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9話 今が楽しい
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――それからしばらくの月日が流れた。
私とハノン様はあの日以来、ほぼ毎日を共に過ごすようになっていた。
休日には必ずハノン様が私のお屋敷に遊びに来てくれるし、学園内では授業を受けている以外のほとんどの時間に彼はやってくる。
なんなら彼はわずかな休み時間の間にも私の教室へ会いにくる始末である。
当初は私も戸惑わされたし、周囲の目もあって恥ずかしさでいっぱいだったが、ハノン様はそんな事などお構いなしに私の事を一番に見て考えてくれて、たくさんお話しに来てくれる。
話題がなくなる、なんて事もまずなかった。
「ファルテシア、こういう心理ゲームを知っているかな?」
「ファルテシア、今日は私が作ったこの魔道具を見て欲しいんだ!」
何故ならハノン様はおかしくなってから、とても会話のネタが広がったからだ。
以前までの彼は、そのほとんどが自分の自慢話、他者を嘲る話ばかりであった。
私はそんな話でも笑って合わせていたが、内心ではあまり良い気分はしていなかった。
それが今の彼は、
「ファルテシア、今日は少し顔色が良くないね。昨晩、あまり眠れなかったか? 体調は悪くないか?」
「あ、キミは確かファルテシアの友人のスフィアだったね。いつもファルテシアと仲良くしてくれてありがとう。キミが凄いって話をファルテシアからもよく伺っているよ」
「ファルテシア、さっきの魔法学の実施授業で私は大失敗してしまったよ、また顔を黒くしてしまった、ははは!」
などと、変なプライドや見栄は無くし、私や周囲への気配りもするような、とてつもなく柔らかい性格に変貌してしまった。
ハノン様がおかしくなってしまった初めの頃は、クラスメイトたちも彼の行動には何か裏があるんじゃないかと皆、訝しんでいたが、彼があまりにも実直で朗らかな対応をするので、誰もが今のハノン様を好むようになってきていた。
現に親友のスフィアも、
「ハノン様、本当に変わったわよね。今の彼なら私だって婚約者になりたいもの。ファルテシアが羨ましいわ」
と、以前まで私の境遇に同情しハノン様を敵視していたというのに、今やその感情も180度反転してしまっているくらいだ。
私は……今、幸せを感じ始めていた。
この三年間、彼から邪魔者扱いされ、避けられ、そして彼の浮気を知った時は学園生活に色なんて感じられなかった。
いつか来る社交界デビューへの興味すらも失せていたというのに。
それが今は毎日が楽しい。
「やあ、ファルテシア」
「ごきげんよう、レオニール様」
ある日。
私は生徒会関係のお仕事で書類を生徒会室へと運ぶ廊下の途中、ハノン様が学園入学初期の頃からのご友人で伯爵家のご令息であるレオニール・リンクス様と少しの間、二人きりになる事があった。
ハノン様が一番心を許してる友人らしいが、私もこうして話すのは初めてだった。
「ハノンは本当に変わったよ。そのせいで離れて行った仲間もいたみたいだ。けれどはっきり言って、私は今のハノンの方が好きだ。以前のハノンは他者を侮蔑するきらいがあったからね」
彼曰く、ハノン様の交友関係にも多少の変化は生じたらしいが、やはり今のハノン様の方が更にご友人が増えたのだとか。
「あの、レオニール様。リエルタ……様はどうなされていますか?」
あんな女に敬称なんて付けたくもないけど、あれでも一応歳上だし格上なので、嫌々様付けしておいた。
「リエルタはハノンとは距離を置いてるみたいだ。ハノンがリエルタとの関係をしっかりと終わらせたみたいだからね」
「リエルタ様は嫉妬深いと聞いております。すぐに身を引くとは思えません」
「彼女の家柄はハノンの家と良い勝負で大きいからねえ。プライドもめちゃめちゃ高いし、確かにすぐに諦めるような女じゃないのはわかるけど、だからってリエルタに何かできるわけでもないよ。現にお家同士で婚約関係が認められてるのはキミとハノンなわけだしね」
「まあ……そうなんですけれども」
そうなのだけれど、どうにも嫌な予感がする。
何事も起きなければいいけれど。
「……キミが色々と不安になるのもわかる。ハノンはお世辞にも出来た性格とは言えなかったからな。でも、安心していい。最近のハノンはキミの自慢話ばかりしているよ」
「え?」
「あんなに可愛い婚約者がいてくれて自分は幸せだ。ファルテシアのどこがいい、あれがいいと毎日こっちがうんざりさせられるくらいにキミの話ばかりだよ。そのくらい、今のハノンは真摯にキミの事を想っているんだろうね」
ハノン様がそんなにも私の事を……。
確かに最近のハノン様はおかしくなってしまって、私なんかに凄く気を遣ってくれているのはわかっていたけど、まさかそれほどだなんて。
「おーい、ファルテシア!」
廊下の奥からハノン様が手を振っている。
「噂をすれば、だな。私はあっちだから。それじゃファルテシアまたな」
レオニール様はそう言って私に背を向けた。
私は柔らかな笑顔をこちらに向けているハノン様に向けて、私も笑顔で手を振った。
私とハノン様はあの日以来、ほぼ毎日を共に過ごすようになっていた。
休日には必ずハノン様が私のお屋敷に遊びに来てくれるし、学園内では授業を受けている以外のほとんどの時間に彼はやってくる。
なんなら彼はわずかな休み時間の間にも私の教室へ会いにくる始末である。
当初は私も戸惑わされたし、周囲の目もあって恥ずかしさでいっぱいだったが、ハノン様はそんな事などお構いなしに私の事を一番に見て考えてくれて、たくさんお話しに来てくれる。
話題がなくなる、なんて事もまずなかった。
「ファルテシア、こういう心理ゲームを知っているかな?」
「ファルテシア、今日は私が作ったこの魔道具を見て欲しいんだ!」
何故ならハノン様はおかしくなってから、とても会話のネタが広がったからだ。
以前までの彼は、そのほとんどが自分の自慢話、他者を嘲る話ばかりであった。
私はそんな話でも笑って合わせていたが、内心ではあまり良い気分はしていなかった。
それが今の彼は、
「ファルテシア、今日は少し顔色が良くないね。昨晩、あまり眠れなかったか? 体調は悪くないか?」
「あ、キミは確かファルテシアの友人のスフィアだったね。いつもファルテシアと仲良くしてくれてありがとう。キミが凄いって話をファルテシアからもよく伺っているよ」
「ファルテシア、さっきの魔法学の実施授業で私は大失敗してしまったよ、また顔を黒くしてしまった、ははは!」
などと、変なプライドや見栄は無くし、私や周囲への気配りもするような、とてつもなく柔らかい性格に変貌してしまった。
ハノン様がおかしくなってしまった初めの頃は、クラスメイトたちも彼の行動には何か裏があるんじゃないかと皆、訝しんでいたが、彼があまりにも実直で朗らかな対応をするので、誰もが今のハノン様を好むようになってきていた。
現に親友のスフィアも、
「ハノン様、本当に変わったわよね。今の彼なら私だって婚約者になりたいもの。ファルテシアが羨ましいわ」
と、以前まで私の境遇に同情しハノン様を敵視していたというのに、今やその感情も180度反転してしまっているくらいだ。
私は……今、幸せを感じ始めていた。
この三年間、彼から邪魔者扱いされ、避けられ、そして彼の浮気を知った時は学園生活に色なんて感じられなかった。
いつか来る社交界デビューへの興味すらも失せていたというのに。
それが今は毎日が楽しい。
「やあ、ファルテシア」
「ごきげんよう、レオニール様」
ある日。
私は生徒会関係のお仕事で書類を生徒会室へと運ぶ廊下の途中、ハノン様が学園入学初期の頃からのご友人で伯爵家のご令息であるレオニール・リンクス様と少しの間、二人きりになる事があった。
ハノン様が一番心を許してる友人らしいが、私もこうして話すのは初めてだった。
「ハノンは本当に変わったよ。そのせいで離れて行った仲間もいたみたいだ。けれどはっきり言って、私は今のハノンの方が好きだ。以前のハノンは他者を侮蔑するきらいがあったからね」
彼曰く、ハノン様の交友関係にも多少の変化は生じたらしいが、やはり今のハノン様の方が更にご友人が増えたのだとか。
「あの、レオニール様。リエルタ……様はどうなされていますか?」
あんな女に敬称なんて付けたくもないけど、あれでも一応歳上だし格上なので、嫌々様付けしておいた。
「リエルタはハノンとは距離を置いてるみたいだ。ハノンがリエルタとの関係をしっかりと終わらせたみたいだからね」
「リエルタ様は嫉妬深いと聞いております。すぐに身を引くとは思えません」
「彼女の家柄はハノンの家と良い勝負で大きいからねえ。プライドもめちゃめちゃ高いし、確かにすぐに諦めるような女じゃないのはわかるけど、だからってリエルタに何かできるわけでもないよ。現にお家同士で婚約関係が認められてるのはキミとハノンなわけだしね」
「まあ……そうなんですけれども」
そうなのだけれど、どうにも嫌な予感がする。
何事も起きなければいいけれど。
「……キミが色々と不安になるのもわかる。ハノンはお世辞にも出来た性格とは言えなかったからな。でも、安心していい。最近のハノンはキミの自慢話ばかりしているよ」
「え?」
「あんなに可愛い婚約者がいてくれて自分は幸せだ。ファルテシアのどこがいい、あれがいいと毎日こっちがうんざりさせられるくらいにキミの話ばかりだよ。そのくらい、今のハノンは真摯にキミの事を想っているんだろうね」
ハノン様がそんなにも私の事を……。
確かに最近のハノン様はおかしくなってしまって、私なんかに凄く気を遣ってくれているのはわかっていたけど、まさかそれほどだなんて。
「おーい、ファルテシア!」
廊下の奥からハノン様が手を振っている。
「噂をすれば、だな。私はあっちだから。それじゃファルテシアまたな」
レオニール様はそう言って私に背を向けた。
私は柔らかな笑顔をこちらに向けているハノン様に向けて、私も笑顔で手を振った。
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