100のキスをあなたに

9.肝試し

　私が参加しているソフトテニスのサークルでは伝統行事がある。それは──肝試しだ。

　いつから始まったのかはわからないが大学の山手には少し小高い丘がありその頂上に祠がある。そこまで行って碁石を置き、帰ってくるというものだ。なんとも子供騙しのようだが、それが伝統というものだ。

　今年のサークルの新入生が多いため今年は二人一組で行く事になった。くじ引きをひいてメンバーを決める。

「十三……」

「あ、俺だ」

　すぐに一人の先輩が手を挙げる。そばにいた友人の頭を叩き前へと出てくる。

「みっちゃん、よろしくな」

「……よろしくお願いします」

　私はこの山田先輩が苦手だ。お調子者だし、いつも適当だし遊んでそうであまりいい印象がない。だが、決まったものは仕方ない。私たちの番になりゆっくりと歩き出す。小高い丘と言っても十分山登りに近い傾斜を登る。

「みっちゃん大丈夫？　手を握ってあげようか？」

「いや、大丈夫です」

　私の即答に先輩は面白そうに笑う。 しばらくすると祠が見えてきた。意外に近い事に拍子抜けしたが急いで碁石を置く。

　できた……さぁ、帰ろう。

　踵を返して歩き出した私の手を先輩が握る。蒸し暑い夏の夜、先輩の手は熱く汗で濡れていた。

「みっちゃんさ、俺のこと嫌い？」

「……はい？」

　突然何を言い出すのだろう。好きでもないし、嫌いでもない。ただ苦手だというだけだ。

「俺、あんまりサークル来れないんだけど、みっちゃんに会いたかったんだ。バイトがね、ほら、稼がないといけないから」

　先輩はひとり親家庭らしい。年頃の弟さんもいて生活費のためにバイトを結構していると言った。日に焼けてチャラチャラしているのは海の家でバイトをしていたからだと知る。

　知らなかった。サークルに参加もせず遊びまわっている人なのだと思っていた。見た目で判断して、色眼鏡で人を見ていた事が恥ずかしい。

「みっちゃんと話すために、友達の十三……横取りしちゃった」

　先輩の手には五と書かれた紙切れがあった。証拠を消すように先輩はその髪を小さく丸めて捨てた。

「あのね、俺好きなの、君のこと」

　先輩の言葉にさっきまで正常だった心臓が壊れたように暴れ出した。もう壊れてしまった。だって先輩のことを真っ赤な顔して見つめることしかできない。

　先輩はゆっくりと私の手を取ると親指で顎のラインをそっとなぞる。ゆっくりと顔が近づき、そして互いの瞼が落ちていき私たちはキスをした。触れるだけの優しいキス……。

　そのまま手を繋いだまま先輩は歩き出す。

「次来ちゃうし、帰ろっか……」  

「はい……」

　私も先輩の手を握り返した。祠の狐がきっと私たちのことを笑っているに違いない。