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序章 ”始まりと旅立ち” の段
11話~下手な芝居と一本背負い
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「おっしゃーっ! 気合入れていくぜ、姉貴!!」
「うむ! 後ろは任せて存分にやるがよいぞ、我弟よっ!!」
先程とは打って変わって協調を見せる二人の頭の上には大きなたんこぶが一つずつ。よくよく見ると二人の目じりには涙が浮かんでいるのが見て取れる。空元気を通り越してやけくそ気味に張り切っているのは、僕らの後ろに控えているこのお方がお怒りだからである。異世界の神を小さく圧縮して空間に開いた穴をこれ以上拡張する事無く、こちら側に引っ張り出すために準備をしていた月姉。それがいざ始めようとした段階でいつもの姉と弟による姉弟喧嘩によって中断……。
「ええ、みんなで力を合わせて頑張りましょう。ね、 二人とも?」
「はいぃぃっ!?」
「わ、分かっておるぞ!?」
黙って僕らが動き出すのを待っていた月姉であったが、この二人の喧嘩によって怒りのバロメータが一気に振り切れた。いつもならば二人の喧嘩の仲裁をする時に着物の袖からハリセンが登場するのだが、今回は一切の得物を持たずにそろそろと近づいて行った。
「……ほんに毎度の事じゃが、天の字とスーさんの喧嘩は時間の無駄よな~。両者とも変な意地ばかり大きくて、巻き込まれる身としては毎回疲れるのう」
「まあまあ、ある意味風物詩みたいなものだから……。それはそうと九ちゃん。この展開からどうすれば誘拐させる方向に持ち込めるかな? いい加減何処かで隙を作ってあげないと、盗める物も盗んでくれないからね」
物音を立てずに近づいて行った為、月姉の接近と醸し出すオーラに一切気づかない二人は背後に恐怖の笑みが迫っている事も知らずに言い争っていた。飛び交う罵詈雑言の嵐に向かって振りかぶられる両の拳。お互いに白熱して取っ組み合いが始まろうとしたその時、二人の脳天に雷の如き拳が振り落とされたのだった。
「そうさな~、奴の邪気と体力を三割程まで削り切った後、妾と奏の字が慢心して挑発。天の字と月の字、それにスーさん三名は故意に油断して妾達に奴への止めを刺させる方向にもっていく、と言うのはどうじゃ?」
即席で考え付いたにしては中々考えられている策に特に異論は思いつかない。僕に反対意見は無いので御三方に意見を求めるべく視線を向けてみると、こちらのヒソヒソ話が聞こえていたのか月姉が声をかけてきた。
「あら、中々良い策じゃない。姉さん、スーちゃん。私は九ちゃんの策に乗ってみようと思うのだけれど、何か意見はある?」
ポンと手を打ち月姉もこの作戦に賛成し、異世界の神に対して実力行使を行う二人に意見は無いかと尋ねる。あーちゃんもスーさんも特に異論は無いとの返答が帰って来たので、満場一致でこの作戦を採用し決行する事に。
まずは、奴を小さく圧縮すために月姉が術の行使を始めた。月姉の唇が動き言霊を紡ぐ、その都度大気が震えて腕部しか出て来ていない奴が怨嗟の叫びを上げる。徐々に腕がその大きさを変化させ始め、苦しみもがきながら加速度的に体積を減らして小さくなっていった。
『グギャァァァァァァッ!?』
ベッコン、ボッコンと言う聞くにも恐ろしい音を響かせて、断末魔の如き悲鳴と共に暴れる異世界の神。聞いてるこっちが参って仕舞いそうな光景が目の前に広がっているけど、簡単な術式によって聴覚に制限をかける事で急場を凌ぐ。
握りしめた綱に力を込めて、腰をグッと低く落として足腰に力を入れる。全員で顔を突き付け合って頷き、月姉の音頭でもって全力で綱を引き始めた。
「そ~れっ! そ~れっ! 綱引け、引けよや!」
「「綱引け、引けよや!」」
「引いた分だけ大漁、豊作!」
「「引いた分だけ大漁、豊作!」」
妙な合いの手が入り始めたけど、何だか楽しく感じられるから御の字だね。
ぐいぐいと綱を引っ張り、引いた分だけ異世界の神がこちらの世界に出てくる。余程月姉の術が痛いのか、大した抵抗も見せる様子は無い。このままスルッと出てくるのも何だか拍子抜けな気がするけど、余計な手間をかける事が無いのは良いね。
「おーっし! 奴さんの半身は出てきたぞ! このまま一息に引きずり出してやろうぜっ!!」
「「応っ!!」」
月姉に叱られたのも何のそのと無邪気に綱引きを楽しんでいるスーさんがもうひと踏ん張りと声を上げる。握りしめる綱にもより一層の力が入り、腰の踏ん張りもお相撲さんの如く粘りを強めて身体能力を一段引き上げるべく魂魄式精霊力によって強化を図る。魂から充填する力が全身に廻り始めると、僕の全身が青白く輝き、ぽっちゃりとした脂肪の鎧を着た筋肉の質が変化する。
常人が限界まで身体を鍛えたとしても決してその先へと進化する事は無い。普段人が扱う事の出来る力というものは本来身体が出す事のできる三割であり、その三割を超えて力を出すと凄まじい力を得られる代わりに筋組織や骨、神経と言った物が破壊されてしまうというリスクがある。極稀にその限界の壁を取っ払って十割の力を扱う事が出来る人間が存在する。が、それも所詮は人の域を逸さないものであって、人の範疇に止まった存在なのだ。
だが、僕の様に神様直々の元修行を行ってきた人間はその範疇から外れる。様々な課題をやりこなして肉体を人から超える修行は厳しいし、肉体的にも精神的にも疲れ切って道を諦める者も少なくは無い。だが、その素質を開花させる事に成功した者は、晴れて神様に使えるものとして人を超える力を出せるようになるんだ。
「そおりゃあぁぁぁぁぁっ!」
「ちょっ!? 奏慈、お前、張り切り過ぎだ!?」
だけども、世界中に存在する神様に使える人間は数多かれど、僕の様な多数の神様方に囲まれ生きてきた人はいないだろうね。僕は日ノ本の神々である八百万の神様方を始め、西洋や大陸の文化に伝承されてきた神様方とも面識がある。と言っても、面識がある方達は各神話で最高神として崇め奉られ信仰されている神様か、それに連なる神様達が殆どなのだけれど……。
日本神話の中で最高神を勤めているあーちゃんの紹介で物心がつく前からあれこれ連れまわされた結果、大そうな力と逸話を持つ神様方とばかり親交が増えてしまった。そして、それに伴って様々な力の使い様をちょこちょこと教わったのである。つまりは、僕を超える力を持つ人間はそうそう居ないと言う事だ。
「それ行け、奏の字! あんなタッパだけが取り柄の木偶の坊なんぞ、空間の狭間から引っこ抜いてしまうのじゃっ!! ……ついでにスーさんも引っこ抜いてしまうのじゃ」
「おいこらっ! どんなに小さい声でぼそっと呟いたって聞こえてんだよ! スーさん嘗めんなっ!!」
「あ~あ~、妾は何も聞こえない~。そして、スーさんは引っこ抜かれるの~」
「清々しいまでに聞こえてんじゃねえか!」
お隣と前が言い争っている声がどこか遠くに聞こえ、体内を循環させている力の扱いに思考を割きながら必死になって綱を手繰り寄せる。徐々にではあるが、月姉の術に抵抗を見せ始めた奴がこのままでは拙いと思ったのか、逆に僕らを境界の狭間に引きずり込もうと綱を引き始めたのだ。このままでも僕達が引きずり込まれる心配は万に一つも無いけど、やっぱり自分の事で皆が力を貸してくれているのだから、当事者である僕が頑張らないと話にもならないよね!
「うおりゃあぁぁぁぁっ!!」
「いいぞ坊よ、その調子で引っ張るのじゃぞ! それ、綱引け引けよや!」
後ろで踏ん張り利かせてくれているあーちゃんからの声援を糧に、身体を廻る力を一息で倍加させて最後の仕上げに掛る。真っ向からの力と力の対決。幾ら人と神様とで力の差は有れど、ここで負けたら男が廃るってもんさ。
『小生意気デ矮小ナ人間如キガァァァァァッ!?』
「ぽっちゃりを~、嘗めるなぁぁぁぁっ!!」
「おまっ、奏慈!?」
拮抗する力と力のぶつかり合いの均衡は僕らの方に軍配が上がり、砂の牙城が波に削られるかのごとく脆くも一気に崩れさる。もはや綱引きと言うよりは一本背負いの容量で境界の狭間から引き抜き、そのまま勢いに任せて離れ屋の畳に叩き付けてやった。
『グガァァッ!?』
「おわぁぁっ!?」
「あらあら、ほんとに世話が焼けるんだから」
「あ、ありがとよ月姉……」
叩き付けた異世界の神と一緒に投げてしまったスーさんの襟首をつかんで捕まえた月姉。一瞬で畳の上から投げ飛ばされたスーさんの所まで飛んだ彼女は、そのまま掴んだ襟首を離さずに叩き付けられた奴の顔面に思いっきり勢いをつけて着地したのだった。足先が不細工に変化した奴の顔面にめり込み、痛みで声も出ない様子の喉から声にならないうめき声が振動波となって母屋全体を震わせる。震度五弱程の揺れが僕のぽっちゃりボディを襲うが、地力その物を強化した状態ではお腹の脂肪細胞一つ揺らす事が出来ない。
当然、僕の後ろに立っているあーちゃんはピクリとも動じる事無く自然体で笑みを浮かべている。いつの間にか僕の肩に陣取った九ちゃんは手を叩いて月姉に声援を送っていて、こちらも振動波など何も感じぬとばかりにはしゃいでいた。
「どれ、折角小せいままなんだから今のうちに削っておくか」
「そうね。スーちゃんにお願いできるかしら?」
「おう! 助けてもらった恩は早い内に返さないとな。……後で月姉に丼ぶり勘定で請求されたら堪んねえからよ……」
「うふふふ。 何か言ったかしら、スーちゃん?」
月姉の笑顔にビクッと背筋を震わせたスーさんが、冷や汗を流しながら右手に青白い光を纏わせる。深海を連想させる光は徐々に輝きと密度を増していき、数秒も経たない内に天井まで明かりが届く程まで光量が上がった。これは先程のあーちゃんが使ったデコピンと同じ種類の力を、彼が自分様に仕上げた業みたいだね。力の総量はあーちゃんがずば抜けて多いのだけれど、スーさんは第一級の破壊神に数えられる神様であり、事戦闘技術の洗練さや応用技術では姉神様二人よりも実力は上なんだ。純粋な力や回復ならあーちゃん、幻術や呪術と言った補助関係なら月姉。それに戦闘技術のスーさんと、其々が得意な部分がありそれを三柱で補いあう事で元始の世界に立つ神々の中でも有数の力を持っているんだ。
元のサイズよりは幾分か小さくなっている状態の奴に、スーさんが光る右手を容赦なく振り下ろす。左肩の方から袈裟懸けに振り下ろされた手刀は、結界によって縛られ圧縮されている異世界の神をバッサリと切り捨てる。とは言っても、肉を切り骨を折る様な事は無く。手刀が触れた所から神としての力が濁流の如く流れ出し、世界を一つ丸呑みにして得た力と共にその体積も徐々に小さく減らしていった。
『ア……アァ、グゥ――アアァ……ッ!』
情け容赦なく次々と切り捨てられて力を失っていく異世界の神。最早うめき声にも力が入っておらず、ぐったりと畳の上に横たわる姿からは威勢も何も感じられない。止めとばかりに心の臓に位置する場所に手刀が刺しこまれ、完全に抵抗する力を奪われた奴は身じろぎする力も無く、辛うじてか細い呼吸音を辺りに響かせる力しか残されていなかった。
「――っと、これ以上やっちまうのはいけねえな……。しかしまぁ、何ともみすぼらしくなっちまったもんだな」
『…………ゥ……アァ』
筋骨粒々だった肉体は枯れ果て、身体の外にまで濁流の如く溢れ出ていた邪悪な神力も干ばつにあった小川の様にか細く小さくなってしまった。完全に変化して大きな牙やら角が生えた頭は、月姉の踏みつけによって梅干みたいな顔に変化しているけど、その中心部分では皮膚がひび割れて元のイケメン顔の地肌が見えているね。
「……ふむ。真に哀れな結果に相成った訳じゃが、小僧にとっては残念ながらそろそろ終いの時じゃ。ほれ坊よ。折角じゃからお主が止めを刺して、黄泉比良坂の旅路へと送り出してやるがよい」
「分かったよ、あーちゃん。せめて最後だけは苦痛から解き放ち、願わくば魂が黄泉の国へと無事に辿り着くよう案内させてもらうね」
意気消沈した異世界の神だけど、僕の中ではずっと警鐘が鳴り響いている。普通の人間やご同業の方だったら、此処までボロボロになった状態で危害を加える力は無いと思えるだろう。けど、あーちゃん達に鍛えられ磨かれた僕の危機察知能力センサーは反応しまくってるんだ。これはもうひと悶着するだけの力を残していると……目が物語っている。
まあ、悶着を起こしてもらわないとこっちも困るんだけど……ね!
「うむ! 後ろは任せて存分にやるがよいぞ、我弟よっ!!」
先程とは打って変わって協調を見せる二人の頭の上には大きなたんこぶが一つずつ。よくよく見ると二人の目じりには涙が浮かんでいるのが見て取れる。空元気を通り越してやけくそ気味に張り切っているのは、僕らの後ろに控えているこのお方がお怒りだからである。異世界の神を小さく圧縮して空間に開いた穴をこれ以上拡張する事無く、こちら側に引っ張り出すために準備をしていた月姉。それがいざ始めようとした段階でいつもの姉と弟による姉弟喧嘩によって中断……。
「ええ、みんなで力を合わせて頑張りましょう。ね、 二人とも?」
「はいぃぃっ!?」
「わ、分かっておるぞ!?」
黙って僕らが動き出すのを待っていた月姉であったが、この二人の喧嘩によって怒りのバロメータが一気に振り切れた。いつもならば二人の喧嘩の仲裁をする時に着物の袖からハリセンが登場するのだが、今回は一切の得物を持たずにそろそろと近づいて行った。
「……ほんに毎度の事じゃが、天の字とスーさんの喧嘩は時間の無駄よな~。両者とも変な意地ばかり大きくて、巻き込まれる身としては毎回疲れるのう」
「まあまあ、ある意味風物詩みたいなものだから……。それはそうと九ちゃん。この展開からどうすれば誘拐させる方向に持ち込めるかな? いい加減何処かで隙を作ってあげないと、盗める物も盗んでくれないからね」
物音を立てずに近づいて行った為、月姉の接近と醸し出すオーラに一切気づかない二人は背後に恐怖の笑みが迫っている事も知らずに言い争っていた。飛び交う罵詈雑言の嵐に向かって振りかぶられる両の拳。お互いに白熱して取っ組み合いが始まろうとしたその時、二人の脳天に雷の如き拳が振り落とされたのだった。
「そうさな~、奴の邪気と体力を三割程まで削り切った後、妾と奏の字が慢心して挑発。天の字と月の字、それにスーさん三名は故意に油断して妾達に奴への止めを刺させる方向にもっていく、と言うのはどうじゃ?」
即席で考え付いたにしては中々考えられている策に特に異論は思いつかない。僕に反対意見は無いので御三方に意見を求めるべく視線を向けてみると、こちらのヒソヒソ話が聞こえていたのか月姉が声をかけてきた。
「あら、中々良い策じゃない。姉さん、スーちゃん。私は九ちゃんの策に乗ってみようと思うのだけれど、何か意見はある?」
ポンと手を打ち月姉もこの作戦に賛成し、異世界の神に対して実力行使を行う二人に意見は無いかと尋ねる。あーちゃんもスーさんも特に異論は無いとの返答が帰って来たので、満場一致でこの作戦を採用し決行する事に。
まずは、奴を小さく圧縮すために月姉が術の行使を始めた。月姉の唇が動き言霊を紡ぐ、その都度大気が震えて腕部しか出て来ていない奴が怨嗟の叫びを上げる。徐々に腕がその大きさを変化させ始め、苦しみもがきながら加速度的に体積を減らして小さくなっていった。
『グギャァァァァァァッ!?』
ベッコン、ボッコンと言う聞くにも恐ろしい音を響かせて、断末魔の如き悲鳴と共に暴れる異世界の神。聞いてるこっちが参って仕舞いそうな光景が目の前に広がっているけど、簡単な術式によって聴覚に制限をかける事で急場を凌ぐ。
握りしめた綱に力を込めて、腰をグッと低く落として足腰に力を入れる。全員で顔を突き付け合って頷き、月姉の音頭でもって全力で綱を引き始めた。
「そ~れっ! そ~れっ! 綱引け、引けよや!」
「「綱引け、引けよや!」」
「引いた分だけ大漁、豊作!」
「「引いた分だけ大漁、豊作!」」
妙な合いの手が入り始めたけど、何だか楽しく感じられるから御の字だね。
ぐいぐいと綱を引っ張り、引いた分だけ異世界の神がこちらの世界に出てくる。余程月姉の術が痛いのか、大した抵抗も見せる様子は無い。このままスルッと出てくるのも何だか拍子抜けな気がするけど、余計な手間をかける事が無いのは良いね。
「おーっし! 奴さんの半身は出てきたぞ! このまま一息に引きずり出してやろうぜっ!!」
「「応っ!!」」
月姉に叱られたのも何のそのと無邪気に綱引きを楽しんでいるスーさんがもうひと踏ん張りと声を上げる。握りしめる綱にもより一層の力が入り、腰の踏ん張りもお相撲さんの如く粘りを強めて身体能力を一段引き上げるべく魂魄式精霊力によって強化を図る。魂から充填する力が全身に廻り始めると、僕の全身が青白く輝き、ぽっちゃりとした脂肪の鎧を着た筋肉の質が変化する。
常人が限界まで身体を鍛えたとしても決してその先へと進化する事は無い。普段人が扱う事の出来る力というものは本来身体が出す事のできる三割であり、その三割を超えて力を出すと凄まじい力を得られる代わりに筋組織や骨、神経と言った物が破壊されてしまうというリスクがある。極稀にその限界の壁を取っ払って十割の力を扱う事が出来る人間が存在する。が、それも所詮は人の域を逸さないものであって、人の範疇に止まった存在なのだ。
だが、僕の様に神様直々の元修行を行ってきた人間はその範疇から外れる。様々な課題をやりこなして肉体を人から超える修行は厳しいし、肉体的にも精神的にも疲れ切って道を諦める者も少なくは無い。だが、その素質を開花させる事に成功した者は、晴れて神様に使えるものとして人を超える力を出せるようになるんだ。
「そおりゃあぁぁぁぁぁっ!」
「ちょっ!? 奏慈、お前、張り切り過ぎだ!?」
だけども、世界中に存在する神様に使える人間は数多かれど、僕の様な多数の神様方に囲まれ生きてきた人はいないだろうね。僕は日ノ本の神々である八百万の神様方を始め、西洋や大陸の文化に伝承されてきた神様方とも面識がある。と言っても、面識がある方達は各神話で最高神として崇め奉られ信仰されている神様か、それに連なる神様達が殆どなのだけれど……。
日本神話の中で最高神を勤めているあーちゃんの紹介で物心がつく前からあれこれ連れまわされた結果、大そうな力と逸話を持つ神様方とばかり親交が増えてしまった。そして、それに伴って様々な力の使い様をちょこちょこと教わったのである。つまりは、僕を超える力を持つ人間はそうそう居ないと言う事だ。
「それ行け、奏の字! あんなタッパだけが取り柄の木偶の坊なんぞ、空間の狭間から引っこ抜いてしまうのじゃっ!! ……ついでにスーさんも引っこ抜いてしまうのじゃ」
「おいこらっ! どんなに小さい声でぼそっと呟いたって聞こえてんだよ! スーさん嘗めんなっ!!」
「あ~あ~、妾は何も聞こえない~。そして、スーさんは引っこ抜かれるの~」
「清々しいまでに聞こえてんじゃねえか!」
お隣と前が言い争っている声がどこか遠くに聞こえ、体内を循環させている力の扱いに思考を割きながら必死になって綱を手繰り寄せる。徐々にではあるが、月姉の術に抵抗を見せ始めた奴がこのままでは拙いと思ったのか、逆に僕らを境界の狭間に引きずり込もうと綱を引き始めたのだ。このままでも僕達が引きずり込まれる心配は万に一つも無いけど、やっぱり自分の事で皆が力を貸してくれているのだから、当事者である僕が頑張らないと話にもならないよね!
「うおりゃあぁぁぁぁっ!!」
「いいぞ坊よ、その調子で引っ張るのじゃぞ! それ、綱引け引けよや!」
後ろで踏ん張り利かせてくれているあーちゃんからの声援を糧に、身体を廻る力を一息で倍加させて最後の仕上げに掛る。真っ向からの力と力の対決。幾ら人と神様とで力の差は有れど、ここで負けたら男が廃るってもんさ。
『小生意気デ矮小ナ人間如キガァァァァァッ!?』
「ぽっちゃりを~、嘗めるなぁぁぁぁっ!!」
「おまっ、奏慈!?」
拮抗する力と力のぶつかり合いの均衡は僕らの方に軍配が上がり、砂の牙城が波に削られるかのごとく脆くも一気に崩れさる。もはや綱引きと言うよりは一本背負いの容量で境界の狭間から引き抜き、そのまま勢いに任せて離れ屋の畳に叩き付けてやった。
『グガァァッ!?』
「おわぁぁっ!?」
「あらあら、ほんとに世話が焼けるんだから」
「あ、ありがとよ月姉……」
叩き付けた異世界の神と一緒に投げてしまったスーさんの襟首をつかんで捕まえた月姉。一瞬で畳の上から投げ飛ばされたスーさんの所まで飛んだ彼女は、そのまま掴んだ襟首を離さずに叩き付けられた奴の顔面に思いっきり勢いをつけて着地したのだった。足先が不細工に変化した奴の顔面にめり込み、痛みで声も出ない様子の喉から声にならないうめき声が振動波となって母屋全体を震わせる。震度五弱程の揺れが僕のぽっちゃりボディを襲うが、地力その物を強化した状態ではお腹の脂肪細胞一つ揺らす事が出来ない。
当然、僕の後ろに立っているあーちゃんはピクリとも動じる事無く自然体で笑みを浮かべている。いつの間にか僕の肩に陣取った九ちゃんは手を叩いて月姉に声援を送っていて、こちらも振動波など何も感じぬとばかりにはしゃいでいた。
「どれ、折角小せいままなんだから今のうちに削っておくか」
「そうね。スーちゃんにお願いできるかしら?」
「おう! 助けてもらった恩は早い内に返さないとな。……後で月姉に丼ぶり勘定で請求されたら堪んねえからよ……」
「うふふふ。 何か言ったかしら、スーちゃん?」
月姉の笑顔にビクッと背筋を震わせたスーさんが、冷や汗を流しながら右手に青白い光を纏わせる。深海を連想させる光は徐々に輝きと密度を増していき、数秒も経たない内に天井まで明かりが届く程まで光量が上がった。これは先程のあーちゃんが使ったデコピンと同じ種類の力を、彼が自分様に仕上げた業みたいだね。力の総量はあーちゃんがずば抜けて多いのだけれど、スーさんは第一級の破壊神に数えられる神様であり、事戦闘技術の洗練さや応用技術では姉神様二人よりも実力は上なんだ。純粋な力や回復ならあーちゃん、幻術や呪術と言った補助関係なら月姉。それに戦闘技術のスーさんと、其々が得意な部分がありそれを三柱で補いあう事で元始の世界に立つ神々の中でも有数の力を持っているんだ。
元のサイズよりは幾分か小さくなっている状態の奴に、スーさんが光る右手を容赦なく振り下ろす。左肩の方から袈裟懸けに振り下ろされた手刀は、結界によって縛られ圧縮されている異世界の神をバッサリと切り捨てる。とは言っても、肉を切り骨を折る様な事は無く。手刀が触れた所から神としての力が濁流の如く流れ出し、世界を一つ丸呑みにして得た力と共にその体積も徐々に小さく減らしていった。
『ア……アァ、グゥ――アアァ……ッ!』
情け容赦なく次々と切り捨てられて力を失っていく異世界の神。最早うめき声にも力が入っておらず、ぐったりと畳の上に横たわる姿からは威勢も何も感じられない。止めとばかりに心の臓に位置する場所に手刀が刺しこまれ、完全に抵抗する力を奪われた奴は身じろぎする力も無く、辛うじてか細い呼吸音を辺りに響かせる力しか残されていなかった。
「――っと、これ以上やっちまうのはいけねえな……。しかしまぁ、何ともみすぼらしくなっちまったもんだな」
『…………ゥ……アァ』
筋骨粒々だった肉体は枯れ果て、身体の外にまで濁流の如く溢れ出ていた邪悪な神力も干ばつにあった小川の様にか細く小さくなってしまった。完全に変化して大きな牙やら角が生えた頭は、月姉の踏みつけによって梅干みたいな顔に変化しているけど、その中心部分では皮膚がひび割れて元のイケメン顔の地肌が見えているね。
「……ふむ。真に哀れな結果に相成った訳じゃが、小僧にとっては残念ながらそろそろ終いの時じゃ。ほれ坊よ。折角じゃからお主が止めを刺して、黄泉比良坂の旅路へと送り出してやるがよい」
「分かったよ、あーちゃん。せめて最後だけは苦痛から解き放ち、願わくば魂が黄泉の国へと無事に辿り着くよう案内させてもらうね」
意気消沈した異世界の神だけど、僕の中ではずっと警鐘が鳴り響いている。普通の人間やご同業の方だったら、此処までボロボロになった状態で危害を加える力は無いと思えるだろう。けど、あーちゃん達に鍛えられ磨かれた僕の危機察知能力センサーは反応しまくってるんだ。これはもうひと悶着するだけの力を残していると……目が物語っている。
まあ、悶着を起こしてもらわないとこっちも困るんだけど……ね!
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