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48.タクシー
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懐石料理の会食は滞りなく終了した。
先方が大の日本酒好きということもあり、今晩は社長も随分と飲まれたようだ。
タクシーが到着してすぐさま社長が乗り込んだ。あとはいつものように頭を下げてタクシーが出発するのを待つだけだ。
ドアが閉まる音が聞こえてふと顔を上げるとそこには社長の姿があった。目の前にいるはずのない人物が私を静かに見下ろしていた。
「社長……あの……」
「カバンはどこだ」
「あ、そこの店の待合に──え? 社長!?」
社長は店に入ると私の安物のカバンを手にタクシーへと戻る。
「乗れ」
有無を言わさない空気に私は黙って従うしかなかった。
随分と飲んでいると思ってはいたが、まさか酒が入るとこんなにも破茶滅茶な事をするとは夢にも思わなかった。いつもは笑顔で「お疲れ様」と車に乗り込むのに……。
タクシーの後部座席に乗り込むと社長は私がいる方とは逆にカバンを置く……まさに人質だ。あれがなければお金もない、アパートの鍵もない……どうしようもない。
私は溜息をつくと隣の社長がほくそ笑む。
「今晩の君は随分と正直な反応だな。いつもいい社員を演じているのに」
「ありがとうございます……さすがにいい社員も社長の横暴には参ってしまいますよ」
私は口調を敢えて明るく答えるとなぜか社長は嬉しそうだ。憎たらしい社員なのに何を笑うことがあるのか。
「君は、可愛い。そうしているほうが、可愛いよ」
私とそんなに年齢は変わらないはずだが、やけに落ち着いた物の言い方をする。子供になったようで恥ずかしくなる。
「揶揄わないでください……私、大人なんですから」
「大人だと思っているよ?……ほら」
社長が距離を詰めると私の首の後ろに手を回しねっとりとキスをした。目も閉じられない……ただ、目の前の社長の男らしい唇や顎のラインが見えた。
カッと顔に熱が集まる。心臓の音もうるさい。それよりも、ここはタクシーだ……人前でこんなことするなんて……社長らしくない。
「しゃ……」
私は胸を押して社長の抱擁から逃れる。私の顔を見た社長は嬉しそうで、楽しそうで……そして、欲望にまみれた瞳をしている。
私の真っ赤に濡れているであろう唇や、首筋、胸に視線が動くのが分かった。
欲情している……私に──。
「カバン、ないと困るでしょ」
タクシーが目的地のマンションへ到着する。都内の高級マンションだ。眩い光が一階のエントランスを照らしている。
「さ、おいで……」
社長は支払いを済ますと甘い声と共に私へと手を伸ばす。
私は黙ってその手を取った……。
ずっと触れたいと思っていたこの手は、想像よりも男らしかった。
「はは、やはり今日は正直だな」
そう言って社長は笑った。
先方が大の日本酒好きということもあり、今晩は社長も随分と飲まれたようだ。
タクシーが到着してすぐさま社長が乗り込んだ。あとはいつものように頭を下げてタクシーが出発するのを待つだけだ。
ドアが閉まる音が聞こえてふと顔を上げるとそこには社長の姿があった。目の前にいるはずのない人物が私を静かに見下ろしていた。
「社長……あの……」
「カバンはどこだ」
「あ、そこの店の待合に──え? 社長!?」
社長は店に入ると私の安物のカバンを手にタクシーへと戻る。
「乗れ」
有無を言わさない空気に私は黙って従うしかなかった。
随分と飲んでいると思ってはいたが、まさか酒が入るとこんなにも破茶滅茶な事をするとは夢にも思わなかった。いつもは笑顔で「お疲れ様」と車に乗り込むのに……。
タクシーの後部座席に乗り込むと社長は私がいる方とは逆にカバンを置く……まさに人質だ。あれがなければお金もない、アパートの鍵もない……どうしようもない。
私は溜息をつくと隣の社長がほくそ笑む。
「今晩の君は随分と正直な反応だな。いつもいい社員を演じているのに」
「ありがとうございます……さすがにいい社員も社長の横暴には参ってしまいますよ」
私は口調を敢えて明るく答えるとなぜか社長は嬉しそうだ。憎たらしい社員なのに何を笑うことがあるのか。
「君は、可愛い。そうしているほうが、可愛いよ」
私とそんなに年齢は変わらないはずだが、やけに落ち着いた物の言い方をする。子供になったようで恥ずかしくなる。
「揶揄わないでください……私、大人なんですから」
「大人だと思っているよ?……ほら」
社長が距離を詰めると私の首の後ろに手を回しねっとりとキスをした。目も閉じられない……ただ、目の前の社長の男らしい唇や顎のラインが見えた。
カッと顔に熱が集まる。心臓の音もうるさい。それよりも、ここはタクシーだ……人前でこんなことするなんて……社長らしくない。
「しゃ……」
私は胸を押して社長の抱擁から逃れる。私の顔を見た社長は嬉しそうで、楽しそうで……そして、欲望にまみれた瞳をしている。
私の真っ赤に濡れているであろう唇や、首筋、胸に視線が動くのが分かった。
欲情している……私に──。
「カバン、ないと困るでしょ」
タクシーが目的地のマンションへ到着する。都内の高級マンションだ。眩い光が一階のエントランスを照らしている。
「さ、おいで……」
社長は支払いを済ますと甘い声と共に私へと手を伸ばす。
私は黙ってその手を取った……。
ずっと触れたいと思っていたこの手は、想像よりも男らしかった。
「はは、やはり今日は正直だな」
そう言って社長は笑った。
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