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第二章 王宮尚書官編

39話 才女、カリン・フレイラーの挑戦

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 私が尚書官となって三日目。

 グラン様は私が仕事を教えられた初日以来、また姿を見せなくなった。本当に不思議で神出鬼没な人だ。

 王の近衛兵ともなると色々多忙なのだろうか。

「あら、おはようデレアさん。随分と朝が早いのね」

 そんな事を思いながら私の仕事場である第三蔵書室だいさんぞうしょしつに向かおうとしていたところで、不意に背後からの挨拶で呼び止められた。

「おはようございます、カリン先輩」

 早朝、まだ日の出ひのでしたばかりの王宮の回廊で声をかけてきたのは先輩尚書官のカリン・フレイラーだ。

 弱冠十六歳という若さで貴族学院を特別卒業した、尚書官の中では私が来るまで最年少の秀才令嬢である。

 彼女は魔力の扱いも勉学においても非常に優秀で、十五歳の時には三級魔導師の資格も取ってしまったので、そのまま学院を卒業し、高い能力を買われ私と同じく唐突に尚書官に抜擢された。

 とはいえそれでも三級魔導師だ。十五歳で一級魔導師の資格を得ているリヒャインが如何に優れた魔導師かが窺える。

「もう王宮での生活には慣れたかしら?」

「はい。おかげさまで少しずつ」

「ふーん。もう慣れたんだ?」

 淡い赤毛色でやや癖っ毛の髪を弄りながら、こちらに視線を合わせずに彼女はそう呟く。

「……デレアさん。あなた、特待とくたい宮廷官きゅうていかんよね。私と同じく貴族学院を特別な理由で卒業した」

「そうですね、そうなります」

「あなたと軽く挨拶をした初日の日にも思ったけれど、特待の割にはちっとも魔力を感じないわね。という事は魔力以外に優れた才能でもあるのかしら?」

「……さあ、どうなんでしょう」

「はぐらかさないで欲しいわ。それともカイン先生に色仕掛けでも使ってコネで尚書官にしてもらったのかしら?」

 うーん。

 包み隠さない敵意剥き出しな感情がひしひしと伝わってくるな。

「ご冗談を。私のようなブスな女にそのような技は使えませんよ」

「あら? 身の程は弁えているのね。確かにその似合わない眼鏡と、ボサボサの髪の毛じゃねえ。せっかくのブロンドヘアーも台無しだものね」

「そうなんですよ。だからお構いなく」

「そうはいかないのよ」

 あー、だるい感じがするー。

 なんかめんどくさい感じがするー。

「尚書官という役職はね、貴族の中でも実に誉れ高い栄誉ある官職なの。並の能力じゃ務まらないのよ。わかる?」

「はあ……そうですか」

「デレアさん、あなたちっともわかってないわね。ここ数日あなたの仕事を見ていたけれど、ぜんっぜん駄目だわ」

「ぜんっぜん駄目ですか」

「ぜんっぜん駄目ね。第三蔵書室内での様子は見てないから知らないけれど、それ以外のところよ。王宮内での立ち振る舞い、仕草、尚書官業務室での雑務。それらがちっとも出来ていないじゃない」

 尚書官たちにはそれぞれの机が置かれている尚書官業務室と呼ばれる部屋がある。基本の書類整理等のデスクワークは皆、ここで行なうのだ。

 私は確かにあまり書類の整理はしていないし、雑務等も行なっていない。第三蔵書室で本の整理がしたい(読みたいとも言う)からだ。

 とはいえ、慣れるまではそれでいいとリアンナ長官にお許しをもらっていたのである。

「尚書官といえど魔力に関する資料の研究や、魔導書の解析、解読というお仕事もあるのよ。魔力のないあなたにそんな仕事ができるのかしらね?」

「別に魔力が無くても他人や魔導書の魔力は感じ取れますし、頭で考えれば魔導書の解析、解読も問題なくできますが……」

「そうかしら? 自身の魔力によってでしか開けない本や魔力を流し込まないと反応しない古代文字とかもあるのよ。魔力がなければそれらの蔵書に携われないじゃない」

「あ、大丈夫です。魔力が必須な本には、魔導具を使えばどうとでも代用できますんで」

「はあ? いちいち魔導具を使うの? 馬鹿じゃない。基礎魔力があればそんな手間なんて必要ないのに、無駄が多いわね」

「そうですか? 魔力を蓄えておく魔導具なんて材料さえあれば案外自分で簡単に作れますよ? 作るの楽しいですし」

「そういう事を言ってるんじゃないわよ。……ねえ、あなたまさか、母親が平民なんじゃないの?」

「そうでしたら何か?」

「あらあら。あのギラン様のご令嬢とは聞いていたけれど、庶子だって噂は本当だったのね?」

 こいつ、知ってて聞いてきてるな。

 ちょっと前のドリゼラみたいな奴だ。

「それと尚書官のお仕事に何か関係が?」

「だからあるじゃない。魔導書の手間とか、その他魔力無しには色々と面倒ごとが多いでしょう」

「あ、大丈夫です。私はそれが面倒に感じた事はないので。それじゃ失礼しますね」

 よし、もう退散しよう。こんなのに構っていたら貴重な本を読む時間がいくらでも失われてしまう。

「待ちなさい」

 すたこらとカリン先輩の横を通り過ぎて彼女を背にした瞬間、腕を掴まれてしまった。

「あなたが尚書官に相応しいかどうか、私が見定めてあげるわ」

 あ……察し。

 これ、なんか面倒くさい奴だ。

「大丈夫です。カリン先輩に認められなくても! それでは!」

「なに強引に行こうとしてるのよ! ちょ、引っ張るんじゃないわよ!?」

「大丈夫です! 大丈夫です! それでは!」

「だ、大丈夫じゃ……ないって……言ってるでしょ! てぇい!」

「ひー」

 ぐんっと強引に腕ごと私の体は引き寄せられてしまった。

 自慢じゃないが、私は体も細めなので力も体力もない。こんな風に力任せに引っ張られればすぐ負けてしまうのである。

「先輩の言う事は絶対よ! 私があなたを見定めるわ」

「うう……」

 面倒な事になってしまったぞ。

 これでは早朝から次の歴史書を堪能する私の予定が……。

「カリン先輩。私は魔力も才能もない、ブスでただの愚図なんです。カリン先輩の方が何万倍も凄いので、見逃してください。本を読ませてください」

 切実に今日はあの歴史書の続きが読みたかったのだ。だから私は頑張ってへりくだってお願いしてみた。

「なに急にしおらしく言ってるのよ。ふん! 私にはそういう上っ面のお世辞なんて効かないわ。あなたの事は私自身で見極める!」

 あーあ。

 これだから若くして天才だの神童だの言われてチヤホヤされた女は手に負えなくなるんだ。周りも悪いんだぞ。え? わかってんのか? クソ虫どもめ。

 と、誰に言うでもなくあてのない文句を心で呟きつつ、私は大きく溜め息を吐いて彼女に付き合う事にした。

「観念したようね。あなたに魔力がないのはもうわかったから、それ以外のところであなたを見定めてあげるわよ」

「ありがとうございます」

 半分白目で私は答えた。

「尚書官に任命されるくらいだから当然記憶力とかには自信があるって事よね」

「……まあ、多少は」

「もしかしてそれを認められて特待として尚書官に抜擢されたのかしら? それならお生憎様。尚書官において最も優秀な記憶力を誇るのはこの私、カリン・フレイラーなのよ」

「それは素晴らしい」

 私は棒読みで答えた。

「あなた、馬鹿にしてるわね? 尚書官において記憶力は大事なスキルよ。大事な会議の書記などを任された時、頼れるのは自分の記憶力だけなの。それが曖昧だと大変な事になるんだから」

「はあ……さいですか」

「わかってないわねその顔は。まだ業務時間前だし、ちょっと私に付いてきなさい。私の担当している第二蔵書室であなたを精査してあげるわ!」


 こうして私はカリン先輩に貴重な朝の時間を奪われていくのであった。



 
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