上 下
96 / 106
第三部

さようなら下僕

しおりを挟む
 俺はいま困惑している。
 人生で初めて魔の三角関係に陥っている。

「ふざけないで……正太郎ごときが触れて良いわけないでしょう」

「光田様は嫌がってないだろうが……」

 右腕に心がぶら下がり、左腕を松崎がすごい力で引っ張る。正直このままだと肩を脱臼しそうだ。この状況をって言うんだなと、どこか人ごとのように考えていた。

 俺は心から連絡をもらい駅前で待っていた。
通りの向こうから心の姿を見つけると腕を振った。すると笑顔だった心の表情が変わりみるみる般若のような顔へと変貌した。

 な、なんや? なんでめちゃ怒ってんの?

 次の瞬間背後から誰かに抱きしめられた。

「……みぃつけた」

 後ろを振り返るとそこには心の元婚約者の松崎が俺を羽交い締めにしていた。

「のぁ! な、何してんねん! は、離せ!」

 光田が肘打ちを食らわすと松崎は顔を赤らめ大きく頷く。痛みで悶えながらも白い歯を見せて笑う。

「出会って五秒で腹に一発なんて……すごい」

「どっかのエロいタイトル持ってくんなや」

 あれから松崎は光田の前に姿を現していた。さりげなく現れて光田を追いかけ回していた。
 結局我慢の限界を迎えた光田に蹴られるのだがそれが嬉しくてたまらないらしい……。

 その間に心がすごいスピードで駆けつけて光田の手を取る。

「やはり現れたわね……運命からは逃れられないのね」

「え、何なん? 急にそのRPGのラスボス感……」

 心は松崎を睨みつける。松崎は不敵な笑みを浮かべている。二人の間に再び見えない火花が散る。

「正太郎……光田様は私と見えない糸で結ばれているのよ、あなたの入る余地はないわ」

「手錠でも縄でもあるだろうが」

 運命の糸より頑丈そうだ……名台詞が台無しだ。

「光田様はこう見えて涙腺が弱いのよ……あなたからすれば許し難いでしょう?」

「目隠しされてるから見えない」

 良い返答に思わず光田も唸る──そうきたか。確かにな。松崎のファインプレーに光田は手を叩きそうになる。

 心が真っ赤な顔をして頬を膨らませる。そろそろ限界だろう。

「正太郎のバカ! なんで邪魔するのよ! もう私の前に現れないで!」

「あぁ、お別れだ」

 松崎の言葉に心だけじゃない、光田も固まる。聞き間違えたのか?確かに今……お別れって……。

「俺、就職が決まった。四国の会社だ。小さいところだけど社長さんがいい人で前科者でも良いってさ……今までありがとうな」

「四国──四国に……」

 心が呆然としている。
 松崎はもう足を洗ってヤクザではない事に改めて気付いたようだ。もう、しがらみがない事を、自由だという事を……。

 光田はその姿を見て心の背中を押し松崎に近付ける。心は光田を振り返る。その眉間にはシワが刻まれている。今にも泣きそうだ。

「……ちゃんと別れの挨拶せなあかん──ほら」

 心は松崎と視線が合うと思わず逸らす。

「……バツが悪いことがあるとそうやって視線を逸らすのは変わらないな。心、お前が幸せそうで嬉しかった。光田様は良い人だよ。転んだお婆ちゃんを助けたり、脱走した犬を交番に届けたりできる優しいヤクザだ」

「……正太郎……」

「それ、あかんヤクザの例やん。やめてくれる? そういうの」

 いつのまにか見られていたらしい。ヤクザとしては恥ずかしい……。
 心が目一杯背伸びして松崎を抱きしめる。松崎は心を抱きしめると光田の方を向き微笑んだ。

「光田様の事は本気だよ。完璧なご主人になれると思う。少しダークな世界で修行積めば──」

「いや、ヤクザってだけでもう十分ダークだからな、いや、ほんと残念なんだけど、うん」

 光田は言葉の抑揚が消えている。  
 かなりディープな世界のようだ。いくつもの草鞋は履きたくない。そんな才能は開花すべきじゃない。

 松崎は心の目の前に小指を出す。心は鼻をすすりながらその小指に自身の小指を引っ掛ける。子供の時以来のだ。

「お幸せに」

「そっちも、もう、ケンカしちゃダメですわ。豚野郎がブタ箱はだめだから……」

 感動のシーンが台無しだ。光田は二人の背中を見つめていた。

 数ヶ月後心の元に封筒が届いた。そこには一枚の写真が同封されていた。

「……良い、ご主人様ね──」

 写真には日に焼けた松崎と、その横に紫のつなぎを着た金髪の女性が写っていた。その女性に首根っこを掴まれて松崎は幸せそうに笑っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

My Doctor

west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生 病気系ですので、苦手な方は引き返してください。 初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです! 主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな) 妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ) 医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...