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一章 ”放浪と出会いと危機と” の段

6話~助っ人は岩壁から唐突に

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 雲龍帝がそう言い切るや否や、巨大な顎門から莫大な魔力が込められた風のブレスが放たれる。圧縮された風の力は鎌鼬を内包し鍾乳石を粉砕しながら、フォルカの後方にいる一団に目掛けて猛然と突き進む。

「なっ!? みんな避けろぉぉっ!!」

 驚愕に満ちたフォルカの絶叫が一瞬洞窟内部に響く。が、その後のブレスの衝撃波にかき消されていった。
 だが、その咄嗟の声に素早く反応した二人の副官を始め、身体能力にすぐれた者達は体に無理を承知で全力で前方に身を投げ出した。
 一瞬後に一団の後方に居た者四名に着弾した風のブレスは、凄まじい魔力と鎌鼬を撒き散らしながら爆発。着弾地に居たのはアルバス王国軍で軍曹を務めていた男、ボフォス・デリッパーと直属の部下デボン上等兵。それに辺境守備隊から王都へ転属となった現場上がりの指揮官ヘイル少尉とその部下ヴィヴィック准尉だった。

 いずれも特に怪しい所も無く、これまでも誠実に任務に努めてきた男達だ。その四名がフォルカ達の目の前で雲龍帝の風のブレスに飲み込まれ、あまつさえ凄まじい力の魔力が爆発し鎌鼬が襲ったのである。ここまでの道のりで苦楽を共にしてきた者達が、一瞬にして命を奪われた事にフォルカの中で驚きと悲しみと怒りが同時に心に湧き上がる。
 ”何故!?” と言う言葉が彼らの口から発せられる前に、その異変は起こった。

『グギャアぁァァァ――オアぁァァァ!!』

「な、なんだこれはっ!?」

『アアァァァァァッ!!』

 砕けた地面の巻き上げられた砂塵がブレスの余波によって吹き飛ぶと、そこには黒い瘴気を纏った異形の生物が居た。
 腕が不自然に肥大した者、下半身が五メートルもの高さまで巨大化した者。背中から気味の悪い触手を複数生やした者、身体全体が汚泥の様に溶けてスライムの様な形状になった者の合わせて四体。いずれも頭の部分には雲龍帝のブレスによって消滅したはずの四名の顔が付いていた。

『オオォォォァァァァっ!!』

『ブジュルルル、ジュブ……』

「こ、こいつらもしかしてボフォス軍曹やヘイル少尉達なのか……!?」

「あの顔は間違いない、デボンやヴィヴィック准尉だ!!」

 彼らと行動を共にしていた兵員達が悲鳴に近い叫びを上げる。何と彼らは瘴気に侵されたままフォルカ達と旅をしてきたのであった。

「これは一体……! 雲龍帝様、彼らは――」

『分かっておる。なればこそ、今この場で消しておかねば私を含めたこの場に居る者達は全滅する』

「なっ……!? くそっ、私はまんまと餌に使われたと言う事か!」

 地面に怒りの拳を叩き付け立ち上がるフォルカ。その瞳にはここに来る道中で命を散らした者達の姿や、彼に使命を託して逝った旧友の無念の炎が浮かんでいた。
 一息に腰の剣を抜き放つと、憎しみを込めた目で瘴気に侵された四名の兵員だったモノを睨む。このまま激情に駆られて突撃をする為に足に力を入れたその時、フォルカの肩を後ろから掴む二本の腕に止められた。

「……っ! 離せ、ジェミニ、爺! こ奴らは私の手で葬り去らなければ、雲龍帝様にも散っていった仲間達にも……会わせる顔が無いではないか!」

「……いけません、若。雲龍帝様も仰る通り、ここは我らが一丸となって対処せねば全滅してします」

「だが……っ!」

 尚も突撃せんと身体に力を籠めるフォルカであったが、歴戦の将であるドルゲや女性に身ではあるが近衛騎士団第一隊長を預かるジェミニの力に敵う筈も無く。渋々と言った面持ちで単騎で切り込むのを断念した。

『焦るでない、若き王太子よ。私も加勢すれば何とか倒す事は出来るだろう。だが、お前達の頭上に見える水晶の塊を破壊されたら私が加勢した所で勝機は無い。恐らくはお前達をダシにしたのもあれが狙いの筈だ。絶対に守り切るのだ……!』

「あれが、ですか……。分かりました、雲龍帝様! 何としてでもあれを守り通し、奴らを殲滅しましょう! 皆の者、準備は良いか! 元が人間だからと言って手加減などするなよ!!」

「「おう!!」」

『では、行くぞ!!』

 雲龍帝のブレスによって戦いの幕は上がった。先の風のブレスと違い今度は激しい焔が燃え盛る火炎球を吐き出した雲龍帝。己が司るは嵐と雨の力なれど、その他の攻撃手段が使えないと言う訳でもなく苦手だと言う訳でもないのだ。

『グルルシャアァァァッ!』

『オアァァァァ!』

 腕が不自然に発達した形態なのが元デボン上等兵で、下半身が五メートルまで巨大化したのが上官であったボフォス軍曹だ。二体の怪物は猛然と向かってくる火炎球に対して突進して、途中でデボンがボフォスの身体に乗っかり一体の化け物に合体。向かってくる火炎球にその太い腕を差し出すと、握りつぶさんとばかりに掴みかかったのである。
 合体した化け物が雲龍帝の火球を押し留めている間に他の二体がフォルカ達一団に襲い掛かった。

「応戦しろ、一匹たりとて生かしておくな! ……爺、ジェミニ、私をサポートしてくれ!」

「ジェミニ、お主は若のサポートを頼む! このドルゲが触手の化け物を相手する故、お主らは全員で汚泥の化け物を殲滅してくれ!!」

「了解しましたドルゲ様! 余りご無理はなさいません様に……!」

「な~に、まだまだ若い者には負けんわい! さあ、何処からでも掛って来んかっ!!」

 猛然と触手の化け物相手に躍り出た歴戦の勇士ドルゲは、自身の得物であるバスターソードを振り回して切りかかる。この身を貫こうと迫る触手を切り飛ばし、大物の特性である重さを利用して触手体の胴を真っ二つに切り裂く。しかし、切り裂いた所から全て癒着してダメージを負わせる事は敵わない。

「なら、これでどうじゃいっ! フレイム・バスターソード、二段斬りぃぃ!!」

『グジュウゥゥゥ!?』

 そこで長大なバスターソードに魔力で炎を纏わせ、高速の二段斬りを以って再度真っ二つに切り裂いた。今度はさしもの化け物も下手に再生をする事は敵わずに、燃えている部分をそぎ落とす事で難を逃れる。
 これで触手の化け物の怒りを買ったのか、猛烈な触手による連打がドルゲに叩き込まれた。

「なんの! ……だが、これはさすがに一人で相手するには厳しい、か」

 凄まじい連打に切り込む隙を探すのに苦労するドルゲ。防戦一方に追い込まれてしまったが、歴戦の勇士の目は鋭い輝きを残したままだった。







「爺が踏ん張ってくれている間に何としてでも奴を倒すのだ! 奴は汚泥の様な体をしている、物理で切り込むのではなく魔法を用いて攻撃せよ!」

「魔法を使える者は私とフォルカ様が押し留めている間に術を完成させなさい! 出し惜しみをしてはなりませんよ、全力で叩き込むのです!!」

 先陣を切るのは副官のジェミニである。彼女の得物はナックルダガーと呼ばれる特殊な武器で、刃の部分を使って拳を守る事によって攻守が一体となった近接戦用である。この刃の部分に毒や魔力を纏わせる事で、少しでも触れただけでダメージを与えられるように女性向けの武器になっているのだ。

「フォルカ様に指一本でも触れることは許しません……! ツイン・ポインズンダガー、その身で受けなさい!!」

『ブジュルルルルッ!?』

 素早い身のこなしと次々と繰り出される高速の拳に汚泥の化け物は切り刻まれて行く。刃に仕込まれた下級ドラゴン種をも卒倒させる毒薬が徐々に染みわたって化け物の自由を奪う。

「次は私だ! 流星剣の輝きをその身に刻め、シャイニング・フォース!!」

『ブジェアアァァァァッ!?』

 星の輝きを宿すと言われる王家の剣 流星剣。その刀身から発せられる輝きの魔力を合わせた光は、汚泥の化け物の身体を深く焼いていった。

「やったか……?」

「離れて下さい、フォルカ様。敵は瘴気の化け物、何が元で復活するか分かった物ではありません。――魔力の充填が完了した者から化け物に打ち込んでやるのです!」

「遠慮はするな! 最早奴らに人としての意思は無い……!」

 動かなくなった化け物が死んだか確認する為近づいていたフォルカ達はその場を離れ、ついで化け物の身体に火球や石の飛礫、ウォーターカッターやウインドカッター等の魔法が炸裂する。魔法の力が重なって打ち消されない様に注意しながら次々に叩き込まれる魔法は、その全てを化け物に炸裂させると大きく爆発したのであった。

「……これならば――」

「いえ。まだの様です、フォルカ様」

「――くっ、一体どうすれば奴らを殲滅できると言うのだ!」

 爆発の煙が晴れるとそこに転がっていたのは消し炭の山だった。しかし、消し炭はフォルカの希望を打ち砕く様に再生し、元の汚泥に戻ってしまう。最早消耗戦となりそうな勢いだが、化け物の体力を消耗させるには相当の力が必要と言う事だけが彼らの肩に圧し掛かっていた。







『……ククッ、何と醜い姿か。私が後一億年程若かったのならば、一瞬で消滅させてやるものを……。誠に口惜しい事この上ない』

『グギャアアァァァァァッ!!』

『しかし、今の私では――』

 巨大な体躯を生かした突進も難なく掴まれ、岩壁に叩き付けられた雲龍帝。その口元からは赤い鮮血が滴り落ち、美しい青い鱗に包まれた身体は無数の傷に真っ赤に染まっていた。

『ぬああぁぁぁぁっ!!』

『ギャオォォォォォッ!!』

 それでも果敢に挑みかかる雲龍帝は、傷を魔力で癒しながらも勝機を掴む機会を伺っていた。両手の爪に風の魔力を纏わせて切り付ければあっさりと化け物の身体は切り裂かれる。だが、化け物はその圧倒的な回復力を生かしてすぐに傷を塞いでしまうのだ。
 誰がどう見ても雲龍帝の苦戦は必至。ブレスで焼こうが切り裂こうが大して意味は無く、必殺の爪も自慢の身体を生かした突進も全て防がれてしまうと言う八方塞がり。

 何とか頭上のクリスタルに攻撃が通る事を防いでいるが、このままでは敗北してしまうのは誰の目にも明らかだった。

『本当に年は取りたくはないものだ、な……。ゼィ、ゼィ、力さえあればこの様な奴らに遅れは取らないものを……!!』

『オアァァァァァッ!!』

『グハッ!? ――っく、これでは折角守り通してきた私の後継が。……させん、それだけは何としてでも防いでみせるぞ! 五大龍帝の名に懸けてもなあっ!!』

 意地でも倒れないと心に刻んだ雲龍帝は全ての力を一点に集め、最強無比のブレスを放つべく溜めに姿勢に入る。
 しかし、そんな隙を敵が見逃してくれ筈も無く、徹底的な攻撃を仕掛けてくる合体化け物。発達した巨大な腕による殴打に巨大な下半身を生かした蹴りはどんどんと無防備な雲龍帝の体力と力を削っていったのだ。

『皆の者、伏せているのだ! くらえ、古の化け物共がっ! 龍声ぃ咆哮ぉぉぉ!!』

 全ての力が合わさった究極のブレスが合体化け物を飲み込む。全ての属性を合わせた結果、白色に変化したブレスは閃光と成って敵を消滅させていく。原子レベルで分解された化け物は、断末魔の悲鳴を上げる事も無く光の中に消えて行った……。

『……これでやっと二体、か。し、しかし、今の一撃で私の力は――――なん、そんな馬鹿な事が……!?』

 必殺の一撃で分解されたと思った合体化け物が閃光の中から再び姿を現す。これにはさしもの雲龍帝も驚愕に満ちた声を上げる他なかった。

『これでは、このままでは奴らに――――何だっ!?』

 絶望に染まる雲龍帝の顔が再び驚愕に染まる。自身に伸びて迫る敵の拳が当たる瞬間、雲龍帝の鼻先を蒼い力の閃光が化け物の腕を切り裂いた。光の刃はそのまま岩壁に突き刺さると霧散して消滅し、後に残ったのは再生する事が出来すにのたうち回る化け物と、驚愕に目を真ん丸と見開いた雲龍帝の姿だった。

「――お邪魔しま~す」

「お邪魔するのじゃ~」

 岩壁を結界ごと貫き化け物に明確なダメージを与えた力が通った穴から、呑気な声が二人分雲龍帝達の耳をうつ。岩壁に丸い穴が開いたかと思えば、中から現れたのは変わった服装のぽっちゃりとした一人の少年と小さな少女だった。

「あれ? お取込み中でした……?」

「ふむ、もの凄いお取込み中だったみたいじゃの。さすればここは――」

「うん、分かってるよ九ちゃん! 取りあえず話は邪気を殲滅してからだね!」

「よ~し、久々の殲滅祭りじゃあ! 一匹たりとも逃すでは無いぞ、奏の字!!」

 この状況に今一ついていけてない闖入者は、取り敢えず狙いを化け物に定めて走り出した。


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