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27.コーヒー
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本日、低気圧が日本列島に掛かり私のイライラはピークだ。こんな日に残業なのもより拍車をかける。
私は酷い偏頭痛持ちだ。何年か前に交通事故で後ろから追突されてからというもの低気圧が来ると頭が痛くて仕事どころではない。特にデスクワークが主のこの仕事内容では肩こりも混ざり、まさに最悪のコンディションだ。いつものように給湯室に向かう。
ここでドリップのコーヒーの香りを嗅いでいる間は頭痛から解放される気がする。給湯室のドアが開き上司である切東係長がやってきた。五歳上のようだがいつも難しい顔をしているので一回りは年上に見える。
「お疲れ様です……」
「あぁ、木谷さんか……お疲れ様」
係長がインスタントのコーヒーに手をかけるとため息をつく。どことなく疲労だけじゃない何かが見える。
「係長、もしかして……偏頭痛ですか?」
「……なぜわかる」
まるで霊能力者に会ったかのような目でこちらを見る。意外に表情が豊かで驚く。
「コーヒーの香りを嗅ぐとマシになったりしませんか? 私そうなんですけど……よかったら、ドリップ入れましょうか?」
「あ、いいのか?……仕事を増やしてすまない」
係長はいつも仏頂面だが謝る時、褒める時にきちんと言葉にする。そういうところを私は素敵だと思っていた。
カップにセットし湯を垂らすと給湯室にコーヒーのいい香りが広がった。いつもより濃いコーヒーの香りに思わず深呼吸する。
「内緒ですよ」
私はシンクの下の桐の箱からお得意様来客用のお菓子を二個取り出し係長に手渡した。
係長は一瞬動きを止めたがクスッと笑い封を開けた。
「共犯にさせられるとはな……」
「これで運命共同体ですね」
コーヒーを口に含むと偏頭痛が和らいでいくのを感じた。隣で香りを楽しむ係長の表情も優しくなったようだ。
「一日に五杯も飲んで胃が悪くならないか?」
「……なんで五杯までで我慢してるって知ってるんです?」
私の中だけで五杯までと決めている。社内の誰にも話した事はない。私の言葉に係長はまた表情が豊かになる。
一気に耳まで赤らめ、しまったっていう顔をしている。
あれぇ? なんか可愛い反応だけど……あれ?
「もしかして、私の事見てるんですか?」
「いや、それは──」
係長に冗談交じりに言ってみると係長はより真っ赤な顔をしたが言葉の続きは言えなかったようだ。どんどんドツボにはまっていると気づいたのだろう。
「……わかりやすいですね……」
「うるさいな」
係長は菓子を口に放り込むとコーヒーで流し込む。一刻も早くここを立ち去りたいと思っているのだろう。こんなにも表情に出る人だったのかと新たな発見で嬉しい。
「係長……」
「なんだ──」
私は振り向いた係長の唇にキスをする。自分のものか係長のものかわからないコーヒーの香りがする。
「ななんななな!」
焦る係長に微笑みかける。唇に指を当てて悪そうな笑みを浮かべることも忘れない。
「コーヒーの香りのするキスをしたから 、偏頭痛治ったんじゃないですかね?」
「バカ言え……余計頭に響く」
係長がこめかみに手を当て片目を薄める。
「それはきっと──」
キスが、足りないんじゃ?
私の声に係長が給湯室のドアにもたれかかると私の腕を引いた。給湯室のドアはしばらく開くことはなかった。
私は酷い偏頭痛持ちだ。何年か前に交通事故で後ろから追突されてからというもの低気圧が来ると頭が痛くて仕事どころではない。特にデスクワークが主のこの仕事内容では肩こりも混ざり、まさに最悪のコンディションだ。いつものように給湯室に向かう。
ここでドリップのコーヒーの香りを嗅いでいる間は頭痛から解放される気がする。給湯室のドアが開き上司である切東係長がやってきた。五歳上のようだがいつも難しい顔をしているので一回りは年上に見える。
「お疲れ様です……」
「あぁ、木谷さんか……お疲れ様」
係長がインスタントのコーヒーに手をかけるとため息をつく。どことなく疲労だけじゃない何かが見える。
「係長、もしかして……偏頭痛ですか?」
「……なぜわかる」
まるで霊能力者に会ったかのような目でこちらを見る。意外に表情が豊かで驚く。
「コーヒーの香りを嗅ぐとマシになったりしませんか? 私そうなんですけど……よかったら、ドリップ入れましょうか?」
「あ、いいのか?……仕事を増やしてすまない」
係長はいつも仏頂面だが謝る時、褒める時にきちんと言葉にする。そういうところを私は素敵だと思っていた。
カップにセットし湯を垂らすと給湯室にコーヒーのいい香りが広がった。いつもより濃いコーヒーの香りに思わず深呼吸する。
「内緒ですよ」
私はシンクの下の桐の箱からお得意様来客用のお菓子を二個取り出し係長に手渡した。
係長は一瞬動きを止めたがクスッと笑い封を開けた。
「共犯にさせられるとはな……」
「これで運命共同体ですね」
コーヒーを口に含むと偏頭痛が和らいでいくのを感じた。隣で香りを楽しむ係長の表情も優しくなったようだ。
「一日に五杯も飲んで胃が悪くならないか?」
「……なんで五杯までで我慢してるって知ってるんです?」
私の中だけで五杯までと決めている。社内の誰にも話した事はない。私の言葉に係長はまた表情が豊かになる。
一気に耳まで赤らめ、しまったっていう顔をしている。
あれぇ? なんか可愛い反応だけど……あれ?
「もしかして、私の事見てるんですか?」
「いや、それは──」
係長に冗談交じりに言ってみると係長はより真っ赤な顔をしたが言葉の続きは言えなかったようだ。どんどんドツボにはまっていると気づいたのだろう。
「……わかりやすいですね……」
「うるさいな」
係長は菓子を口に放り込むとコーヒーで流し込む。一刻も早くここを立ち去りたいと思っているのだろう。こんなにも表情に出る人だったのかと新たな発見で嬉しい。
「係長……」
「なんだ──」
私は振り向いた係長の唇にキスをする。自分のものか係長のものかわからないコーヒーの香りがする。
「ななんななな!」
焦る係長に微笑みかける。唇に指を当てて悪そうな笑みを浮かべることも忘れない。
「コーヒーの香りのするキスをしたから 、偏頭痛治ったんじゃないですかね?」
「バカ言え……余計頭に響く」
係長がこめかみに手を当て片目を薄める。
「それはきっと──」
キスが、足りないんじゃ?
私の声に係長が給湯室のドアにもたれかかると私の腕を引いた。給湯室のドアはしばらく開くことはなかった。
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