忘れられたら苦労しない

菅井群青

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32.愛を

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 昨晩、やはり傘一本では豪雨から守りきれず大輝たちはずぶ濡れだった。涼香も白のブラウスが濡れてしまいさすがにこの状態で電車に乗る訳にもいかずそのままタクシーを捕まえて大輝の部屋にやってきた。

 大輝は濡れた服を脱いで温まるように言うと涼香を風呂場へ押し込んだ。そのまま部屋で前回貸した服を取り出すと洗濯機の上に置いてきた。大輝はそのまま部屋でスーツを脱ぐ。髪も濡れている。

 いい大人がキスに夢中になってずぶ濡れになるなんて何やっているんだろうか……。それほど、キスに酔っていた。

 やばい……どハマりしている……涼香ちゃんに……。

 告白の返事は、結局聞けずじまいだ。
 キスをしたが……涼香ちゃんはあの元彼と色々あったばかりだ、しかも俺の事を心友として思ってくれていたはずで……あれ、キス、してよかったのか?

 涼香ちゃんは……俺のこと少しは男として見てくれているんだろうか……。男のくせにとか言われようがしょうがない。恋愛の仕方なんか、忘れた。

 もう何年もそんな駆け引きとは無縁だ。考えるだけで動悸がひどいし、キスだけで酔う、今だって涼香ちゃんのシャワーの音だけで焦っている……みんな、どうやって恋愛しているんだ?

 ただ、そんな俺でもわかる、涼香ちゃんに手を出してはいけない。欲情してはいけない。無理やり寝るのはドラマの世界だけだ。現実世界でそんなことする男はいない。

「こんなに、難しかったか……」

 大輝はタオルを頭から被るとガシガシと拭く。そのままぴったりくっついたズボンを引き抜くとスウェットを履く。そのままタオルを肩から掛け台所へ向かう。

 確か買い置きしていた水のペットボトルがあるはずだ。そのまま屈んで探していると風呂場から涼香が出てきた。
 大輝と目が合うと涼香は目を開き真っ赤になっている。 

 どうしたのだろう……風呂上がりだからか?

「早かったな、寒くないか?」

「……い、いや……大輝くんのほうが、寒そうだけど」

 涼香の言葉に自分の上半身が裸なことを思い出す。しまった、いつも一人だから当たり前になっていた。

「……あ、ごめ……服──」

 大輝が立ち上がり涼香に水のペットボトルを手渡すと服を取りにクローゼットへ向かう。

「待って……」

 涼香の手が大輝の腕を掴む。その手は温かかった。

「大輝くん、あの──あの、あのね? ちゃんと言わないといけないと思って……その、私、大輝くんが好きなの」

「え、ええと……え? まじで?」

涼香が真っ赤な顔で頷く。

「最初は、希さんを思う大輝くんに幸せになってほしいって思ってて、話を聞いていて大輝くんが次に恋する人が気になって、それが私ならって、思うようになって、希さんの話を聞いて羨ましいなぁって思ったり、敵わないって思ったり……でも、大輝くんを抱きしめて胸の中に抱きとめてあげられるのは私なんだって、思ったり……今思えば、恋してたんだなって……武人の気持ちで分かんなくなってたけど……いま、私、大輝くんが、好き、です」

 涼香ちゃんの必死な思いが伝わって声が出ない。だって、俺と似てたから。ゆっくりと惹かれていったんだ、俺も。

 涼香の頰に優しく触れると猫のように涼香がその手に擦り寄る。大輝はそのまま優しくキスをすると涼香は嬉しそうに笑った。

 大輝は涼香の腕を取りベッドへと向かった。涼香と大輝はベッドの上で手を取り合い見つめ合ったままだ。

「……怖い?」

「……ちょっとだけ。大輝くんも怖い?」

 大輝は涼香の手の甲を親指で撫でる。

「ちょっとだけだ、ほんのちょっと……」

 大輝は涼香を抱きしめる。涼香もその背中にそっと手を伸ばす。大輝の背中の筋肉を感じるとそっと撫でる。

 大輝はそれだけで欲情する。
 さっきまでの一線を越える緊張や不安がどこかへと飛んでいく。涼香を優しく抱きたいと思っているのに本能が蠢くのが分かった。

 あ、ダメだ……もう、限界……。

 大輝は涼香にキスをした。その瞳は潤んでいた。

「ゴメン、なんか、もう……」

「うん……いいの、大丈夫だよ」

 二人はそのまま愛し合った。幸せだった。溶け合うって表現が正しい。涼香も、大輝も、ただお互いの存在を感じあった。


 朝方、大輝が目を覚ますと目の前に黒髪が見える。涼香が大輝に背中を向けて眠っている。綺麗な髪に手を伸ばすと曇った声が聞こえた。

「ん……」

 一瞬そのまま手を引っ込めたが起きないようなのでそのまま髪を手櫛で解いてやる。そのまま後ろに流すと首から肩が見えた。

 明るいところで涼香の肌を見るのは初めてだ。大輝はその首から肩にかけてそっと撫でる。涼香の温もりが愛おしくてそのまま後ろから抱きしめた。肌の温もりが心地よくてそのまま目を閉じた。
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