13 / 32
上の空
しおりを挟む
日曜日の昼過ぎに駅の改札前の出口で琢磨は桃香と待ち合わせをしていた。休日という事もあり駅前のロータリーは人で溢れかえっていた。
ぼうっと駅の改札に背を向けて立っていると短めの黒髪の女性が改札を抜けてタクシー乗り場に向かって颯爽と歩いていった。その後ろ姿が千紘に似ていて思わず目を見張る……振り返った時に横顔が見えた。その女性の顔を見て琢磨は目を逸らした。
後ろ姿の女性は、千紘ではなかった……。
琢磨はこうして待っている間に千紘に似た人を目で追い続けていた。
「何やってんだ……お前は桃香ちゃんを待ってるんだろう……」
琢磨は溜息をつく。桃香へ申し訳ない気持ちになり咳払いをして姿勢を正した。
「お待たせ!」
琢磨の背中をポンと叩く。振り返ると淡い色のワンピースを着た桃香が微笑んでいた。駅のホームからここまで走ってきたのだろう……少し息が上がっている。桃香は頰を赤らめて茶色いふわふわの髪が舞うのを手櫛で押さえて整えた。
「走らなくて良かったのに」
「走りたかったの、さぁ、行こっか」
桃香ちゃんが俺の腕を組むとゆっくりと歩き出した。
こうして二人でデートをしていると楽しい。桃香ちゃんはいつも笑顔で俺を楽しませてくれる。
『琢磨くんに一目惚れしたの……』
いつだったか恥ずかしそうに教えてくれた。本当に素直で可愛い女の子だ。一緒に手を繋ぎ歩いていると懐かしいゲームセンターの前を通り過ぎた。ここは昔皆と一緒に来たことがある。ここのレーシングゲームで千紘に大負けして悔しくて両替機で千円を崩した。それが無くなるまで勝負を挑み続けたことを思い出した。
『琢磨、もう負けを認めたら?』
千紘の声が聞こえた気がした。千紘の爆笑の声とともにあの日の記憶が蘇る。
張り合う俺たちの後ろで凛花が俺を応援する声が聞こえる。
『琢磨は千紘に勝てないよ、バカね……ほら! そこ! なんでぶつかるのよ! ちょっとハンドルを私に貸しなさいよ!』
必死な顔をしてハンドルを握る俺の顔が面白いのか動画を撮影しながら浩介が笑っている。
「──琢磨くん?」
いつのまにか足が止まっていたらしい。上の空の俺に怒るわけでもなく桃香ちゃんは優しく微笑むと腕のシャツの布地を握った。引っ張られた感覚に思わず背筋が伸びる。デート中にこんな態度じゃダメだ。
「ごめんな、何の話だっけ?」
琢磨は申し訳なさそうに首の後ろを撫でる。
「大丈夫だよ、この先にお洒落な雑貨屋さんがあるんだー、寄ってもいい?」
首を傾げる桃香の仕草が可愛くてつい微笑んでしまう。
「あぁ、行こう。雑貨屋かー、名刺入れあるかな? 就職以来買い換えていないんだよ」
琢磨は桃香の手を握るとゆっくりと歩き出した。琢磨に手を引かれながら桃香はゲームセンターを振り返った。少し切なそうな表情をしたが、気を取り直すように琢磨の横に並んで歩き始めた。
琢磨はこうして街を歩くと千紘と話したい話題が多くある事に気が付いた。今までは次に会う時に言えばいいと思っていた。
言いたい事が多すぎる──。
その今度がもう無いと分かっているのに、千紘に話したい事が降る雪のように積もっていく……しんしんと、積み重なり嵩を増していく──そして心が冷たくなってくる。
桃香ちゃんと一緒にいるのは楽しい。俺が頭に触れるとすぐに頰を赤らめるところも、美味しい手料理に俺が興奮して顔を赤らめると桃香ちゃんが笑う……。
幸せだ。
本当に幸せだ。それなのに──俺は、どうしてしまったのだろう。
千紘は、どうしているのだろう。何度も何度も千紘の事を思い出すたびに最後にはあの言葉が胸に刺さる……。
琢磨は、悪くないよ──。
あれから二週間だ、まだ二週間だ──。
ぼうっと駅の改札に背を向けて立っていると短めの黒髪の女性が改札を抜けてタクシー乗り場に向かって颯爽と歩いていった。その後ろ姿が千紘に似ていて思わず目を見張る……振り返った時に横顔が見えた。その女性の顔を見て琢磨は目を逸らした。
後ろ姿の女性は、千紘ではなかった……。
琢磨はこうして待っている間に千紘に似た人を目で追い続けていた。
「何やってんだ……お前は桃香ちゃんを待ってるんだろう……」
琢磨は溜息をつく。桃香へ申し訳ない気持ちになり咳払いをして姿勢を正した。
「お待たせ!」
琢磨の背中をポンと叩く。振り返ると淡い色のワンピースを着た桃香が微笑んでいた。駅のホームからここまで走ってきたのだろう……少し息が上がっている。桃香は頰を赤らめて茶色いふわふわの髪が舞うのを手櫛で押さえて整えた。
「走らなくて良かったのに」
「走りたかったの、さぁ、行こっか」
桃香ちゃんが俺の腕を組むとゆっくりと歩き出した。
こうして二人でデートをしていると楽しい。桃香ちゃんはいつも笑顔で俺を楽しませてくれる。
『琢磨くんに一目惚れしたの……』
いつだったか恥ずかしそうに教えてくれた。本当に素直で可愛い女の子だ。一緒に手を繋ぎ歩いていると懐かしいゲームセンターの前を通り過ぎた。ここは昔皆と一緒に来たことがある。ここのレーシングゲームで千紘に大負けして悔しくて両替機で千円を崩した。それが無くなるまで勝負を挑み続けたことを思い出した。
『琢磨、もう負けを認めたら?』
千紘の声が聞こえた気がした。千紘の爆笑の声とともにあの日の記憶が蘇る。
張り合う俺たちの後ろで凛花が俺を応援する声が聞こえる。
『琢磨は千紘に勝てないよ、バカね……ほら! そこ! なんでぶつかるのよ! ちょっとハンドルを私に貸しなさいよ!』
必死な顔をしてハンドルを握る俺の顔が面白いのか動画を撮影しながら浩介が笑っている。
「──琢磨くん?」
いつのまにか足が止まっていたらしい。上の空の俺に怒るわけでもなく桃香ちゃんは優しく微笑むと腕のシャツの布地を握った。引っ張られた感覚に思わず背筋が伸びる。デート中にこんな態度じゃダメだ。
「ごめんな、何の話だっけ?」
琢磨は申し訳なさそうに首の後ろを撫でる。
「大丈夫だよ、この先にお洒落な雑貨屋さんがあるんだー、寄ってもいい?」
首を傾げる桃香の仕草が可愛くてつい微笑んでしまう。
「あぁ、行こう。雑貨屋かー、名刺入れあるかな? 就職以来買い換えていないんだよ」
琢磨は桃香の手を握るとゆっくりと歩き出した。琢磨に手を引かれながら桃香はゲームセンターを振り返った。少し切なそうな表情をしたが、気を取り直すように琢磨の横に並んで歩き始めた。
琢磨はこうして街を歩くと千紘と話したい話題が多くある事に気が付いた。今までは次に会う時に言えばいいと思っていた。
言いたい事が多すぎる──。
その今度がもう無いと分かっているのに、千紘に話したい事が降る雪のように積もっていく……しんしんと、積み重なり嵩を増していく──そして心が冷たくなってくる。
桃香ちゃんと一緒にいるのは楽しい。俺が頭に触れるとすぐに頰を赤らめるところも、美味しい手料理に俺が興奮して顔を赤らめると桃香ちゃんが笑う……。
幸せだ。
本当に幸せだ。それなのに──俺は、どうしてしまったのだろう。
千紘は、どうしているのだろう。何度も何度も千紘の事を思い出すたびに最後にはあの言葉が胸に刺さる……。
琢磨は、悪くないよ──。
あれから二週間だ、まだ二週間だ──。
1
お気に入りに追加
312
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる