100のキスをあなたに

菅井群青

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72.ブランコ

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「うー、飲めないです、もう──」

「おいしっかりしろ!……ったく、こんな日に限ってなんでタクシーが捕まらないんだ!」

 今日は金曜日で多くの会社員たちが酒を飲み交わしているのだろう。


 一時間前──俺はいつものように残業が終えると行きつけの小料理屋へと向かった。一人暮らしの晩御飯ぐらいならここで温かみのあるおかずにビール一杯ぐらいで十分だ。

 いつものカウンターに座り女将のおでんを食べていた。最高の味付けに思わず唸る。

「だから……なんでそんな鬼なのよー!……うー……もう」

 背後から聞こえてきた女の愚痴る声に眉をひそめる。こんな狭い小料理屋で愚痴られれば気になる。

「……ごめんなさいね、もうあの子ったら──」

 女将が厨房から出て、酔った女へと駆け寄る。どうやら親しい仲のようだ。

「芽依ちゃん、もう帰りなさい」

「イヤよ、叔母さんのとこに泊まる。母さんに連絡してくれなきゃイヤ」

 どうやら姪っ子らしい。何を言っても嫌しか言わない。一体どんな女だ?
 好奇心から振り返ってみる。

 ん……んん?

 目を擦りもう一度目を凝らして女を見つめる。

「灰原──?」

 そこには会社の部下の灰原がいた。俺と目が合うと灰原は嬉しそうに微笑んだ。

「あ……部長──」

 女将と目が合うと安堵した表情を見せる。嫌な予感がして俺は半笑いの表情を浮かべた。



 あれから、仕事で忙しい女将に泣きつかれ、おれは灰原を自宅まで送っていくことになった。もちろん無料ではない……。
 一週間晩御飯代が無料だ。この提案は非常に魅惑的で思わず快諾してしまった。ただ、タクシーが捕まらない今となっては後悔しつつある。

 灰原の体は細いが柔らかかった。女性に触れることは久しぶりでつい手のひらに感じる柔らかさに動揺してしまう。

 歩いて大通りまで抜ける道沿いに公園を見つけた。すると灰原が急に覚醒したのかフラフラとした足取りで公園へと歩いていく。ブランコを見つけると嬉しそうに座り、無邪気に漕ぎ出した。バランスを崩して落ちないかと心配したが大丈夫なようだ。

 一体、何をしているのだろうか……。

 俺はブランコの前に置かれた金属製のパイプに腰掛ける。

「部長ぉ、一緒に漕ぎませんかー?」

「いやいい……ってか酔い冷めたか?」

 ちゃんと俺のことが分かっているようだ。ブランコも力強く漕げている。どうやらこのままタクシーさえ捕まれば一人で帰れそうだ。

「──です」

 灰原が急に漕ぐのをやめて俯き動かなくなる。

 吐くか!? 気持ち悪いのか!?

 俺は慌てて灰原に駆け寄る。ブランコに座り俺を見上げる灰原と目線が合った──その瞬間中腰になった俺のネクタイを掴むと真下に引いた。

 な──。

 灰原のピンクの柔らかい唇が俺のものと重なっている。突然感じた女性らしい花の香りと、吸い付くような唇の感触に目を閉じる。

 灰原は気が良くなったのかそのまま立ち上がり俺の胸に手を当て背伸びをしてキスをし続ける……。

 夜の公園でいい大人が何をしているんだろう。でも、そう思っても離れることができない。

「部長……いつも鬼なのに──今日は優しい」

「鬼って──」

 どうやらさっき愚痴っていたのは俺のことだったらしい。俺は仕事に厳しい……だからこの歳で部長まで昇格できた。

「優しい……鬼──」

 そう言って灰原は俺の唇を見つめて物欲しそうに口を少し開ける。そのなんとも言えない色気に俺の手が勝手に動いた。そのまま頰に触れ激しく口付けた。



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