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第二部

俺たちの日々

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「組長……力を抜けられます?……固い」

「悪いな、先生……」

「表面は柔らかいのに、奥が……もう何本も刺してるのになかなか緩まないですね……刺しっぱなしじゃダメか……動かしましょう」

「あぁ、先生……その角度は苦しいな、あぁ、あ!」

「喘ぎ声の薄利多売はやめましょうか」

 組長は本当に苦しいらしく顔を赤らめたまま笑う。本当はクククと声を出して笑いたいのだろう。鍼を置くと幸は背中をなぞる。

「背中の筋肉が一番分かりやすいですね。緩んだり硬くなったり……変化が分かりやすい──」

「先生、俺の中で筋肉が一番変化する部分はそこじゃなくて、──」

「刺しましょう、今すぐに、思いっきり刺せばいいんですよね? はい脱いで……」

 幸が真顔でズボンを脱がしに掛かったので組長が今度こそクククと笑う。

 笑いの波が去ると組長が胡座をかいてこちらを見つめる。

「……どうしました? 痛みますか?」

「先生、ちょっとここへきてくれ、大変だ」

 幸がベッドに近づくとそのまま組長は幸を抱きしめたまま仰向けになった。

不足だ……」

 組長の香水の匂いに包まれて心地よい──安心する香りだ。
 
幸の柔らかな石鹸の匂いが組長の胸に染み込んでいく──寝てしまいそうになるな……。

 二人は目を瞑り互いの香りに癒されていた。

「先生、好きだって言っていいか?」

「言っちゃダメって言いました?」

 組長は体を反転させて幸をベッドに押し倒すそのまま上から見下ろす。
 その瞳は妖しく光る。

「今言うと、止まらなくなる……」

「……じゃあ代わりに私が言えばいいですか?──好きです、よ」

 幸の言葉に組長は絶句し、幸から視線を逸らして動揺している。

「小悪魔、だな──」

 組長が呟くと幸の唇にかぶりつく。一気に深く口付けるとすぐさま口の中で暴れる。それだけじゃもの足りず首筋や耳朶にもキスをし、指で何度も首のラインをなぞる──。

「あ、ん……く、組長──」

 幸はその声がさらに組長の欲に拍車をかけることを知らない。

 俺だけだ、俺だけが先生を閉じ込めて、この石鹸の香りを独り占めして、好きだと言ってもらえる……。俺だけ、俺のものだ、先生は──。

 飽きることなんてない、先生への思いは募るばかりだ。

「先生──」

 組長の顔は欲望に支配された男の顔だ。今にも襲い掛かりそうな様子に幸は生唾を飲み込む。

 あぁ──食べられる。


 ピピピッ ピピピッ


「チッ──」

 突然組長の携帯電話が鳴り響く。組長は携帯電話の画面を見て溜息をつく。

「悪い、この着信はでなきゃマズイ」

 そのまま通話ボタンを押すと不機嫌そうに声を出す。

「爺……いいところだぞ邪魔すんなよ──はい? なんで……?」

 組長の顔色が変わる……。
 幸はその様子にすぐに体を起こすと組長の顔を見つめる。

「……わかりました、行きます──」

 通話を終えると組長が悲しげな表情を見せた。

「先生──爺が、病院に運ばれたらしい……詳しくはわからないけど、すぐに病院へ来てくれって……先生、俺──」

 幸は組長の背中に手を回し抱きしめる。

「私も行きます……大丈夫です、万代さんは……強い方ですから。とりあえず向かいましょう……ね?」

 病院までの道のりは遠く感じた。院の外にいた光田も神妙な面持ちでタクシーに乗り込んだ。

 いつかはこんな日が来ると思っていた。
 だけど、怖くて考えないようにしていた。
 それが今日であって欲しくない……。

 病院に到着すると個室の病室に案内された。

 ベッドに横たわる爺は眠っているようだった。腕には点滴の管が刺さっている……。腕に繋がれた太い針が痛々しい。

「爺……」

 組長がゆっくりとベッドへと近づき爺の腕に触れる。

「爺様……そんな──」

 光田も弱々しい爺の姿にショックを受けているようだ。町田も連絡を受け駆け付けていた。壁に寄りかかりじっと床を見つめている。

 無理もない、みんなの中で爺は生きる性欲の塊、永遠に尽きることのない精力を持った男だ──。

 ベッドのそばに眼鏡をかけた初老の医師が立っている。爺の主治医だ。

「せ、先生……爺は、どうしたんですか? 心臓発作ですか?」

「……あぁ、あなたがお孫さんですね? いつも、万代さんがお話しされていましたよ……自慢の孫だと、あなたの事をとても心配されて……」

「……ッ、先生、爺は、祖父は、助かるんですか?」

 医師の言葉に胸が熱くなる。今は気持ちをしっかりと持つべき時だ。
 俺がしっかりしなきゃ……。

「万代さんは、何も仰ってなかったんですね……そうですか……」

 医師がベッドに横たわる爺の寝顔を見て呟く。
 医師が立ち尽くす組長の肩を叩く。



「──紫まむし極楽一発ドリンク」

「……はい?」

「連続セックス人数の、記録更新を狙ったようで、ドリンクの飲みすぎです……血圧が上がりすぎて運ばれました……もう少しで腹上死するところでしたよ……常々絶倫は病気だと言ってきたのですが、悪友がいらっしゃるようで……」

 医師は眼鏡を外し目頭を抑える。

「えっと、先生? ヤりまくるために栄養ドリンクを飲んで、血圧上がって死にかけて病院に運ばれてきたって事ですか?」

「ええ、危なかったですよ、同じ絶倫のあなたからも言っておいてください。次は命が──」

「いやいや、こんな恐ろしいもの引き継いでませんから大丈夫です」

 それよりも絶倫は遺伝しないって早く教えてやってほしい。爺が何を話したのか知らないが俺を絶倫のくくりに入れるのはやめて欲しい。

 組長は情けない気持ちと、安心した気持ちで天を仰いだ。
 隣にいた幸が爺に近づきその手を握る。爺の手はシワだらけだが、その手はとても温かい……。

「良かったわ、生きててくれてれば絶倫だろうがなんだろうが、それでいいもの」

「……先生──」

 組長も爺の肩に触れ、爺を見下ろす。

「心配かけんなよ、爺──あんなドリンク捨てちまえば良かった……【あなたの息子は大統領プレジデント】みたいに爺の手に渡る前に捨てときゃ良かっ──」

「……やっぱりお前か──」

 爺の唇が動き、低く掠れた声が病室に響く。
瞼が突然カッと開くと赤く充血した眼球がギラリと光る。

 まずい

 組長がベッドから距離を取ると、爺が起き上がり点滴を無理矢理引っこ抜く。
 一体どこが悪かったのだろう……召喚された悪魔のような顔でこちらを見ている。

 医師が慌てて止めようとするが爺の覇気に動けなくなる。今の爺を止められる者はいない……。

「クリームブッセも、お取り寄せ○イアグラも、突如消えた、昭和四十年代洋モノ無修正のレアものも……司、貴様じゃろ?」

「いや、あ、あの──その……いや、よかれと──」

 どうやら少し前に届いた星条旗の包装紙に包まれた〈生活用品〉はレアな洋モノ無修正の貴重なAVだったようだ。爺はかなり怒っている……盆栽を鉢を割った時の比じゃない。本気だ──。

「司、ん? 今すぐ腰の骨を砕いてやろう……さぁさぁ、こっちにおいで……なぁに、すぐに済ませるから安心しろ……ん?」

 幼い子に言い聞かせるような、遊びに誘うような優しい声色がやけに恐ろしい……。

 爺が間合いを詰めると俺へと案の定飛んできた。

「天誅じゃっ!」

「うわっ! 両足!?……ぐあぁ!!」



 爺の容赦ないドロップキックを食らった俺は、その後全く動けなくなった。
 腰は痛かったが──内心、爺に感謝した。

 怪我の功名でその晩……俺は先生の家に泊まる事になった。

 もちろんヤる事は出来ないが、先生を抱きしめながら朝を迎える幸せは、言葉では言い表わせない。

「おはよう、先生」

「おはよう、腰は大丈夫? 治療を先にしましょうか」

「あぁ、頼む……」

 二人は微笑み合った。
 俺たちの日常は穏やかに過ぎている。
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