばい、とカティアは思った。
けれど、だったらこれをわざと利用してやろうとカティアは考える。
「……ねえルイス様。それなら今この時から私をあなたのパートナーとしてくださいますか?」
「うむ、わかった。婚約するか」
――いえ、そこまでは言ってませんけれど。
と思いつつ、カティアはその言葉はなんとなく流す。
「……ではルイス様。このワルツが終わりましたら、一緒に表へ出ましょう」
「ふむ、わかった」
カティアはルイスを連れ出し、舞踏会を抜けて夜風の中で愛を語り合うフリをしようと企む。
そしてそれをリエラに見せつけ、リエラのやきもちを焼かせてやる事に決めたのである。
こうなったら直接言ってやるしかないと思ったカティアは、隣で腕を組むルイスへとそう尋ねた。
「うむ。ダンスの事はよくわからん。俺は踊れんからな。だから、俺の判断は間違いではなかったと納得している」
「え? 判断? どういう事ですか?」
「俺はダンスは踊れん。ダンスのステップでは俺の鍛え上げた筋力や魔力、剣術が役に立たぬ。リエラの記念すべきデビュタントにはしっかりとダンスのエスコートをできる者がやるべきだと考えた。結果、アーヴィングがパートナーとなり、おかげで今、リエラにとって素晴らしい晴れ舞台となっている」
「で、でも私とアーヴィング様も別れるとは思っていなかったでしょう!?」
「いや、思っていた。何故なら俺がリエラと別れたからだ」
この人はどういう思考をしているのだろう、とカティアは目を丸くした。
カティアはしばらく考えてみるも、やはりどうして、意味が全くわからないので直接聞く事にする。
「な、何故ルイス様たちが別れたら私たちも別れる、と?」
「それは……」
珍しくルイスが二の句を飲み込む。
「……勘、だ」
「勘!? 勘でお姉様との婚約を破棄したのですか!?」
「そ、そう、だ」
――絶対に何か隠してる。
ルイスの強面は更に険しい表情となっているが、すぐにカティアはそう察した。
カティアたち四人は長い付き合いだ。
王立学院でこそ、リエラは氷の令嬢、ルイスは岩の令息などと揶揄されているが、実際彼らのそばで彼らを見てきたカティアとアーヴィングにはよくわかっているし、気づいている。
彼らの些細な変化を。
(ルイス様にしては歯切れが悪すぎる。絶対にうしろめたい何かがあるんですのね)
カティアは意を決してルイスへと詰め寄る。
「ルイス様。本当に勘だけなのですか? ルイス様のような謹厳実直なお方がまさか、つまらない嘘をつく、なんて愚行を犯すのですか? うふふ、まさかそんな低脳がやるような、クズの見本みたいな嘘をつく、なんてしませんわよね? 誇り高きグランドール家の嫡男ともあろうお方が」
カティアは理解している。
ルイスは『ど』が付くほど、正義感が強く、正しきは正しくあるべきと高らかに謳い、そして何より嘘を吐くのが大嫌いである事を。
つまりはこんな風に煽れば。
「……お、俺は」
「はい」
「ア、アーヴィングに……喜んで欲しかった。そしてカティア、お前にも」
「……はい?」
「アーヴィングはリエラの事が好きなのだ。だったら俺が別れてやればアーヴィングは必ずリエラに告白する。その為にはカティア、お前と別れるだろうと踏んだのだ」
「は、はあ!? なんですのそれは!? それでどうして私まで喜ぶと!?」
「お前たち、ちょっと前に言っていただろう。大嫌いだ、別れてやる、と」
最悪な勘違いをされてる、とカティアは思った。
ルイスが言っているのは、この婚約破棄騒動の更に数日前のお茶会の日の話だ。
確かにルイスの言う通りカティアとアーヴィングは口喧嘩をしていた。原因はカティアが楽しみにとっておいた高級サブレをアーヴィングが勝手に全部食べてしまったからだ。
だがそんな事は日常茶飯事であり、お約束程度の痴話喧嘩だ。
リエラはその辺はよく理解していたようだが、ルイスはいつもその様子を見て「困った奴らだ」とだけ、表情も変えずに呟いていた。
どうやらルイスだけはいつも本気でそれを心配していた、らしい。
ちなみにアーヴィングがリエラの事を好きだ、という話はカティアは十分に理解している。幼い頃から「お前なんかじゃなくて、お淑やかで可愛らしいリエラが婚約者だったら良かったのに」と、よく馬鹿にされていたからだ。
一時期はその事でカティアもアーヴィングと揉めたりしていたが、今では互いをよく知り尽くしている。アーヴィングのそれは、いわば憧れのようなものであり、彼がカティアを一番に愛している事をカティアはよく理解している。
のだが、どうやらルイスだけは違うように受け取ったらしい。
「俺は……皆仲良くして欲しい。俺たち四人は……家族、みたいなものだからな」
ルイスはほんの少しだけ強面の頬を赤くしながら恥ずかしそうにそう言った。
――いやいやいや、なんなのそれは!?
と、カティアは開いた口が塞がらないどころか、あまりの衝撃的な阿呆すぎる事実に顎の骨が外れかけていた。
「俺がリエラと別れる。アーヴィングもカティア、お前と別れる。婚約関係などというわけのわからないしがらみから解消され、お前たちは無駄な喧嘩をしなくなる。アーヴィングは好きなリエラと結婚する。皆、仲良しだ」
うんうん、とルイスはほんのり笑顔でひとり、頷いている。
「それでもルイス様。お姉様を女として見れない、なんて言うのは酷くありませんか?」
「お、俺には他に上手い言葉が出てこなかった」
はああぁぁぁーっと深い溜め息を吐きつつもカティアは、
「ルイス様……その流れだと、私はルイス様と婚約しろという事ですか?」
と続けると、
「それはどっちでも良い。お前がよければ俺は一向に構わん」
「こ、この……」
この人は本当に色々やばい、とカティアは思った。
けれど、だったらこれをわざと利用してやろうとカティアは考える。
「……ねえルイス様。それなら今この時から私をあなたのパートナーとしてくださいますか?」
「うむ、わかった。婚約するか」
――いえ、そこまでは言ってませんけれど。
と思いつつ、カティアはその言葉はなんとなく流す。
「……ではルイス様。このワルツが終わりましたら、一緒に表へ出ましょう」
「ふむ、わかった」
カティアはルイスを連れ出し、舞踏会を抜けて夜風の中で愛を語り合うフリをしようと企む。
そしてそれをリエラに見せつけ、リエラのやきもちを焼かせてやる事に決めたのである。
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