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第一章 大舞踏会編

12話 再会の君

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「あ……?」

「もうやめましょう。その魔法を放てばあなた様もただでは済まなくなります」

 私は髪を掴まれたまま、努めて冷静にそう告げる。

「俺様が何をしようとしているのかわかんのかよ眼鏡ブス女」

「わかります。氷結系拘束魔法のフリージングコフィンを放とうとしているのですよね」

「な……なんでそんな事がてめぇにわかる……!?」

「魔力精製時、周囲の温度が少しだけ下がりました。そのリストバンドに施されている赤い紋様は凍傷にならないように火属性魔力印を付与し対策された魔道具です。相手を即座に拘束でき、かつ一級魔導師が放てる氷結系魔法といえばフリージングコフィンくらいでしょう」

「ほう? 眼鏡は伊達じゃない、か。てめぇは女の癖に存外勤勉だな? だが、わかったからと言ってなんだ?」

「氷結系魔法は水属性に位置する魔法。具現化の際はどうしても大気の水精霊から水分を大量に分け与えて貰い体内へと吸い込みます。その時、魔力を帯びたその手の周辺の水分も同時に一気に吸収しますわ」

「……よく知ってやがるな」

「私が今、何を持っているかお分かりになられますか? リヒャイン様」

 私は髪の毛の隙間からリヒャインを覗き込み、そして右手に持っている三枚のびしょびしょのハンカチを見せびらかす。

「このハンカチはあなた様がそこのお方と言い合いをしている間に、近くにあった高級ブランデーをたっぷりと含ませておきました。それをあなた様の腕に掛けたらどうなるか、あなた様ならおわかりになられますよね」

「……」

 そう、アルコール度数の高いこのハンカチを魔力の帯びた彼の手に添えると、大気水分と共にアルコールまで一気に吸収する。

 そして氷結魔法が放たれれば水分が消え、残ったアルコールだけはリヒャインの魔法の原材料として認識されず、高濃度となって体内に吸収されたままとなる。

「魔法を扱う際に必要とする魔力は魔道とも呼ばれる神経系に深く直接作用しますわ。高濃度のアルコールが神経に直接晒されれば、重篤な障害を引き起こすのは明白。聡明なリヒャイン様ならご理解に容易いかと」

「……く」

 ただでさえ酒に酔っていた彼が凝縮されたアルコールを一気に体内に取り込めば、麻痺、昏倒、最悪急性アルコール中毒でそのまま他界だ。

「あなたが魔法詠唱をしトリガーワードを言い終えるよりも早く、私のハンカチはあなたの手を包みますわ」

 場が硬直した。

 リヒャインはその左手を仲裁に入った男に向け、右手は私の髪を掴んでいる。

 一方、私は両手が空いている。

 リヒャインが私の髪を離せばハンカチなどどかせば良いのだが、そうすれば当然私は逃げる。

「私が逃げればそこのあなたも自由に動けますよね?」

 私は位置的に顔も見えない救世主の男にそう尋ねた。

「あ、ああ!」

 私の読みが正しければ、私を救いに来てくれた男はリヒャインよりも優れた魔法が扱える。

 あの異様なほどに高い魔力を纏い、そして自信に満ち溢れたあの態度を見ればなんとなく予測はつく。

 というかそういう力でもなければ私を助けようとは思わないだろう。

「……っち。興醒めだ」

 そう言ってリヒャインはようやく私の髪を手放してくれた。

「ふん!」

 そして鼻を鳴らし、リヒャインはその場から立ち去った。

「ふう」

 私は眼鏡を拾い、掛け直す。

「大丈夫か!?」

 私を助けてくれた男が私のそばに寄って手を差し伸べて来た。

 私はその手を取ろうと彼を見あげる。

「ありがとう、助かりましたわ」

「……キミは」

 私も眼鏡超しに改めて彼を見直す。

 こいつは……この人は、見た事がある。

 端正な顔つきに青い髪。そして燃えるような赤い瞳。

 その顔を見て、私は思わず息を飲んで目を見開く。

「やはりキミは……あの時の」

 やはりそうだ。この人は私がまだ貴族魔法学院の体験入学中に図書館で共に過ごしたあの生徒だ。

 反応を見る限り、彼も私の事を覚えているようだ。

「助けてくれてありがとう。けどごめんなさい、お花摘みに行かせて」

「あっ!?」

 私はそう言って彼の手を振り払うと、その場から逃げるように会場の外へと走って行った。



        ●○●○●



「さすがにトイレにまでは追いかけて来ないか、よかった」

 王宮の大ホール、その裏手にある女子トイレで私は呟いた。

 思わず彼から逃げてしまった。何故かはわからないが猛烈に彼の前にいたくなかったのだ。

 私の記憶の中で知る限り、身内以外で最も多くの会話をした初めての異性。

 当時は特に意識もしていない。

 ただ少し……そう、少し楽しかった思い出がある。共に同じ本を読んで、調べて、本について語り合っていた。

 彼とはあの一週間しか共に過ごしていないが私にとっては意味で色褪せない記憶だ。

「……何をやっているんだ、私は」

 くだらない。

 彼は本への理解者かもしれないが、所詮は貴族。

 本質はクソ虫どもとなんら変わらない。

「……もうこのまま帰ってしまおうか」

 私は夜空を見上げて呟く。

 大舞踏会本番はまだこれからだが、どうせ私には場違いだ。戻ったところでさっきのリヒャインとのいざこざみたいなものをまた引き起こすだけだ。

 これ以上注目されたくないし、あのような揉め事を知人に見られてドリゼラやカタリナたちにまた妙な気を起こされたくもない。

 あの付近には幸い彼女らはいなかったようだが。

 でもドリゼラの言う通りだと思った。

「平民の私には似つかわしくない場所だ」

 そうだ。もう帰ろう。

 私は何をやっている。本さえ読めればそれで十分に幸せなのだ。

 幼少期、実母と二人で過ごしていた時も、あのたった一冊の魔導書があるだけで私は満足だったはずだ。

 あの魔導書は実に難解だった。医学的内容でもある癖に物語形式にもなっており難解な文法や言語も使われていた。ゆえに、当時は結局後半のページが読めなかったけれど、思い返せば読める。理解できる。

 それは全て学院にある大図書館のおかげだ。あそこで私は様々な知識や言語を豊富に得れたからだ。

 そして私は『それだけでいい』。

 わからないことがわかるようになるだけで私は幸せを感じられるのだ。知的探究心が満たされるのだ。

 もう父、ギランとの約束も果たした。ここで帰ってもきっと怒られはしない。そもそも途中で帰るなとは言われていない。ドリゼラとカタリナも目障りな私がいない方がいいに決まっている。

 今なら帰ってドリゼラの本を読みたい放題だ。読み飽きた貴族間恋愛小説と言えど、まだ読んだ事のない本もたくさんある。たくさんの未知の情報があるのだ。

 私はそれが読みたい。

 本だけを読んで過ごしたい。

「……帰ろう」

 私は王宮大ホールから離れてとぼとぼと歩き出した。

 王宮の庭園を抜けて行けばすぐに門に着く。近道してそこを通り抜けよう。

 薄暗い中、私は草花の合間を抜けていこうとした時。

「デレア!」


 不意に背後から私の名を呼ばれた。


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