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94.隣の部屋
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「愛しているわ……」
「僕だって──」
テレビの画面には今季の最高視聴率を更新中の大人気ドラマが放送中だ。ティッシュを片手に純が涙を流す。
最高だ、ようやく結ばれるのね!
画面に映る主人公たちの顔がゆっくりと近づく……その様子を画面の前で固唾を飲んで見守る──。
ダダダダダダダダッ!
唇が重なる瞬間に隣の部屋から飛び上がるほどの爆音が響いた。純は思わずひっくり返る。音のする方角の壁を睨みつける。
「ちょ、ちょっと! いいところだったのに!……あ」
画面に視線を戻すと違う場面へと切り替わっていた。
そんなバカな……この瞬間を見るために今日仕事を早く切り上げて夕ご飯だってコンビニ弁当にしたというのに……。
純は立ち上がると部屋を飛び出した。隣の部屋のインターホンを押す。連打したい気持ちをぐっと押し殺した……。
「はい?」
部屋から出てきたのは寡黙そうな黒縁メガネをかけた男だった。大人しそうな顔をしてあんな爆音を夜に響かせるとはなんてやつだ。けしからん。
「すみません、隣の者ですけど、大きな音を出さないでくださいますか? 近所迷惑です!」
部屋の中はすでにしんと静まり返っていた。よく見ると男の首には黒のヘッドフォンが掛かっている。
「……あ、なるほどな、Bluetoothにしたつもりで出来てなくて──すみませんでした。申し訳ない。よりによって最大音量で……」
男は大して悪びれもせず淡々と謝罪の言葉を述べる。その表情や言葉の抑揚も変わらない……その態度が逆に腹立たしい……。
「じゃ、これで……」
男がドアを閉めようとする。思わずそのドアを止めようと手を伸ばした。文句が言い足りない。
「いやいや、ちょっと待って……」
純がドアを掴むと男は慌てて閉めようとする。純は足の先をドアに挟み部屋の中の男を睨む。
「いい度胸してんじゃない……えぇ? それが人に謝る態度なの?」
「謝ってるのに! なんなんだ!? あんた!」
ようやく中の男の表情が崩れる。純も必死にドアを開けようと力を入れる。
「愛のセレナーデのいいところ見逃したのよ! どう責任とってくれるの!」
「え?」
男はドアノブを握る力を緩めた。その瞬間ドアが開かれ体が持っていかれて背後へと倒れていく。
あ、やば──頭打つ。
純は思わず目の前の男のシャツを掴んだ。
「え!? うわっ!」
男は前のめりになり純と一緒に床に倒れこんだ。純は肘を激しく打ちつけ擦りむいた感触があった。
あたたたた……イッタ……。
そんな事よりも重たくて動けない──瞼を開けるとなぜか男の髪が近くに見えた。そして何より……唇が熱かった──。
二人はキス──していた。愛のセレナーデの恋人たちのように……。
「……ん」
「……んん?」
二人は自分たちが置かれた状況を確認すると慌てて男が体を起こし袖口で自分の唇を拭った。純は大きな悲鳴をあげた。
その悲鳴に慌てて男は純の手を引き立ち上がらせると部屋に押し込んだ。
「あんたね、あんたの方が近所迷惑だ。うるさいよ、その超音波のような声」
「ちょっと待ちなさいよ、人の唇奪っといて何、その態度! さっきのことも含めてちゃんと謝りなさいよ!」
純の顔は興奮し真っ赤に染まっていた。目まで充血している。
男は呆れたように純から視線を外した。髪を掻き上げ腕を組むと純を睨む。
「いいか……部屋に押しかけて、閉めようとするドアの隙間に体をねじ込む……最後には俺のシャツを引っ張って唇を奪う……痴女か? ええ?」
「……うるさいわね──もういいわよ! 最低!」
純は男の部屋を出るとこれでもかというぐらい力一杯閉めた。
部屋に戻るとそのまま悔しくてベッドの上でバタバタと足を動かした。そのまま枕に突っ伏しているといつのまにか寝てしまっていた。
朝の六時──時計のアラームにはまだ早い時間にどこからか音がする。
インターホン? こんな時間に誰だ? 部屋を間違えているらしい。無視していると、しつこく何度も鳴らす。
眠い目をこすりながら玄関を出る。
「んもう、部屋を間違ってますよ……」
「ひどい寝起き姿だな。昨日もひどいけど」
目の前には黒のニット帽に白いシャツにジャケットを羽織った今時のお洒落な男が立っていた。モノトーンファッションが似合っている。
誰? 知り合いだっけ?
「……その顔は分からないみたいだな、痴女さん」
「あ、あ、あんた……隣の……」
純が顔色を変えると何も言わずにディスクを一枚手渡した。DVDのようだ……。
「何、コレ……」
「……見りゃわかる」
男は肩のカバンを肩に掛け直すとそのままアパートの階段を降りていった。純はレコーダーにディスクを入れ再生ボタンを押した。
馴染みのある音楽が鳴り出すといつものタイトルが表示される。
「愛の、セレナーデ?……昨日のやつじゃん」
純は一時停止を押すと思わず笑った。あんな顔して実は録画するほどファンだなんて可笑しすぎる。純はクッションを抱きしめて見たかったシーンを思う存分堪能した。
朝出勤するときには泣きすぎて瞼が腫れ上がってしまっていたが純はご機嫌だった。
「僕だって──」
テレビの画面には今季の最高視聴率を更新中の大人気ドラマが放送中だ。ティッシュを片手に純が涙を流す。
最高だ、ようやく結ばれるのね!
画面に映る主人公たちの顔がゆっくりと近づく……その様子を画面の前で固唾を飲んで見守る──。
ダダダダダダダダッ!
唇が重なる瞬間に隣の部屋から飛び上がるほどの爆音が響いた。純は思わずひっくり返る。音のする方角の壁を睨みつける。
「ちょ、ちょっと! いいところだったのに!……あ」
画面に視線を戻すと違う場面へと切り替わっていた。
そんなバカな……この瞬間を見るために今日仕事を早く切り上げて夕ご飯だってコンビニ弁当にしたというのに……。
純は立ち上がると部屋を飛び出した。隣の部屋のインターホンを押す。連打したい気持ちをぐっと押し殺した……。
「はい?」
部屋から出てきたのは寡黙そうな黒縁メガネをかけた男だった。大人しそうな顔をしてあんな爆音を夜に響かせるとはなんてやつだ。けしからん。
「すみません、隣の者ですけど、大きな音を出さないでくださいますか? 近所迷惑です!」
部屋の中はすでにしんと静まり返っていた。よく見ると男の首には黒のヘッドフォンが掛かっている。
「……あ、なるほどな、Bluetoothにしたつもりで出来てなくて──すみませんでした。申し訳ない。よりによって最大音量で……」
男は大して悪びれもせず淡々と謝罪の言葉を述べる。その表情や言葉の抑揚も変わらない……その態度が逆に腹立たしい……。
「じゃ、これで……」
男がドアを閉めようとする。思わずそのドアを止めようと手を伸ばした。文句が言い足りない。
「いやいや、ちょっと待って……」
純がドアを掴むと男は慌てて閉めようとする。純は足の先をドアに挟み部屋の中の男を睨む。
「いい度胸してんじゃない……えぇ? それが人に謝る態度なの?」
「謝ってるのに! なんなんだ!? あんた!」
ようやく中の男の表情が崩れる。純も必死にドアを開けようと力を入れる。
「愛のセレナーデのいいところ見逃したのよ! どう責任とってくれるの!」
「え?」
男はドアノブを握る力を緩めた。その瞬間ドアが開かれ体が持っていかれて背後へと倒れていく。
あ、やば──頭打つ。
純は思わず目の前の男のシャツを掴んだ。
「え!? うわっ!」
男は前のめりになり純と一緒に床に倒れこんだ。純は肘を激しく打ちつけ擦りむいた感触があった。
あたたたた……イッタ……。
そんな事よりも重たくて動けない──瞼を開けるとなぜか男の髪が近くに見えた。そして何より……唇が熱かった──。
二人はキス──していた。愛のセレナーデの恋人たちのように……。
「……ん」
「……んん?」
二人は自分たちが置かれた状況を確認すると慌てて男が体を起こし袖口で自分の唇を拭った。純は大きな悲鳴をあげた。
その悲鳴に慌てて男は純の手を引き立ち上がらせると部屋に押し込んだ。
「あんたね、あんたの方が近所迷惑だ。うるさいよ、その超音波のような声」
「ちょっと待ちなさいよ、人の唇奪っといて何、その態度! さっきのことも含めてちゃんと謝りなさいよ!」
純の顔は興奮し真っ赤に染まっていた。目まで充血している。
男は呆れたように純から視線を外した。髪を掻き上げ腕を組むと純を睨む。
「いいか……部屋に押しかけて、閉めようとするドアの隙間に体をねじ込む……最後には俺のシャツを引っ張って唇を奪う……痴女か? ええ?」
「……うるさいわね──もういいわよ! 最低!」
純は男の部屋を出るとこれでもかというぐらい力一杯閉めた。
部屋に戻るとそのまま悔しくてベッドの上でバタバタと足を動かした。そのまま枕に突っ伏しているといつのまにか寝てしまっていた。
朝の六時──時計のアラームにはまだ早い時間にどこからか音がする。
インターホン? こんな時間に誰だ? 部屋を間違えているらしい。無視していると、しつこく何度も鳴らす。
眠い目をこすりながら玄関を出る。
「んもう、部屋を間違ってますよ……」
「ひどい寝起き姿だな。昨日もひどいけど」
目の前には黒のニット帽に白いシャツにジャケットを羽織った今時のお洒落な男が立っていた。モノトーンファッションが似合っている。
誰? 知り合いだっけ?
「……その顔は分からないみたいだな、痴女さん」
「あ、あ、あんた……隣の……」
純が顔色を変えると何も言わずにディスクを一枚手渡した。DVDのようだ……。
「何、コレ……」
「……見りゃわかる」
男は肩のカバンを肩に掛け直すとそのままアパートの階段を降りていった。純はレコーダーにディスクを入れ再生ボタンを押した。
馴染みのある音楽が鳴り出すといつものタイトルが表示される。
「愛の、セレナーデ?……昨日のやつじゃん」
純は一時停止を押すと思わず笑った。あんな顔して実は録画するほどファンだなんて可笑しすぎる。純はクッションを抱きしめて見たかったシーンを思う存分堪能した。
朝出勤するときには泣きすぎて瞼が腫れ上がってしまっていたが純はご機嫌だった。
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