100のキスをあなたに

菅井群青

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7.大学のベンチ

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 大学の裏庭には大きなモチノキがある。
 校舎の四階付近までの高さがあるだろうこの木の下には一つベンチが置いてある。誰が置いたか分からないこのベンチの側に私の研究室がある。

 このベンチはいつのまにか私の定位置になった。ゼミの人間や親しいものは部屋に私がいなければこのベンチでサボっていると思っているに違いない。大抵は間違ってはいない。

 長白衣のままベンチに横になり空を見上げる。この時間帯はすっかり日陰になり葉と葉の間からチラチラと見える眩しい太陽と、心地よい風が気持ちがいい。さぁっと風が抜けると意識がどんどん遠のいていくのがわかる。微睡むこの瞬間が至福だ。
 キィっというドアが開く音が聞こえ足音が少しずつ近付いてくる。

──来たか。

「先生──」

 彼女はわたしの研究室の生徒の一人だ。いつも真面目で、必要な時しか私へ話しかけることもしない。近付きもしない……例外はあるが──。

 彼女はベンチまで来ると眠っている私の髪に触れる。風が触れるようなやさしい手つきで。いつものように腰を屈めると私の唇にそっと口づけをする。触れるだけのやさしいキスだ。別に私は驚いてもいない。これが初めてではないからだ。

 最初は微睡んでいて一瞬のことだっだし勘違いだったのだと思った。次に去って行く足音が耳に入り、誰かが私にキスをしたと分かった。そこから彼女だと気づくのに時間はかからなかった。
 言ってしまえば、目覚めてしまえば、きっと彼女は私のことを避け視界にも入らないようにいなくなってしまうことは容易に想像できた。だから私は気づかないふりをして彼女が研究室のドアを閉めるまで決して動かない。

 キィ──バタン……。

 ドアの閉める音がして私はゆっくりと体を起こすと唇に触れた。ふうっと溜め息をついてもう一度横になろうとした──。

 研究室のドアの前に彼女が立っていた。

 じっと私を見つめたままドアノブを握っている。その瞳は確信めいていた。どれぐらい見つめ合ったままだっただろうか、彼女がようやく口を開いた。

「起きて、たんですよね、ずっと……」

「……あぁ、そうだ」

 私はゆっくりとベンチから立ち上がると研究室に向かって歩き出した。

「なぜ、言ってくれなかったんです? でなきゃ──」

「言えば、君は逃げるだろう?」

 私は彼女の目の前に立つ。彼女が口を結びじっと耐えているようだ。頰が紅潮しながらも私のことを見上げる。

「捕まえた……」

 私は彼女の頰を掴みやさしいキスをした。

 彼女はおずおずと私の長白衣を掴んで背伸びをする。真面目な彼女らしい気遣いに思わず笑ってしまった。
 裏庭のベンチは私だけの特等席ではなくなったようだ。
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