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第二章 王宮尚書官編
43話 リアンナ長官の懸念
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「……と、こんなところかしら」
リアンナ長官が一時間近く掛けて、今度の賢人会議に関する注意事項の十ヶ条や書記のやる事について一通り説明をしてくれた。
「はい。全て把握しました」
ナザリー先輩にお願いされ、私は嫌々仕方なく賢人会議の書記を引き受けた。
するとその日の夕方、すぐにリアンナ長官から尚書長官室へと呼び出され、こうして賢人会議についての話をしてくれたというわけだ。
「え、嘘でしょデレアさん?」
私の隣で一緒に説明を聞いていたナザリー先輩が、目を丸くして私の方を見る。
「嘘、とは?」
「今、リアンナ様がしてくれた説明、全て把握したって言わなかった? 参加する人たちの名簿も、関連名簿も全部って意味で?」
「そうですが」
「あはは。そんな強がらなくていいのよ、デレアさん。リアンナ様の早口で盛りだくさんなあの説明を全て把握できるわけないよ。だって、すでに一回、賢人会議に出てる私でさえ、今のリアンナ様の説明ちんぷんかんぷんだったんだもの」
「いえ、本当に把握しましたが……」
「デレアさん、気持ちはわかるわ。確かに私があなたは天才よって言ってしまったから気負ってしまっているのよね。でも、無理はしないでいいの! わからない事は何度も聞いていいんだからね」
ナザリー先輩は私の肩をガシっと掴んで真剣な眼差しでそう言ってくれた。一応自分が押し付けてしまったという自責の念があるのだろうな。
「いえ、そういうんじゃなくてですね……」
「ううん、いいのデレアさん。賢人会議の書記は議題の内容全てを記録しなくてはならない。しかもそれだけじゃなくて議題内容を資料と見比べて、おかしな点がないか等のチェックもするなんて、普通の人には絶対できないわ!」
そう。賢人会議の書記は少し特殊で、普通の会議のように流れの要点だけを簡易的に記録するのではなく、会議が始められたところから可能な限りの言葉を拾い上げて記録するという中々にハードな内容だ。
ナザリー先輩の言う通り、普通では不可能に近い。
なので書記を二名以上設け、二人の書記は常に交互に記録と確認を重ねていき間違えがないかを精査しながら行なう協力作業が大前提にある。
当然、記録が追いつかないからと会議の進行を邪魔してしまってはならない。そんな事を言い出そうものなら、ただちに厳罰を与えられかねない。
「だからねデレアさん。あなたはできる範囲でいいのよ。無理しなくていいんだからね」
「ナザリーさん」
私に力説してくれているナザリー先輩を、鋭い目つきで睨め付けていたリアンナ長官がついに口を挟む。
「あなた、何を勘違いしているのか知らないけど、あなたも出席するのよ」
「えっ!?」
「私はデレアさんを書記に任命するのは許可したけれど、ナザリーさんがやらなくても良いとは言ってないわ。あなたもやるのよ。今回は三人で書記をやりましょう」
「ぇえっ!?」
ナザリー先輩は驚いているが確かに元から書記は二名以上と言われている。つまり尚書官なら何人いてもいいわけだ。
「ナザリーさん、前回の議事録はいまだかつてないほどに最悪な出来栄えだったわ。だからあなたは今後も必ず書記として参加し、勉強なさい。これは命令よ」
「そ、そんなぁ……」
ナザリー先輩はがっくりと肩を落としているが、それはこちらのセリフだ。
それでは私は引き受け損もいいところだ。
「デレアさんは物覚えが早そうだし、書記は確かに不足しているから今回は三人でやりましょう」
もはやこれでは断りようがない。
ナザリー先輩には後で何か奢ってもらおう。
「ところでデレアさん。さっきの言葉は本当なの?」
「さっきの言葉とはなんでしょう?」
「全て把握したっていうあなたの発言。ナザリーさんの言う通り、私は一気にあなたに話しちゃったけれど、本当に把握できたのかしら?」
「ああ、はい。問題ありません」
「……デレアさん。あなたの事はカイン先生からよく聞いているし、高い能力を持っているとも聞いているわ。けれど私にはまだあなたに対する信用がないの」
「というと?」
「つまりナザリーさんの言う通り、あなたが強がっている可能性がないとは言い切れないわ。賢人会議はこの国で最も重要な会議。決して議事録に漏れがあってはならない。軽々しい気持ちで引き受けられては困るのよ」
リアンナ長官の言いたい事はもっともだ。
「以前までは年に一回の会議には私とヤリュコフくんが書記を務めていたけれど、半年ほど前に毎月開かれるようになってから書記ができる人を増やさなければならなくなったわ」
なるほど。それで先月からナザリー先輩がやり始めたが、結果が相当に酷かったと。
「だからデレアさんにも引き受けてもらいたいけれど、心して書記を務めてもらいたいの。だから、今から少しテストさせてもらうわね」
「テスト、ですか」
テスト、ね。
「あ! リアンナ長官、それ私の時にもやった……」
「ナザリーさん、あなたは少し黙っていなさいね」
「あ、すみません……」
「こほん。ではデレアさん、これからあなたにいくつか質問します。三十秒以内に全て答えてください」
リアンナ長官が一時間近く掛けて、今度の賢人会議に関する注意事項の十ヶ条や書記のやる事について一通り説明をしてくれた。
「はい。全て把握しました」
ナザリー先輩にお願いされ、私は嫌々仕方なく賢人会議の書記を引き受けた。
するとその日の夕方、すぐにリアンナ長官から尚書長官室へと呼び出され、こうして賢人会議についての話をしてくれたというわけだ。
「え、嘘でしょデレアさん?」
私の隣で一緒に説明を聞いていたナザリー先輩が、目を丸くして私の方を見る。
「嘘、とは?」
「今、リアンナ様がしてくれた説明、全て把握したって言わなかった? 参加する人たちの名簿も、関連名簿も全部って意味で?」
「そうですが」
「あはは。そんな強がらなくていいのよ、デレアさん。リアンナ様の早口で盛りだくさんなあの説明を全て把握できるわけないよ。だって、すでに一回、賢人会議に出てる私でさえ、今のリアンナ様の説明ちんぷんかんぷんだったんだもの」
「いえ、本当に把握しましたが……」
「デレアさん、気持ちはわかるわ。確かに私があなたは天才よって言ってしまったから気負ってしまっているのよね。でも、無理はしないでいいの! わからない事は何度も聞いていいんだからね」
ナザリー先輩は私の肩をガシっと掴んで真剣な眼差しでそう言ってくれた。一応自分が押し付けてしまったという自責の念があるのだろうな。
「いえ、そういうんじゃなくてですね……」
「ううん、いいのデレアさん。賢人会議の書記は議題の内容全てを記録しなくてはならない。しかもそれだけじゃなくて議題内容を資料と見比べて、おかしな点がないか等のチェックもするなんて、普通の人には絶対できないわ!」
そう。賢人会議の書記は少し特殊で、普通の会議のように流れの要点だけを簡易的に記録するのではなく、会議が始められたところから可能な限りの言葉を拾い上げて記録するという中々にハードな内容だ。
ナザリー先輩の言う通り、普通では不可能に近い。
なので書記を二名以上設け、二人の書記は常に交互に記録と確認を重ねていき間違えがないかを精査しながら行なう協力作業が大前提にある。
当然、記録が追いつかないからと会議の進行を邪魔してしまってはならない。そんな事を言い出そうものなら、ただちに厳罰を与えられかねない。
「だからねデレアさん。あなたはできる範囲でいいのよ。無理しなくていいんだからね」
「ナザリーさん」
私に力説してくれているナザリー先輩を、鋭い目つきで睨め付けていたリアンナ長官がついに口を挟む。
「あなた、何を勘違いしているのか知らないけど、あなたも出席するのよ」
「えっ!?」
「私はデレアさんを書記に任命するのは許可したけれど、ナザリーさんがやらなくても良いとは言ってないわ。あなたもやるのよ。今回は三人で書記をやりましょう」
「ぇえっ!?」
ナザリー先輩は驚いているが確かに元から書記は二名以上と言われている。つまり尚書官なら何人いてもいいわけだ。
「ナザリーさん、前回の議事録はいまだかつてないほどに最悪な出来栄えだったわ。だからあなたは今後も必ず書記として参加し、勉強なさい。これは命令よ」
「そ、そんなぁ……」
ナザリー先輩はがっくりと肩を落としているが、それはこちらのセリフだ。
それでは私は引き受け損もいいところだ。
「デレアさんは物覚えが早そうだし、書記は確かに不足しているから今回は三人でやりましょう」
もはやこれでは断りようがない。
ナザリー先輩には後で何か奢ってもらおう。
「ところでデレアさん。さっきの言葉は本当なの?」
「さっきの言葉とはなんでしょう?」
「全て把握したっていうあなたの発言。ナザリーさんの言う通り、私は一気にあなたに話しちゃったけれど、本当に把握できたのかしら?」
「ああ、はい。問題ありません」
「……デレアさん。あなたの事はカイン先生からよく聞いているし、高い能力を持っているとも聞いているわ。けれど私にはまだあなたに対する信用がないの」
「というと?」
「つまりナザリーさんの言う通り、あなたが強がっている可能性がないとは言い切れないわ。賢人会議はこの国で最も重要な会議。決して議事録に漏れがあってはならない。軽々しい気持ちで引き受けられては困るのよ」
リアンナ長官の言いたい事はもっともだ。
「以前までは年に一回の会議には私とヤリュコフくんが書記を務めていたけれど、半年ほど前に毎月開かれるようになってから書記ができる人を増やさなければならなくなったわ」
なるほど。それで先月からナザリー先輩がやり始めたが、結果が相当に酷かったと。
「だからデレアさんにも引き受けてもらいたいけれど、心して書記を務めてもらいたいの。だから、今から少しテストさせてもらうわね」
「テスト、ですか」
テスト、ね。
「あ! リアンナ長官、それ私の時にもやった……」
「ナザリーさん、あなたは少し黙っていなさいね」
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