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95.初恋
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俺の初恋は幼馴染の朝香……ではなくその姉の佑香ちゃんだ。小学生の頃集団登校の時に朝香の家から出てきたセーラー服の佑香ちゃんに恋をした。
高校生になった今でも佑香ちゃんと会えば胸はときめくし何を話したかも覚えていない。
「どこがいいの? あんなガサツな女」
朝香はそんな俺に呆れた様子だ。理屈じゃない、恋なんて。
佑香は大学の水泳部だ。夏場は毎年肌が日に焼けていて真っ黒だ。髪もショートカットで家では面倒だとジャージを着ていることが多い。先日サークルの合宿とやらで海に行ったらしい。
ガサツじゃない、カッコいい──。
「俊哉くん、久しぶりね」
二階の朝香の部屋に上がる時にすれ違う。俺に笑いかける佑香ちゃんの白い歯が眩しくて目を細める。
朝香の部屋に行き壁に頭を付け静かに悶絶する俊哉の背中にクッションが投げつけられた。朝香は続けてもう一度クッションを投げつけた。かなり不機嫌だ。
「さっさと告りなさいよ、面倒くさい」
朝香が数学の教科書を開き俊哉を置いて宿題に取り掛かる。俊哉はムッとしながらも朝香の向かいに座りカバンから筆箱を取り出した。
「言えるわけないだろ、四つも年下のガキだぞ」
「……ばかね」
しばらく宿題に集中していると体がクーラーで冷えたのか尿意を催した。
「悪い、トイレ借りるな」
俊哉は階段を降りていくとリビングから笑い声が聞こえた。階段降りる音が聞こえたようだ、ドアが開くと佑香が笑顔で顔を覗かせた。
「俊哉くん、ちょっとちょっと……」
佑香に手招きされてリビングに入るとリビングのソファーに爽やかな大人の男が座っている。
「やぁ、こんにちは」
「こんに、ちは?」
見たこともない顔だが知り合いだろうか……俊哉が脳を稼働させていると佑香が笑った。
「この人、私の彼氏の南原弘毅くんよ、こちら妹の幼馴染の俊哉くんよ」
「やぁ、君が妹さんの幼馴染か……どうぞよろしくね」
弘毅が優しく微笑む。俊哉は条件反射のように出された手を握り握手をする。
彼氏……妹の幼馴染……?
そうだよな、それぐらいの存在だよな。妹の幼馴染……思ったより言葉のダメージが深い。
「何やってんの!」
俊哉の帰りが遅いので朝香が一階に様子を見に来た。俊哉と弘毅が握手をしているのを見て朝香の顔がみるみる青くなる。
「お邪魔してるよ朝香ちゃん、ごめんね、勉強中にうるさかった?」
「あ……い、いえ……全然──」
朝香は返事をしながらしきりに俺の顔色を伺った。俺は笑顔で佑香ちゃんたちに微笑みかけた。
「じゃ、俺たち勉強の続きがあるんで……じゃ……」
朝香の腕を取ると階段を駆け上がる。部屋のドアを閉めた後、ようやく現実の世界に戻ってきたようだ。胸がしくしくと痛み出した。
「……俊哉──」
「お前、知ってたの? 佑香ちゃんの彼氏のこと……」
朝香は申し訳なさそうな顔をしていた。何かを言いかけ、その言葉を飲み込んでを繰り返していた。
「お姉ちゃんの卒業を待って、結婚するって……ごめん」
朝香の言葉に俊哉は頷いた。いつか初恋が終わる日が来ると思っていたが、こんな終わり方だとは思わなかった。
さっきまで座っていたクッションに座ると目の前のお茶を飲み干す。
「しょうがないよ、初恋なんてそんなもんだろう。実る方が奇跡だ……そうだ、うん、そうそう」
自分で言いながら段々と声が出なくなる。励ましの言葉が余計に心を締め付けた。
俺の初恋が──終わった。
朝香が隣に座ると辿々しく抱き寄せた。
「……しっかり、しなさいよ」
朝香の温もりに思わず涙が出そうになる。でも朝香に泣き顔なんか見られたくない。必死で堪えていると朝香が俺の顔を見て嫌な顔をした。
「俊哉、ひどい顔ね──」
「なんだよ、泣いてないぞ」
俊哉が顔を上げると思ったより近くに朝香の顔があって驚いた。
なぜか朝香が真っ赤な顔をして瞬時に瞳や鼻、唇に視線が動く。そのまま俺の頬にサッと何かを押し付けた。それが唇だと、朝香のキスだと気付くのに時間が掛かった。
「…………」
「いや、なんか当たっただけだし──」
俺が黙っていると朝香が耳まで真っ赤にして言い訳を始めた。手振りを加えながら何か説明しているが俺には全く入ってこない。
「だから、特に意味は──って、聞いてる? おーい」
いつもうるさい俺が静か過ぎて心配になったようだ。俺は朝香の腕を掴むと顔を覗く。
「お前、なんでこんなことするの?」
「え──いや、元気がない、から」
「そんなんだったらお前終電間近の電車に乗ってる人間全員にキスしまくるのか?」
「いやいや、それは──」
「……俺の事、好きなのか? もしかして」
「…………どうして? 俊哉だよ? ないない」
俊哉は腕を離すとそのまま数学の教科書を開いた。
「そうか、わかった。ほら──やるぞ」
「え、あ、うん……」
朝香も席に座ると途中まで解いていた数学の問題に取り掛かった。その横顔を俊哉は盗み見た。
朝香はやましいことがあると質問に質問で返す。朝香の心の内が知れて俊哉は少し笑った。失恋の傷は朝香の温もりで少し癒された。
朝香の初恋が叶うのは……あともう少し先のことだ──。
高校生になった今でも佑香ちゃんと会えば胸はときめくし何を話したかも覚えていない。
「どこがいいの? あんなガサツな女」
朝香はそんな俺に呆れた様子だ。理屈じゃない、恋なんて。
佑香は大学の水泳部だ。夏場は毎年肌が日に焼けていて真っ黒だ。髪もショートカットで家では面倒だとジャージを着ていることが多い。先日サークルの合宿とやらで海に行ったらしい。
ガサツじゃない、カッコいい──。
「俊哉くん、久しぶりね」
二階の朝香の部屋に上がる時にすれ違う。俺に笑いかける佑香ちゃんの白い歯が眩しくて目を細める。
朝香の部屋に行き壁に頭を付け静かに悶絶する俊哉の背中にクッションが投げつけられた。朝香は続けてもう一度クッションを投げつけた。かなり不機嫌だ。
「さっさと告りなさいよ、面倒くさい」
朝香が数学の教科書を開き俊哉を置いて宿題に取り掛かる。俊哉はムッとしながらも朝香の向かいに座りカバンから筆箱を取り出した。
「言えるわけないだろ、四つも年下のガキだぞ」
「……ばかね」
しばらく宿題に集中していると体がクーラーで冷えたのか尿意を催した。
「悪い、トイレ借りるな」
俊哉は階段を降りていくとリビングから笑い声が聞こえた。階段降りる音が聞こえたようだ、ドアが開くと佑香が笑顔で顔を覗かせた。
「俊哉くん、ちょっとちょっと……」
佑香に手招きされてリビングに入るとリビングのソファーに爽やかな大人の男が座っている。
「やぁ、こんにちは」
「こんに、ちは?」
見たこともない顔だが知り合いだろうか……俊哉が脳を稼働させていると佑香が笑った。
「この人、私の彼氏の南原弘毅くんよ、こちら妹の幼馴染の俊哉くんよ」
「やぁ、君が妹さんの幼馴染か……どうぞよろしくね」
弘毅が優しく微笑む。俊哉は条件反射のように出された手を握り握手をする。
彼氏……妹の幼馴染……?
そうだよな、それぐらいの存在だよな。妹の幼馴染……思ったより言葉のダメージが深い。
「何やってんの!」
俊哉の帰りが遅いので朝香が一階に様子を見に来た。俊哉と弘毅が握手をしているのを見て朝香の顔がみるみる青くなる。
「お邪魔してるよ朝香ちゃん、ごめんね、勉強中にうるさかった?」
「あ……い、いえ……全然──」
朝香は返事をしながらしきりに俺の顔色を伺った。俺は笑顔で佑香ちゃんたちに微笑みかけた。
「じゃ、俺たち勉強の続きがあるんで……じゃ……」
朝香の腕を取ると階段を駆け上がる。部屋のドアを閉めた後、ようやく現実の世界に戻ってきたようだ。胸がしくしくと痛み出した。
「……俊哉──」
「お前、知ってたの? 佑香ちゃんの彼氏のこと……」
朝香は申し訳なさそうな顔をしていた。何かを言いかけ、その言葉を飲み込んでを繰り返していた。
「お姉ちゃんの卒業を待って、結婚するって……ごめん」
朝香の言葉に俊哉は頷いた。いつか初恋が終わる日が来ると思っていたが、こんな終わり方だとは思わなかった。
さっきまで座っていたクッションに座ると目の前のお茶を飲み干す。
「しょうがないよ、初恋なんてそんなもんだろう。実る方が奇跡だ……そうだ、うん、そうそう」
自分で言いながら段々と声が出なくなる。励ましの言葉が余計に心を締め付けた。
俺の初恋が──終わった。
朝香が隣に座ると辿々しく抱き寄せた。
「……しっかり、しなさいよ」
朝香の温もりに思わず涙が出そうになる。でも朝香に泣き顔なんか見られたくない。必死で堪えていると朝香が俺の顔を見て嫌な顔をした。
「俊哉、ひどい顔ね──」
「なんだよ、泣いてないぞ」
俊哉が顔を上げると思ったより近くに朝香の顔があって驚いた。
なぜか朝香が真っ赤な顔をして瞬時に瞳や鼻、唇に視線が動く。そのまま俺の頬にサッと何かを押し付けた。それが唇だと、朝香のキスだと気付くのに時間が掛かった。
「…………」
「いや、なんか当たっただけだし──」
俺が黙っていると朝香が耳まで真っ赤にして言い訳を始めた。手振りを加えながら何か説明しているが俺には全く入ってこない。
「だから、特に意味は──って、聞いてる? おーい」
いつもうるさい俺が静か過ぎて心配になったようだ。俺は朝香の腕を掴むと顔を覗く。
「お前、なんでこんなことするの?」
「え──いや、元気がない、から」
「そんなんだったらお前終電間近の電車に乗ってる人間全員にキスしまくるのか?」
「いやいや、それは──」
「……俺の事、好きなのか? もしかして」
「…………どうして? 俊哉だよ? ないない」
俊哉は腕を離すとそのまま数学の教科書を開いた。
「そうか、わかった。ほら──やるぞ」
「え、あ、うん……」
朝香も席に座ると途中まで解いていた数学の問題に取り掛かった。その横顔を俊哉は盗み見た。
朝香はやましいことがあると質問に質問で返す。朝香の心の内が知れて俊哉は少し笑った。失恋の傷は朝香の温もりで少し癒された。
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