100のキスをあなたに

菅井群青

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58.介抱

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 小さな個室に大人数が集まり全員満面の笑みでグラスを傾けた。

「「お疲れ様ー!」」

 今日は同僚たちとという名の飲み会だ。今日、頑張って作り上げた企画が先方に認められ採用された。まだ、今からが本番なのだがここまでこぎ着けた仲間たちと一献だ。飲まずにはいられない。

「良かったなー、いやぁ、酒が美味い!」

「いやいやいや、後藤さんのおかげだよ」

「いやいやいや、福田さんの語学力がないとここまでたどり着けなかったです」

 私の横に座る先輩の福田さんは相当嬉しいようでいつもよりもピッチが早い。周りを見ると頼んだ料理が到着する前に二杯目に突入している。皆、同じ気持ちらしい。ぐいぐい飲みたい気分だ。

「さ、後藤さんも──」

「あ、すみません、いただきます」

 私は福田さんの手に握られたピッチャーからビールを頂くとゴクゴクとそれを飲み干した。私の飲みっぷりに福田さんは目を剥く。

「お、いけるクチだね!」

 そこから企画の苦労話に花が咲いた。個室は笑顔が溢れ最高の気分だった。


 ん?

 気がつくと眠っていたらしい。
 うっすら目を開けると個室には私と福田さんしかいない。よく見ると座敷の入り口に皆がいる。

「う……ヒクっ、じゃ、美沙の事頼んだからねー」
「お疲れ様ー」
「あぁ……飲みすぎた」
「おーい、電車組行くぞー、あれ? 駅どっちだっけ?」

 皆随分と酔っ払っている。仲の良い萌が福田さんに私の事を託したらしい。

 ちょっと待って、私も一緒に行く……行くってば……。

 体が動かない。ぼんやりとした視界に美沙は再び瞳を閉じる。

「さてと、おーい、後藤さん……大丈夫? 店出るよ」

「…………」

 声が出ない。すみません、体が重くて……。
調子に乗って飲んでしまってすみません。

「しょうがないな、よいしょ」

 福田が美沙の体を持ち上げて肩を組む。

「あ……」

 ようやく声が出た。ぼんやりと福田の顔を見つめる。一瞬福田が真顔になる。

「あー、もう、なんでこんなに酔ってんだよ……」

「……みませ……」

 上手く言葉が出てこないが、福田には伝わったようだ。

「いいよ、大丈夫……その……怒ってないから」

 福田は店を出るとタクシーを捕まえに大通りに出た。美沙を花壇沿いにあるベンチに座らせると通り過ぎていく車を見つめている。タクシーが通りがかるのを待っているのだろう。

「ちょっと待ってて」

 美沙を置いて道路沿いに向かって福田が歩き出すと美沙はスーツの裾を掴む。

「え? あ、ちょっと……」

「福田……ん、置いてか……いで」

 福田の顔が困ったように歪む。頭を掻き、萌の横に座る。

「なんなんだ……もう、いつもきっちりしてるくせに飲めば甘えん坊って、どんな小悪魔だよ……」

 美沙はぼんやりと福田を見つめる。福田はこちらを見ると固まった。

 二人だけが時が止まったように動かない。福田の瞳が揺れて美沙の瞳や唇に視線を動かす。

 福田がバランスを崩しそうな美沙の肩に手を回す。美沙はそのまま福田の肩に頭を置くと瞳を閉じ眠ってしまった。

 美沙が眠った事を確認すると福田は溜息をつく。
 
 福田は美沙の事が好きだった。そのことに気づいていた萌に介抱を押し付けられたのだが、当の美沙がこの状態じゃ手も出せれない、告白もできない……。

 生殺しか──。でも、可愛かったな……。

 美沙の頭を撫でてやると瞼が動いた。ぼうっとした瞳で福田を見つめるとニコッと微笑んだ。

 チュッ

 福田の頰にキスをすると美沙は蕩けた目で真っ赤になる福田の頰を撫でる。

「おやすみ……コロ」

 再び気持ちよく眠り出した美沙を見て福田は天を仰ぐ。

「あーもう、コロじゃねぇよ!全く……もう知らないからな!」

 福田は眠る美沙の唇にキスをした。

 あくる朝、福田のベッドの上で目覚めた美沙は真っ青になりながら福田に土下座をした。もちろん福田はキス以上のことはしていない。

 二人が結ばれるのはもう少し後のことだ。
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