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私とあの子の違い
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桃香から話があると声を掛けられ会社の近くのカフェへと向かった。ランチタイムで店内は混雑していた。これぐらい賑やかな方が話がしやすい。注文が済むと桃香が頭を下げた。
「すみませんでした……本当にすみません。謝って済む問題じゃないんですけど……」
開口一番に桃香の謝罪から始まった。注文した飲み物も到着していない。
桃香の泣きそうな顔を見て千紘は意外と冷静だった。
桃香はあれから偶然琢磨と会ってどうしても繋がりを持ちたかったと言っていた。一目惚れをして、玉砕覚悟で告白をしたのだと──。
その表情は本当につらそうだった。桃香は泣くのを堪えて瞬きを繰り返している。
「先輩──すみません……言わなきゃって思ってたのにずっと言えなくて……私、先輩の事分かってたのに琢磨くんの事……好きになっちゃって……」
千紘は背もたれにもたれ掛かると話を聞きながら相槌を打つ。
「いいの──大丈夫よ。良かったじゃない……桃香ちゃんの勇気が実を結んだし」
千紘はふわりと笑った。その笑顔に桃香が押し黙る。千紘は入社してから何かあると助けてくれた先輩だ。ミスをしても、時に厳しく叱り、時に優しく微笑んで助けてくれた。桃香は自分のした事の大きさに気付いた。
桃香は怖かった。千紘が笑っているのに泣いていると思った。いつも優しく撫でてくれた手にもう触れられないような気がした。
「怒ってください……先輩、そうでないと私──」
千紘が首を横に振る。その仕草に桃香は目を細めた。千紘の表情はなぜか穏やかだった。
「怒る立場じゃないもの。琢磨は、いい奴よ……子供っぽいところもあるけれど、温かい男だと思う」
桃香は黙って頷いていた。
もっと怒鳴られて、責められて、口も聞いてくれなくなると思っていた。
先輩はなぜ全てを受け入れて、私のことを許そうとするのだろう。許してもらえないと思っていたのに……。
「どうして、そんなに優しいんですかっ! 私……先輩の好きな人を──」
「私じゃダメだから」
「……え?」
「私はね、桃香ちゃんとは違うの。そんな風に琢磨に寄り添える場所にいないから。だから、怒ったって、責めたって意味ないの。最初から、勝負になんて、ならない。私はただの友達だから……」
千紘は到着したカフェラテを桃香へと手渡す。前のめりになると頬杖をつく……アイスコーヒーに黒のストローを挿すと縁に沿って回した……。
「幸せに、してあげてね。私はもういいから。強がりじゃない……本当にいいの。最初から決まってたのを足掻いただけ」
「先輩……」
「桃香ちゃんでよかった。幸せになってね」
あの時に何かが切れた感覚はなんだったんだろう。こうして桃香の謝罪や想いを聞いても怒りの気持ちはなかった。桃香への友情は変わらずある。誰よりも琢磨を好きな気持ちは理解できる。
言葉では説明できないが──とにかく何かが切れた。
桃香ちゃんは出会って二週間で琢磨の横に並び、私は五年も想いながらじっと同じ場所に立ち続けていた。
無理な事が分かっているのに、どうしてこんなにも意固地になって琢磨のそばに居続けたのだろう。
今となっては……馬鹿らしく思えた。
全然違う。私はもう随分と前に刻印を押され ていたじゃないの……。私と桃香ちゃんは、全然違う……。
琢磨と出会ったあの時に叩きつけられた刻印は……消えなかった。
友達の肩書きを──拭えない。
「じゃ、先戻るね」
「……はい」
席を立つと桃香に別れを告げた。
これからも同僚として顔を合わせる。その度に琢磨と笑い合う姿を想像するのだろう。
千紘は帰り道を歩きながら笑えてきた。その視線はまっすぐ前を見ていた。
「すみませんでした……本当にすみません。謝って済む問題じゃないんですけど……」
開口一番に桃香の謝罪から始まった。注文した飲み物も到着していない。
桃香の泣きそうな顔を見て千紘は意外と冷静だった。
桃香はあれから偶然琢磨と会ってどうしても繋がりを持ちたかったと言っていた。一目惚れをして、玉砕覚悟で告白をしたのだと──。
その表情は本当につらそうだった。桃香は泣くのを堪えて瞬きを繰り返している。
「先輩──すみません……言わなきゃって思ってたのにずっと言えなくて……私、先輩の事分かってたのに琢磨くんの事……好きになっちゃって……」
千紘は背もたれにもたれ掛かると話を聞きながら相槌を打つ。
「いいの──大丈夫よ。良かったじゃない……桃香ちゃんの勇気が実を結んだし」
千紘はふわりと笑った。その笑顔に桃香が押し黙る。千紘は入社してから何かあると助けてくれた先輩だ。ミスをしても、時に厳しく叱り、時に優しく微笑んで助けてくれた。桃香は自分のした事の大きさに気付いた。
桃香は怖かった。千紘が笑っているのに泣いていると思った。いつも優しく撫でてくれた手にもう触れられないような気がした。
「怒ってください……先輩、そうでないと私──」
千紘が首を横に振る。その仕草に桃香は目を細めた。千紘の表情はなぜか穏やかだった。
「怒る立場じゃないもの。琢磨は、いい奴よ……子供っぽいところもあるけれど、温かい男だと思う」
桃香は黙って頷いていた。
もっと怒鳴られて、責められて、口も聞いてくれなくなると思っていた。
先輩はなぜ全てを受け入れて、私のことを許そうとするのだろう。許してもらえないと思っていたのに……。
「どうして、そんなに優しいんですかっ! 私……先輩の好きな人を──」
「私じゃダメだから」
「……え?」
「私はね、桃香ちゃんとは違うの。そんな風に琢磨に寄り添える場所にいないから。だから、怒ったって、責めたって意味ないの。最初から、勝負になんて、ならない。私はただの友達だから……」
千紘は到着したカフェラテを桃香へと手渡す。前のめりになると頬杖をつく……アイスコーヒーに黒のストローを挿すと縁に沿って回した……。
「幸せに、してあげてね。私はもういいから。強がりじゃない……本当にいいの。最初から決まってたのを足掻いただけ」
「先輩……」
「桃香ちゃんでよかった。幸せになってね」
あの時に何かが切れた感覚はなんだったんだろう。こうして桃香の謝罪や想いを聞いても怒りの気持ちはなかった。桃香への友情は変わらずある。誰よりも琢磨を好きな気持ちは理解できる。
言葉では説明できないが──とにかく何かが切れた。
桃香ちゃんは出会って二週間で琢磨の横に並び、私は五年も想いながらじっと同じ場所に立ち続けていた。
無理な事が分かっているのに、どうしてこんなにも意固地になって琢磨のそばに居続けたのだろう。
今となっては……馬鹿らしく思えた。
全然違う。私はもう随分と前に刻印を押され ていたじゃないの……。私と桃香ちゃんは、全然違う……。
琢磨と出会ったあの時に叩きつけられた刻印は……消えなかった。
友達の肩書きを──拭えない。
「じゃ、先戻るね」
「……はい」
席を立つと桃香に別れを告げた。
これからも同僚として顔を合わせる。その度に琢磨と笑い合う姿を想像するのだろう。
千紘は帰り道を歩きながら笑えてきた。その視線はまっすぐ前を見ていた。
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