上 下
10 / 15

9話 今が楽しい

しおりを挟む
 ――それからしばらくの月日が流れた。

 私とハノン様はあの日以来、ほぼ毎日を共に過ごすようになっていた。
 休日には必ずハノン様が私のお屋敷に遊びに来てくれるし、学園内では授業を受けている以外のほとんどの時間に彼はやってくる。
 なんなら彼はわずかな休み時間の間にも私の教室へ会いにくる始末である。

 当初は私も戸惑わされたし、周囲の目もあって恥ずかしさでいっぱいだったが、ハノン様はそんな事などお構いなしに私の事を一番に見て考えてくれて、たくさんお話しに来てくれる。

 話題がなくなる、なんて事もまずなかった。

「ファルテシア、こういう心理ゲームを知っているかな?」

「ファルテシア、今日は私が作ったこの魔道具を見て欲しいんだ!」

 何故ならハノン様はおかしくなってから、とても会話のネタが広がったからだ。
 以前までの彼は、そのほとんどが自分の自慢話、他者を嘲る話ばかりであった。
 私はそんな話でも笑って合わせていたが、内心ではあまり良い気分はしていなかった。

 それが今の彼は、

「ファルテシア、今日は少し顔色が良くないね。昨晩、あまり眠れなかったか? 体調は悪くないか?」

「あ、キミは確かファルテシアの友人のスフィアだったね。いつもファルテシアと仲良くしてくれてありがとう。キミが凄いって話をファルテシアからもよく伺っているよ」

「ファルテシア、さっきの魔法学の実施授業で私は大失敗してしまったよ、また顔を黒くしてしまった、ははは!」

 などと、変なプライドや見栄は無くし、私や周囲への気配りもするような、とてつもなく柔らかい性格に変貌してしまった。

 ハノン様がおかしくなってしまった初めの頃は、クラスメイトたちも彼の行動には何か裏があるんじゃないかと皆、訝しんでいたが、彼があまりにも実直で朗らかな対応をするので、誰もが今のハノン様を好むようになってきていた。

 現に親友のスフィアも、

「ハノン様、本当に変わったわよね。今の彼なら私だって婚約者になりたいもの。ファルテシアが羨ましいわ」

 と、以前まで私の境遇に同情しハノン様を敵視していたというのに、今やその感情も180度反転してしまっているくらいだ。

 私は……今、幸せを感じ始めていた。

 この三年間、彼から邪魔者扱いされ、避けられ、そして彼の浮気を知った時は学園生活に色なんて感じられなかった。
 いつか来る社交界デビューへの興味すらも失せていたというのに。

 それが今は毎日が楽しい。


「やあ、ファルテシア」

「ごきげんよう、レオニール様」

 ある日。

 私は生徒会関係のお仕事で書類を生徒会室へと運ぶ廊下の途中、ハノン様が学園入学初期の頃からのご友人で伯爵家のご令息であるレオニール・リンクス様と少しの間、二人きりになる事があった。
 ハノン様が一番心を許してる友人らしいが、私もこうして話すのは初めてだった。

「ハノンは本当に変わったよ。そのせいで離れて行った仲間もいたみたいだ。けれどはっきり言って、私は今のハノンの方が好きだ。以前のハノンは他者を侮蔑するきらいがあったからね」
 
 彼曰く、ハノン様の交友関係にも多少の変化は生じたらしいが、やはり今のハノン様の方が更にご友人が増えたのだとか。

「あの、レオニール様。リエルタ……様はどうなされていますか?」

 あんな女に敬称なんて付けたくもないけど、あれでも一応歳上だし格上なので、嫌々様付けしておいた。

「リエルタはハノンとは距離を置いてるみたいだ。ハノンがリエルタとの関係をしっかりと終わらせたみたいだからね」

「リエルタ様は嫉妬深いと聞いております。すぐに身を引くとは思えません」

「彼女の家柄はハノンの家と良い勝負で大きいからねえ。プライドもめちゃめちゃ高いし、確かにすぐに諦めるような女じゃないのはわかるけど、だからってリエルタに何かできるわけでもないよ。現にお家同士で婚約関係が認められてるのはキミとハノンなわけだしね」

「まあ……そうなんですけれども」

 そうなのだけれど、どうにも嫌な予感がする。
 何事も起きなければいいけれど。

「……キミが色々と不安になるのもわかる。ハノンはお世辞にも出来た性格とは言えなかったからな。でも、安心していい。最近のハノンはキミの自慢話ばかりしているよ」

「え?」

「あんなに可愛い婚約者がいてくれて自分は幸せだ。ファルテシアのどこがいい、あれがいいと毎日こっちがうんざりさせられるくらいにキミの話ばかりだよ。そのくらい、今のハノンは真摯にキミの事を想っているんだろうね」

 ハノン様がそんなにも私の事を……。
 確かに最近のハノン様はおかしくなってしまって、私なんかに凄く気を遣ってくれているのはわかっていたけど、まさかそれほどだなんて。

「おーい、ファルテシア!」

 廊下の奥からハノン様が手を振っている。

「噂をすれば、だな。私はあっちだから。それじゃファルテシアまたな」

 レオニール様はそう言って私に背を向けた。

 私は柔らかな笑顔をこちらに向けているハノン様に向けて、私も笑顔で手を振った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

婚約者は私が大嫌いなんだそうです。じゃあ婚約解消しましょうって言ったら拒否されました。なぜだ!

リオール
恋愛
伯爵令嬢ミリアには、幼い頃に決められた婚約者が居た。 その名もアルバート。侯爵家が子息である。 だがこのアルバート、会えばいつも嫌味に悪口、果てには暴力ととんでもないモラハラDV男だった! 私は彼が大嫌い。彼も私が大嫌い。 なら当然婚約は解消ですよね。 そう思って、解消しましょうと言ったのだけど。 「それは絶対嫌だ」 って何でですのーん!! これは勘違いから始まる溺愛ストーリー ※短いです ※ヒーローは最初下衆です。そんなのと溺愛ラブになるなんてとんでもない!という方はレッツUターン! ※まあヤンデレなんでしょうね ※ヒロインは弱いと思わせて強いです。真面目なのにギャグ体質 ※細かい事を気にしてはいけないお話です

幸せなのでお構いなく!

恋愛
侯爵令嬢ロリーナ=カラーには愛する婚約者グレン=シュタインがいる。だが、彼が愛しているのは天使と呼ばれる儚く美しい王女。 初対面の時からグレンに嫌われているロリーナは、このまま愛の無い結婚をして不幸な生活を送るよりも、最後に思い出を貰って婚約解消をすることにした。 ※なろうさんにも公開中

処理中です...