100のキスをあなたに

菅井群青

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91.体育祭

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 軽快な音楽と共に盛大な歓声が上がる。 例年は雨天で延期になることも多いが、今年はうまく台風の合間をすり抜けたらしい。

 今日は麻里の勤める高校の体育祭だ。

 麻里は椅子から立ち上がると窓の外を眺めた。今日は麻里も朝から大忙しだった。張り切っているのか競技中に転倒し膝を擦る学生が多い。消毒をして絆創膏を貼るのが大半だ。さっき来た学生は足首を捻挫していたが大事には至らなかった。骨折など大きな怪我をしていれば日曜日なので病院探しが大変だ。

 保険医になって二年……ようやくこの学校の生活にもなれてきた。保健室は多くの学生にとって特別な場だ。

 怪我の手当て
 熱などの急病の際に休む場
 心のケア
 そして……恋い焦がれる学生を宥める場だ。

「先生──」

 その声に麻里は溜息を漏らす。振り返らずともその声の主は分かる。毎日この保健室を訪れているのだから。

 紺色のジャージを着た男子学生がゆっくりとドアを開けて入ってきた。そのまま麻里のいる窓際へとやって来る。

「おー、走ってる走ってる」
 
「他人事みたいに言わないのよ、鈴木くん出番はないの?」

「足が遅いから出番無しです」

 ただ、本気で走ると代表に選ばれるのが面倒だから普段から本気で走らないのを知っている麻里は何も言わない。鈴木は勉強も、運動も出来るが敢えて目立たないようにしている変わった学生だ。

「……で? 今日は何? 頭痛?」

「そんなところです」

 鈴木はベッドに横になると猫のように背伸びをした。

 白いお腹が見えて麻里は目を背ける。

 向こうのペースに巻き込まれてはいけない……私は先生なのだから。毅然とした態度で臨まないと。

「鈴木くん、運動場に戻りなさい。保健室は休憩所じゃないわ」

「……先生ごめん、暑くて目眩がしたんだ、熱中症かな? このままでいさせて」

「……三十分だけね」

 大きく溜息をつくと麻里はそのまま背を向け回転椅子に腰掛けた。そのまま日誌に捻挫をして処置したことを書き込んでいく──。

 ガチャン

 ドアを施錠する音が響く──。

 その音に反応して振り返るといつのまにか鈴木が背後に立っていた。思わず立ち上がるとデスクとの間に挟まれる。お尻に机の角が当たるのが分かった。

「これ邪魔……」

 回転椅子を足で横に追いやると鈴木が麻里を閉じ込めるようにデスクに手をつく──不敵な笑みで麻里を見下ろす。
麻里は精一杯体を反らすがこれ以上逃げられない。

 机と鈴木の間に閉じ込められてしまった──。

「何、してるの──」

「いつものことでしょう? 先生」

 唇が触れそうなほどの位置で鈴木が囁く。

「……やめて──」

 顔を背ける麻里の顔を無理やり自分の方へと向けるとそのまま口付ける。鈴木の口付けは初めてではない……こうして保健室にやってきては奪われ続けている。
 力で敵うはずはない。男子高校生はもう大人だ……そう、拙かったはずのこのキスも成長を遂げ麻里を蕩けさせるほど上達している。

「ん……はぁ──」

「先生……好きだ」

 鈴木が離れると愛おしそうな瞳でこちらを見下ろす。毎回こうして鈴木は想いを口にする。

 やめて欲しい。学生時代の恋なんて儚いものに私を巻き込むのは。もう大人になった私は必死でその必死な想いに抗う。

「ダメだって、言っているでしょう?」

「じゃあ、なんで……今、俺の唇ばかり見てるの?」

 鈴木の言葉に一気に顔が赤くなる。物欲しそうな表情をしていたのかもしれない。

 いや、そうじゃない──そんなはずない。私が、こんな子供に欲情なんか……。

「ほら……どう?」

 鈴木が自身の唇で麻里の唇をくすぐる様に左右に往復する……。温かい、柔らかい感覚に麻里は目を閉じた。

 弄ばれている様なその行為に麻里は唇を噛み締めて耐える。

「……もう、大人になると──素直じゃなくなるんだね」

 鈴木はそう言って笑った。そのまま麻里の唇に優しく口付けると、麻里は観念したように鈴木の首の後ろに腕を回した──。
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