100のキスをあなたに

菅井群青

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18.バレンタインデー

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 今日の私はきっとおかしいと思う。動きがやたら慎重だ。肩の高さを変えることなく歩き続けている。まるでロボットのようだ。さっき通り過ぎたおばさんと一瞬目があった気がするが気づかないふりをしよう。

 ドン!

「うーっす、おはよ」

「わぁ! 何すんのよ!」

 後ろからの衝撃に思わず大声を出すとキョトンとした表情でこちらを見下ろす誠と目が合った。

 しまった、つい……。

「いや、ちょっと驚いただけ……ははは」

 誠はこうして背中にぶつかるのが定番の挨拶だ。私の様子がおかしいので誠は私の額に手を当てて熱がないかを確かめる。誠の手の温もりに内心焦る。

「やっちゃん、大丈夫? ちょっと熱あるかもね……」

「ははは……そう?」

 顔を背けると私は歩き出した。あんたのせいだとは言えない。その後ろをとぼとぼと歩く誠は拗ねた子供みたいで可愛い。

 今、私の通学カバンには大切なものが入っている。そして今日は多くの女子が持っているものだ。

 今日はバレンタインデーなのだから。

 私も今日は手作りのチョコがカバンの底に入っている。失敗してやわやわで歩くのも気を使う。そもそも手作りチョコなど作ったことがない。

 毎年誠に小さいチョコを投げるように渡すのだが今年は頑張ってみた。誠に……好きな気持ちを伝えるためだ。

 去年ぐらいから誠は一気に身長が伸びた。
 私より少し上ぐらいだったのに今では頭一個半はちがう。可愛い感じだったのが一気に体つきも男らしくなり周りの女の子たちが放っておかなくなった。 今年はきっとチョコの山が誠の元に届くことだろう。

 そっとカバンの中に手を突っ込んだ。袋を確認すると心がドンドンと騒がしくなる。

 さぁ、渡せ。今しかない。渡して好きだって早く言わないと他の誰かに先に渡されちゃう──。

「おはよう、高橋くん……」

 振り返ると隣のクラスの女子が誠に声をかけてきた。その手にはかわいいピンクの紙袋がある。それを手渡されると誠が顔を赤らめ頭を掻いている。
 それをぼうっとみていると女の子が私の存在が気になるのかちらちらとこちらを見る。邪魔なんですけどと目で訴えられてそこで二人を凝視していたことに気付く。

「ごめんなさい、誠、先行くから」

 さっと目を逸らすと歩き始めた。もう怖くて誠の表情なんて見てられない。きっとあの女の子は告白をしようとしたんだろう。

 ほら、早くしないから。
 のんびりとしてるからだ。

 曲がり角を曲がると一気に心臓の鼓動と同じように歩く速さも比例していく。泣きそうになるが外だと思うと涙が引っ込んでくれた。

「……え?」

 急にカバンが重くなる。振り返ると誠が私に追いついてカバンを掴んでいる。その顔はさっきと同じ赤いままだ。

「……何してんの? え? ってかさっきの子──」

 誠の手には何も持っていない。それに女の子の姿もない。告白をしたにしても早すぎるだろう。

「なんで置いてくの?」

「いや、告白中に私がいたらおかしいでしょ……されたんじゃないの? 告白」

 私の声に誠は瞬きを繰り返す。図星の時の悪い癖だ。図体ばかり大きくなっても癖はそう簡単には変わらない。

「俺、やっちゃんのチョコがいいから……あの子のは貰わなかったよ」

 何を言っているのかわからない。言葉自体は理解できる。脳が追いついていかないだけだ。

「だから、その、チョコ……ください」

 真っ赤な顔して言う誠が昔一緒にかくれんぼをした幼い誠の顔と重なる。

 やっちゃんと一緒に隠れたい……好きだから。

 私はカバンの中にあるチョコを手渡した。形の崩れたチョコを見て誠は嬉しそうに笑った。そのチョコを受け取らずになぜか誠は私の額にキスをした。
 数秒間触れられたキスは熱くて、一気に頭痛がしてくる。ゆでダコになった私の顔を確認すると満足そうに頭を撫でた。

 手に持っていたはずの崩れたチョコはいつのまにか誠の手の中にあった。

「誠……女の子が好きな男の子に告白する日だよ、今日は──」

「あー、女の子のための日を横取りしちゃったな……」

 誠はそう言って恥ずかしそうに笑った。

「──あ。やべ」

 突然腕時計を確認した誠は慌てて私の手を取り走り始めた。いそがなきゃ授業が始まってしまう。誠の手は温かくて心地よかった。
真面目な私が初めて遅刻してもいいとさえ思った。




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