100のキスをあなたに

73.旅行

「だから、嫌だってば、無理なの」

「なんでだよ！　せっかくこんなに海が近いのに」

「健太郎と違って日に焼けるのに慣れてないの、熱中症になりやすいの！　明日の動物園も、美味しい海鮮丼の店も行けなくなったらどうすんの！」

　健太郎は拗ねてしまったようでそのまま裕月を残してホテルの部屋を出て行った。

　やってしまった──。

　せっかくの旅行でケンカしてしまった。

　この日のためにバイトを頑張った。
　この日のために下着も新調した。
　多くの犠牲の上でこの旅行が成り立っているのについ、声を荒げてしまった……。

　何やってんだろう……こんなところまで来て。

　裕月はベッドに腰掛けるとベランダの外の青い海を眺めて見た。私は毎年バイト中に熱中症になる。今年の夏も店長が私が倒れやしないかと目を光らせていた事を知っている。
みんなにも心配や迷惑をかけてしまい、申し訳ない。

　医者にも診てもらったが、体質と言われてしまえばどうしようもない。

　旅行、楽しみにしてたのにな……。

　裕月はそのままベッドに横になるといつのまにか眠ってしまった。

　気がつくと日が暮れていたようだ。夕日が隠れグレー色の世界が広がっている。一瞬ここがどこなのか分からなくなる。

　あ、健太郎……。

　すぐに起き上がるとベッドに引き戻された。暗闇で気が付かなかったが隣で健太郎が横になっていた。

「ごめん──」

「……健太郎、一緒に泳げなくてごめんね」

　静かな声で謝る健太郎に泣きそうになる。横向きに眠る健太郎の胸に飛び込む。夏だけど、暑いけど、くっついていたい……。

　健太郎が裕月にそっとキスをした。自然と求め合うように互いの熱と粘膜しか頭に無くなる。それだけしか、もう、考えられない。

「んぁ……や──」

「……嫌じゃないだろ──あ、新しい下着だ。可愛い……」

「バ、バカっ！　ちょっと、晩ご飯前なのに……ああん、待ってってば！」

　一戦交えた後、晩御飯を頂いた。風呂に入ってまた繋がり、ノリノリの健太郎に翻弄された。普段と違う環境が火に油を注ぐ事になったようだ。

　次の日、海鮮丼は食べられたが……予定していた動物園は行けなかった。熱中症にならなかったが、抱かれすぎてぎっくり腰になってしまった。

「あー、ごめん裕月──」

「黙って手を貸して……荷物も持って！　今日一日荷物持ちね」

　来年以降は海だけじゃなくて健太郎にも要注意だ。