100のキスをあなたに

菅井群青

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「グスッ……ふぇーんッ」

「もう少し静かにできんか?」

 なんとも気の抜けた声を出して泣いているのは腐れ縁の智花ともかだ。
 先程急に呼び出されてこのバーにやってきたが、さっきからバーカウンターに突っ伏して泣いているので通りすがりの人に別れ話をしていると思われてしまったようだ。視線が痛すぎる。完全に俺は悪者だ。

 智花は泣き虫だ。
 昔からよく泣かされて帰ってきていた。大人になってもそれは変わらない。今日も好きな男が結婚するとかなんとか言っている。まったく学習能力がないやつだ。

「洋ちゃん、ごめんね……ひーん」

 いや、謝るか泣くかどっちかにしろ。

 遠巻きの女どもがコソコソとこちらを見てじとっとした視線を送ってきている。この構図は別れを切り出した男とそれを渋り泣く女だ。

「やぁね、泣かして……」

「ひどい男ね」

 最悪だ。俺は被害者だ。泣きたくなったのはこっちだ。

 斯くなる上は……仕方がない。智花を泣き止ませるにはこれしかない。

「おい、智花……」

「ふぁい……ん」

 俺は隣に座る智花の唇に軽く口付けた。涙で濡れた唇はまだまだしょっぱかった。一瞬驚きの表情を浮かべるが効果はあった、涙は止まったらしい。

「洋ちゃん、今の……」

「キスだ、泣き止んだか。昔泣いて帰ってきた時にやってやったろ?」

 いや、違う。厳密に言うと……頬にだ。
 こんなチャンスを俺が逃すはずはない。昔から俺は泣き顔の智花を見るとキスをしたくなる。慰めて俺以外見えなくしてやりたくなる。今回も成功したようだ。

「さ、帰るぞ」
「えっ!! ちょっと待って──」

 足早に去る俺の後ろを真っ赤な顔をした智花が慌てて追う。二人が恋人になるのはもう少し後のお話。
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