100のキスをあなたに

97.おかえり

　私は携帯電話を片手にさっきから自宅アパートの前を行ったり来たりしている。落ち着かない……。

　さっきからタクシーが前を通るたびに優馬が乗っているのではないかと目で追っている。

　今日は二年ぶりに遠距離恋愛していた優馬が帰国する。アメリカに渡って二年……ようやく優馬が日本に帰ってくる。本場の演劇が学びたいと渡米したが金銭的な理由でなかなか日本とアメリカを往復することは叶わなかった。 

　二年間は、長かった。

　時差があるので深夜にメールやビデオ通話をして寂しさを紛らわしていたが正直一人で数え切れないほど泣いた。

　優馬がその日あった出来事を楽しそうに話すたびに胸が締め付けられた。いつからか次に会える日の事を話さなくなった。

──いつ帰ってくるの？

──そっちに住み続けるの？

──私は、どうしたらいい？

　将来のことを考えたいのに考えると怖くて夢を見ることを途中でやめた。優馬が好きであればあるほど……辛かった、恋しかった。

　二週間前に優馬から帰国の話が出た。嘘のようだった。嬉しくて涙が出た。今日を迎えるまで指折り数え、眠れない日が続いた。そして今携帯電話を握りしめ優馬の姿を探し続けている。

「……澪」

　男の人の声が聞こえた。記憶の中の優馬の声じゃない気がした。いつもタブレット越しだったからかもしれない。
　振り返るとそこには大きなボストンバッグを片手に優馬が立っていた。

「優馬……ゆう、ま──」

　私は駆け出すと優馬に抱きついた。忘れかけていた優馬の香りがする。優馬の胸に飛び込み強く抱きしめた。優馬は荷物を落とすと澪の背中に手を回して瞳を閉じた。

「ごめん……寂しかったな……ごめん──」

　優馬の声は震えていた。澪は抱きしめられながら首を横に振る。

「いいの、いいの……」

　二人の視線が合うとゆっくりと瞼を閉じてキスをする。人の目なんてどうだっていい。そんな事気にしている場合じゃない。

──今は優馬を感じたい
──今は澪だけを見ていたい

　二人は涙を流しながらキスを交わす……。二年間の会えなかった想いが溢れ出していた。
　二人は離れると微笑み合った。

「優馬……おかえり」

「ただいま……澪」

　二人は手を繋ぐとアパートへと歩き出した。