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第一章 大舞踏会編

9話 見てくれている人たち

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「フラン……それはどういう?」

「デレアお嬢様、これは内密にお願いします。他言するなときつくギラン旦那様から言われていますので。ここにいるマーサ様以外は誰も知らないのですが、実は私は元奴隷でございました」

 奴隷……ヒエラルキーで言えば平民や貧民の更に下に位置する最も地位の低い身分、と、この国ではなっている。

「小さき頃に捨てられ、行き場を無くし死にかけていた時にギラン旦那様に運良く拾われました。しかし奴隷を上流貴族の屋敷に迎え入れるなど世間体的にも大問題です。そこで旦那様は様々な手段を用いて私をとある子爵家の令嬢という肩書きにしてくださったのです」

「そうだったの……」

「屋敷に来てから私は旦那様の専属侍女に任命され、旦那様の為だけに死に物狂いで頑張りました。そして気づけば旦那様だけではなく奥様からも信頼をいただけるようになりました」

 そういえばカタリナお母様はフランを相当に信頼している様子だったな。

 きっとフランの仕事ぶりが認められたのだろうな。

「私はこのまま出世して、将来は外交官であるギラン旦那様を支える側近、秘書官になりたいと考えていました。そして私はずっとその先もギラン旦那様の専属侍女を辞めるつもりはありませんでした」

 そうだったのか。

 もしかしてフランはギランお父様の事を……。

「けれど、あなた様がやってきてから私は旦那様の専属を外され、あなた様の専属にさせられました。ドリゼラお嬢様ではなく、あなた様の専属に。だから私は……降格させられたのだと思いました」

 それもそうか。

 それまで屋敷の主であるギラン伯爵専属だった侍女が、いきなり連れて来られた元平民の娘の世話係を命じられたのならそう思うのも無理はない。

「ギラン旦那様は私に、デレアお嬢様の事は全て任せると仰ったきり、ほとんど私にはお顔を見せてくれなくなりました。代わりにカタリナ奥様に全ての報告をせよ、と。私は……私は悔しくて……どうしてこんな思いをしなければならないのかと、正直落ち込んでおりました」

「私の世話係、拒否はできなかったの?」

「ギラン旦那様の命令を拒否するなんて私には考えられません。だから私は全力でデレアお嬢様を教育しようと頑張りました。けれどあなた様はいつも何を考えているかさっぱりわからないし、ちっとも私の言う事など聞いてくれなくて……」

「それで私を恨んだのね」

「違うのです。私は私を恨んでいました。きっと旦那様はデレアお嬢様を完璧なリフェイラ家の令嬢に育て上げたいのです。それなのに私の教育が悪いせいでデレアお嬢様の成長を妨げてしまっているのでは、と毎日不甲斐なくて、悔しくて。だから、こんな私ではもうデレアお嬢様を育てるなんて無理だと思い……それであなた様の専属を解任してもらいたかったのです」

 それってつまり、私のせいでフランを追い込んでいた、という事なのかな。

 そうだとしたら……申し訳ない事をした、な。

「私の教育があまりにも下手くそだから、デレアお嬢様が貴族のマナーを全然覚えてくれない。その悔しさが……ついあなた様にきつく当たってしまっていた事を、私は謝りたいのです」

「私の事を誤解していた、と言ったわね。それはどういう意味?」

「今日の件で確信しました。以前より予感はしていたのですけれど、デレアお嬢様はすでにほとんどのマナーも礼儀作法も頭に入っておりますよね」

「……」

 私は無言で視線を逸らす。

「デレアお嬢様が本をこよなく愛しているのは知っています。そして吸収した様々な高い知識の片鱗を見せる事も私は気づいておりました。そしてそれは、今日の対応ではっきりと確信しました。そのように聡明なお方が私の教えたマナー程度を覚えられないはずがありません。あなた様は覚えていて、わざとできないフリをしていたのでしょう?」

 完全にバレているな。

 まあ、フランはいつも付きっきりで見ているんだ。それくらい見抜けないようなぼんくらではないか。

「……私は、貴族のマナーが死ぬほど嫌いなんだ。だから口調も変えたくなくて」

「ええ、そうなのだと思いました」

「……すまない。フランには迷惑をかけた」

「いえ、私の方こそ、とんだご迷惑をおかけ致しました」

 私は思わず彼女と共に少しだけ、顔を綻ばせてしまう。

 でも……そっか。フランはクソ虫じゃないんだな。じゃあ私が嫌う必要もない、か。

「ごほん。フラン、デレアお嬢様」

 ここまで無言で話を聞いてくれていたマーサが口を挟んだ。

「私は侍女頭としてあなた様がたの会話を聞き逃すわけには参りません」

「マーサ様。デレアお嬢様をこれ以上叱責しないでください。お嬢様は私なんかの為に必死になってくれたんです。だからお説教なら私だけが……」

「お黙りなさいフラン」

 くそ、マーサの堅物め。

「私は侍女頭です。ですが、実は今日、私はオフでした」

「「……はい?」」

 私とフランが声を揃える。

「実は私、今日はお休みの日で、本来ならお買い物に出ている日だったのです。それが急な茶会にフランを取られてしまい、人手が足らないからと休日返上で仕事に駆り出されたのです。つまり、私は今日は侍女頭ではなく、ただのひとりのおばさんだったというわけです」

「「は、はあ?」」

「ただのおばさんに偉そうな事は何も言えません。そしてただのおばさんが聞いた内容は、侍女頭のマーサに伝わる事はありません。マーサという女は、公私をきっちり分けるのです」

「マーサ様……ありがとうございます」

 フランが私に代わってお礼を告げていた。

 マーサはやはり……クソ虫の中でも多少敬意を表する事のできるクソ虫なのかもしれないな。

「ただひとつだけ。これはただのおばさんの戯言でございますが、デレアお嬢様の口調だけは本当に気をつけられた方が良いです。大舞踏会の上流お貴族様にそのような口調が出てしまうと、相手によっては本当に不敬罪などのいちゃもんを付けられかねませんから」

 なんだよ、私にはきっちりお説教してくんのかよ。

「……はい」

「ですが」

 まだなんかあんの!?

「ですが、フランとデレアお嬢様の二人の間の時だけは、そういう口調で話す方がわだかまりもなくて、精神衛生上良いかもしれないと、ただのおばさんは思っております」

 マーサ……。

「だからフラン。デレアお嬢様がそれをうまく使い分けられるようにだけ注意なさいね。私はこれ以上、デレアお嬢様の事に関して口を挟むつもりはありませんから」

「……はい、マーサ様!」

 笑顔で頷くフランの頭を、微笑んでマーサは撫でた。

「そしてデレアお嬢様。此度は重ね重ね、ありがとうございました。これにて私は失礼致します」

 そう言って深く頭を下げて、マーサは私の部屋を出て行った。

「……フ、フラン。何か食べたい物はあるか?」

「えっ、と……それはあの……?」

「い、いつも……その、世話になってるし……今日は私が代わりに食事を準備してやる……」

「お嬢様……ありがとうございます。私、今は甘い果物が食べたいです」

「た、体調が完全によくなるまで、ベッドから動かない方がいいからな。と、ととと、とにかくそこのグラスに水があるから水分をよくとっておけ! 私がキッチンからフルーツを取ってくるから!」


 私は赤くなりそうな頬を見られないように、自分の部屋を飛び出して行ったのだった。



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