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17.うたた寝

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「あ、こんばんわ」

「あら、どうもお疲れ様」

 葵はコインランドリーの前で白髪マダムと会った。どうやら近くのスーパー銭湯にいっていたようだ。カゴに入ったお風呂セットが濡れている。

「遅いわね、今日は残業?」

「えぇ、ちょっとトラブっちゃって……」

 葵は苦笑いを浮かべる。自然と一緒に歩き出しエレベーターへと向かう。今エレベーターは最上階で止まっているらしい。誰かが乗り込んでいるのだろう、しばらく降りてくるまで時間がかかる。

「そういえば最近大丈夫なの?顔色悪いわよ?」

「はい、毎日ちゃんと寝てますよ。本当は会社でも少し息抜きがてらしたいんですけどね」

 白髪マダムがミュージカル俳優顔負けの驚き方をした。すごいスピードで葵の方を振り返った。

「あ、あのね?そう、そうなのね」

 みなさんお忘れだろう。を何かの隠語だと信じて疑わない人物がこの世に一人だけ存在しているのだ。

「い、息抜き……あの、会社だと他の人もいるしね?うん……厳しくないかしら?」

「いや、みんな結構ヤッてますよ?ほぼ毎日」

「……ジーザス」

 白髪マダムが火照った顔に手で風を送り続けている。

 チン

 ようやくエレベーターが来たようだ。中から住人が降りてくると入れ替わるように二人が乗り込む。
 二人は同じ階なので葵が【7】を押す。

「みんな目を覆ってますよ……ですから椅子で我慢するんですけど、結局床がいいみたいですぐ意識飛ばすんですよ。そこら中で寝るから横を通る時大変で──」

「いろんな意味でブラックな会社ね……こんな会社もあるのね……いや、あなたのためにある会社ね……」

 完全に目隠しプレイ、座位からの床技そして乱行パーティかなんかと勘違いしている白髪マダムは恍惚とした表情を浮かべている。

「でも最近は例の栄養ドリンクのおかげでみんな元気に頑張ってますよ!あれ、みんなハマっちゃって……」

「ワタシも買うわ……そうするわ……」

 白髪マダムは深呼吸をしながら葵に別れを告げた。葵はその後ろ姿を心配そうに眺めた。

「……高血圧かな。湯船に浸からないほうがいいって言ってあげればよかったな──」

 全て自分が興奮させたせいだとは一ミリも思わない葵だった。
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