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30.恋には勢いだって大事だ
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「ごめん、洋ちゃんの事好きだけど……将来のこと考えられないんだ、ごめん……」
三ヶ月付き合った彼女がそう言って俺を残してバーから去っていく。俺たちの前でグラスを磨いていたヒゲを生やしたバーテンダーは気まずそうに裏へと下がった。
「三ヶ月で、将来の何がわかるんだよ、占い師か……」
彼女の最後の言葉を思い出し一人愚痴る。
う、情けない……。泣きそうだ、男だけど。
それなりに一生懸命仕事もしている。さっきの彼女に出会った時も一緒にいて面白いと言ってくれていた。面白いのと社会的な安定が一緒な男ってそんなにいないと思う。そのうちの半分持っている俺じゃダメだったのか。
バーに突っ伏していると隣のカウンターの席に女が座った。黒髪のボブで横顔がキリッとしている。着ている黒のスーツからして、明らかに私できる女なんですって感じだ。
うー、怖い……。俺はムリムリ……気の強い女って俺みたいな人間を目の敵にしてストレス発散するんだよな。
俺は目の前のウイスキーを一口含むと席を立った。女が俺の方を見た。ほぼ、同じタイミングで女の左目から一筋涙が落ちたのが見えた。
俺は動けなくなった。
顔がタイプとかじゃない。
泣いているからとかじゃない。
女の泣き顔に弱くもない。
女はそのまま顔を逸らしグラスを両手で握り直した。
「カラオケ、好き?」
俺はなぜかその女に向かって声を掛けた。よりによって意味の分からない事を言いながら。女は瞳を大きく開きこちらを見る。どうやらもう涙は止まったようだ。俺の質問のせいかもしれない。
「……は? ここ、バーだけど?」
「分かってるよ、好きなの? どうなの?」
「キライだけど……」
「よかった、んじゃ、俺だけが歌えるな。付き合って」
「え!?──ちょ、ちょっと!」
半ば無理やりバーから連れ出しカラオケボックスへと連れて行った。名前も知らない者同士なのになんでこんな事をしているのだろうか……。俺すらも分からない。
ただ、ほっとけなかった……それだけ。
一曲目……これだな。
ピピピ
通信音が聞こえた。
画面に曲名が表示されるとその女は声を出して笑った。
「懐かしいわね……ちょっと待って、その時代を攻めようか」
女はノリノリで次の曲を入れた。実はカラオケが嫌いじゃなかったらしい。三十分後には俺たちは靴を脱ぎソファーの上で飛び跳ねながら叫んでいた。二人とも笑いすぎて苦しくてきちんと歌えてもいない。いい大人が何をしているんだろうか。
一通り歌い切ると女は息を整えながら気持ちよさように背伸びをした。
「あー……最高! あなた、面白い人ね」
「それはよく言われるー、経済的、社会的にはイマイチって言われて今日フラれたけどね」
「は? 嘘……」
「本当……しょうがないね……こればっかりは」
洋介は諦めたように笑った。まじめにこつこつ……それしかできない。過去を後悔したって仕方がない……勉強しなかったツケが回ってきたらしいが、それも俺の人生だ。
「男に経済的なんて必要ないわよ。一緒にいて楽しければいいじゃない?」
女の言葉に耳を疑う。
女は男に経済力を求める生き物だろう。なのにこの女はそんなことを一蹴した。
「私が稼ぐから。そんなもの要らない」
なんと、まぁ、カッコいい。そんなことを言う女は見たことがない。本当に稼ぐかどうかは知らないが、とにかくこのハンサムな女に惚れた。
もう、惚れた!
「好きだ」
「何が? カラオケが?」
「アンタが好きだ、惚れちゃった」
「酔って──はないのね。冗談よして。私たち名前も知らないのよ、何も知らないのよ?」
洋介は女に近づくとその手を取る。
「仕事も、通帳の残金も、国籍も、名前も、過去もぜーんぶどうだっていい。仕事を頑張るアンタがカッコイイ……付き合って」
「本気?」
「彼氏や好きな人がいようがどうでもいい。何も知らないけど、それでもアンタが好きだからしょうがない。もし彼氏がいるのなら待つ」
「フラれた日にそれ言う? やけになってるの? 告白するなんて本気だと──」
「──ない」
「ん?」
洋介は真っ赤になる。二度も言いたくない。
「告白……したこと、ない。アンタが初めてだ」
洋介はその見た目と調子の良さから大抵向こうから近づいてきて付き合うパターンだった。告白なんてしたことがない。よくよく考えれば片思いをして付き合ったこともないかもしれない。片思いは保育園の頃の先生だけだ。
「……名前は?」
「遠藤、洋介」
「ふーん、洋介、付き合おうか」
「まじ!? イイの!? うそー、どうしよー、イイの!?」
洋介が犬だったら尻尾がブンブン弧を描いていただろう。体全体から喜びが溢れ出していた。それを見て弘子は笑った。
後日突然弘子から彼氏ができたと聞かされた涼香は最初冗談かと思った。弘子から馴れ初めを聞いて涼香は笑った。
「変な人ね、何よそれ……初対面の人にカラオケって……しかも最後に告白?」
「ふふ、その告白を受け入れた私も変ね」
弘子は満足そうに微笑む。その表情は本当に彼との時間が楽しかったことが分かる。
出会った日に付き合うなんておかしいと思ったけど、弘子の顔を見て涼香はつられて笑う。
「出会いは、縁だからね……よかったね」
弘子は満足そうに微笑んだ。
三ヶ月付き合った彼女がそう言って俺を残してバーから去っていく。俺たちの前でグラスを磨いていたヒゲを生やしたバーテンダーは気まずそうに裏へと下がった。
「三ヶ月で、将来の何がわかるんだよ、占い師か……」
彼女の最後の言葉を思い出し一人愚痴る。
う、情けない……。泣きそうだ、男だけど。
それなりに一生懸命仕事もしている。さっきの彼女に出会った時も一緒にいて面白いと言ってくれていた。面白いのと社会的な安定が一緒な男ってそんなにいないと思う。そのうちの半分持っている俺じゃダメだったのか。
バーに突っ伏していると隣のカウンターの席に女が座った。黒髪のボブで横顔がキリッとしている。着ている黒のスーツからして、明らかに私できる女なんですって感じだ。
うー、怖い……。俺はムリムリ……気の強い女って俺みたいな人間を目の敵にしてストレス発散するんだよな。
俺は目の前のウイスキーを一口含むと席を立った。女が俺の方を見た。ほぼ、同じタイミングで女の左目から一筋涙が落ちたのが見えた。
俺は動けなくなった。
顔がタイプとかじゃない。
泣いているからとかじゃない。
女の泣き顔に弱くもない。
女はそのまま顔を逸らしグラスを両手で握り直した。
「カラオケ、好き?」
俺はなぜかその女に向かって声を掛けた。よりによって意味の分からない事を言いながら。女は瞳を大きく開きこちらを見る。どうやらもう涙は止まったようだ。俺の質問のせいかもしれない。
「……は? ここ、バーだけど?」
「分かってるよ、好きなの? どうなの?」
「キライだけど……」
「よかった、んじゃ、俺だけが歌えるな。付き合って」
「え!?──ちょ、ちょっと!」
半ば無理やりバーから連れ出しカラオケボックスへと連れて行った。名前も知らない者同士なのになんでこんな事をしているのだろうか……。俺すらも分からない。
ただ、ほっとけなかった……それだけ。
一曲目……これだな。
ピピピ
通信音が聞こえた。
画面に曲名が表示されるとその女は声を出して笑った。
「懐かしいわね……ちょっと待って、その時代を攻めようか」
女はノリノリで次の曲を入れた。実はカラオケが嫌いじゃなかったらしい。三十分後には俺たちは靴を脱ぎソファーの上で飛び跳ねながら叫んでいた。二人とも笑いすぎて苦しくてきちんと歌えてもいない。いい大人が何をしているんだろうか。
一通り歌い切ると女は息を整えながら気持ちよさように背伸びをした。
「あー……最高! あなた、面白い人ね」
「それはよく言われるー、経済的、社会的にはイマイチって言われて今日フラれたけどね」
「は? 嘘……」
「本当……しょうがないね……こればっかりは」
洋介は諦めたように笑った。まじめにこつこつ……それしかできない。過去を後悔したって仕方がない……勉強しなかったツケが回ってきたらしいが、それも俺の人生だ。
「男に経済的なんて必要ないわよ。一緒にいて楽しければいいじゃない?」
女の言葉に耳を疑う。
女は男に経済力を求める生き物だろう。なのにこの女はそんなことを一蹴した。
「私が稼ぐから。そんなもの要らない」
なんと、まぁ、カッコいい。そんなことを言う女は見たことがない。本当に稼ぐかどうかは知らないが、とにかくこのハンサムな女に惚れた。
もう、惚れた!
「好きだ」
「何が? カラオケが?」
「アンタが好きだ、惚れちゃった」
「酔って──はないのね。冗談よして。私たち名前も知らないのよ、何も知らないのよ?」
洋介は女に近づくとその手を取る。
「仕事も、通帳の残金も、国籍も、名前も、過去もぜーんぶどうだっていい。仕事を頑張るアンタがカッコイイ……付き合って」
「本気?」
「彼氏や好きな人がいようがどうでもいい。何も知らないけど、それでもアンタが好きだからしょうがない。もし彼氏がいるのなら待つ」
「フラれた日にそれ言う? やけになってるの? 告白するなんて本気だと──」
「──ない」
「ん?」
洋介は真っ赤になる。二度も言いたくない。
「告白……したこと、ない。アンタが初めてだ」
洋介はその見た目と調子の良さから大抵向こうから近づいてきて付き合うパターンだった。告白なんてしたことがない。よくよく考えれば片思いをして付き合ったこともないかもしれない。片思いは保育園の頃の先生だけだ。
「……名前は?」
「遠藤、洋介」
「ふーん、洋介、付き合おうか」
「まじ!? イイの!? うそー、どうしよー、イイの!?」
洋介が犬だったら尻尾がブンブン弧を描いていただろう。体全体から喜びが溢れ出していた。それを見て弘子は笑った。
後日突然弘子から彼氏ができたと聞かされた涼香は最初冗談かと思った。弘子から馴れ初めを聞いて涼香は笑った。
「変な人ね、何よそれ……初対面の人にカラオケって……しかも最後に告白?」
「ふふ、その告白を受け入れた私も変ね」
弘子は満足そうに微笑む。その表情は本当に彼との時間が楽しかったことが分かる。
出会った日に付き合うなんておかしいと思ったけど、弘子の顔を見て涼香はつられて笑う。
「出会いは、縁だからね……よかったね」
弘子は満足そうに微笑んだ。
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