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第二部

りんご飴

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 当日、天候にも恵まれてこの辺りの近隣住民が川沿いに集まってきた。多くの露店が出店し、賑わいを見せている。

「毎度あり」

 竜樹は順調にりんご飴を売りさばいていた。
 白いタオルを頭に巻きつけ、慣れた手つきでりんご飴を作っている。竜樹はホストのようなキレイな顔をしているので、笑顔一つで飛ぶように売れた。この調子だと早くも売り切れそうだ。

「あ、よかったー、やっと見つけた!」

「いらっ……しゃ──」

 竜樹が顔を上げると、そこには幸がいた。白いワンピースを着た幸は嬉しそうに袋に入ったりんご飴を品定めしている。

 え──?

 全く竜樹には気付いていない。
 竜樹はただじっと目の前にいる幸を見つめていた。

……夢、か?

「あ、これにしよう。これいくらですか?」

「……五百円、です」

「はい」

 五百円玉を手渡された。

 その時に幸の手が竜樹に触れる……それだけで心臓が止まりそうだ。

「ありがとうね!」

 幸は竜樹と目が合うと満面の笑みを浮かべた。りんご飴は幸の大好物だった。露店が出れば必ず購入するほどだ。

 竜樹は頭を下げると、そのまま幸は道の向こうへと消えた。

「……どうだ、久々の再会は……」

 いつのまにか剛が竜樹の隣に立っていた。
 竜樹はその姿を見てふっと笑う。ようやくなぜ自分にこの仕事をさせたのか気付く。剛には全てお見通しだったようだ。

「ありがとうございます……まさか、先生から微笑みかけてくれる日が来るなんて──」

 竜樹の声は震えている。
 剛が咥えていたタバコの火を消した。その表情は少し切なそうだ。

「これで諦めろ、これが精一杯だ。このお膳立てすら、アイツは最初許さなかったがな……先生は、アイツしか見えていないんだから──思っても無駄だ」

 竜樹が剛の視線の先を追うと、そこには先生の手を握りながらこちらを見つめる組長の姿があった。竜樹が組長に頭を下げると少しだけ組長の鋭い視線が緩んだ気がした。

「司も、優しくなったもんだな……恋する側の気持ちがわかったからかもしらんな……アイツの初恋も初めての片思いも……先生だからな」

「そうだったんですね……」

 竜樹は唇を噛みしめる。
 剛は竜樹の背中を叩くと立ち去った。

「あのー……」

「はい、いらっしゃ──い」

 振り返るとそこにはなぜか先生がいた。組長の方を見ると俺を一瞥しそのままそっぽを向いた。

「あの、間違っていたらごめんなさい……黒嶺会の組長さんじゃない?」

覚えてくれていたのか……あんなひどいことをした俺のことを……それなのにこの人はなんで微笑みながら声をかけてくれるのか──。

「その節は、本当に申し訳──」

 幸が身を乗り出し竜樹の右手を掴む。縫合された痕を見てほっとした表情になる。

「よかった、ちゃんと使えているのね。もうビール瓶はダメよ? 危ないんだから……」

 右手だったと覚えてくれていた……。
 泣くな、俺……泣くな……許された訳じゃない、そうじゃないのにこの人の手の温もりや言葉の端々はどうしてこんなにも……優しいのだろう。

「そこを切るとね、神経痛が出ることがあるの。何かあったら治療にいらっしゃい」

「え……あ、でも──」

「うちは、ヤクザ専門の鍼灸院なの、ふふふ」

 そう言って幸は笑った。
 竜樹は黙って刺さっていたりんご飴を数個袋に入れて幸に手渡す。
 幸はりんご飴のように嬉しそうに頬を赤くする。

「いいの? すごい……ありがとうね」

「いえ、こちらこそ……ありがとうございます」

 竜樹はお辞儀をすると満面の笑みで微笑んだ。精一杯の思いを込めて……。




「おいおい……よく露店に戻るのを許したな」

 剛が司の首を背後からホールドする。

「イッテェな……しょうがねぇだろ、先生があの子の手のキズが気になるって言うもんだから……俺は黒嶺会の事は何も言ってねぇ」

 組長は面白くないようだ。ライバルを増やすだけなのだから。特にあの男は先生に酷いことをした……本来なら会わせたくもない。

「そんな先生だから惚れたんだろ。みんなを優しく包む温かい先生を──」

「俺も、その温もりに癒された一人だからな──」

 組長は鼻で笑うと前髪を掻き上げた。その視線の先には幸がいた。

「違いねぇな……司、今日はありがとな」

「ああ、もう二度としねぇからな」

 りんご飴を大量に貰った先生がこちらへと振り返る。どうやら用が済んだらしい。白い袋を持ち、こちらへと満面の笑みで駆け寄ってくる幸の姿に組長は目を細める。

「あ、剛さん来てたんですね。あ、これ食べません? 美味しいんですよ、りんご飴」

「いただくよ……ありがとな、先生」

 剛と司は顔を見合わせて笑った。

 その日は夜空のきれいな夜だった──。
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