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第二部

剛の治療は力技

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「先生……どうだ?いいだろ?」

「剛さん……前回よりもかなり太くなったんじゃないですか? すごい……触ってもいいですか?」

「先生に触って欲しくて見てくれよ……ピクピク動いてるぜ」

「わぁ! こんなに動かせるんですね! すっごい……わぁ……ふふ、可愛い」


「……おいゴリラ……保健所で強制的に去勢してやろうか? あ?」

「ま、まて、俺の唯一誇れる部分が──」

 組長が暗黒のオーラを纏いながら立ち上がる。すかさず剛が半笑いで止めに入る。
 冗談が過ぎたようだ。

「組長も触ってみてよ、ここまで胸の筋肉太らせるの難しいんだよ?」

 幸は至って真剣だ。先ほどの会話も本人はその気が無かったらしい。組長に訴えつつ剛の胸を揉みしだく。

「ただ、ちょっと鍛え方が悪いのか胸を開いた時とかこう胸の前で手を組んだ時が痛いんだよな……」

「求愛行動で胸を叩きすぎたからだろう」

 組長が静かにツッコミを入れる。

「どれどれ、あ……ここ、でしょう?」

 幸に指で押されると特別痛みが走る箇所があった。

「あッ……そこ、です……」

「困りましたね……硬い芯のところは指では届かないですね……剛さんは金属アレルギーで、鍼はダメですもんね」

 本来ならば胸の奥の方にある筋肉なので鍼が一番だ。組長が腕を組むと何かに気づく。

「先生、この胸の下は肺があるんだろ? そもそも刺しちゃいけないんじゃないのか?」

 その通りだ。胸の筋肉の下には肺がある。肺に鍼が刺さってしまうと《気胸》になる。肺が萎んで呼吸が苦しくなってしまう。こうなると入院しか対処はない。鍼の重大事故といえばこれだ。

「大丈夫です、この位置からこの角度で打てば問題ありません。それに、鍼灸師は鍼がどの方向にどれぐらい刺さって、どの筋肉に刺さっているか分かっているんですよ、ふふ」

 幸が組長に微笑む。

 治療家の顔だ……いつものふにゃふにゃも可愛いが……この時の先生は、凛としてカッコいい。

「剛さん、とりあえず指圧をしてみますが、私じゃうまく筋肉の中に指が入らないので組長に手伝ってもらいますね?」

「「げ……まじか」」

組長と剛の声が重なった。お互いすごく嫌そうだ。

──俺の胸を揉んで欲情すんじゃねぇぞ

──万が一感じて変な声出しやがったら殺すぞ

 お互いに視線を合わせ牽制し合う。
 幸は見つめあっている二人を見て満面の笑みを浮かべる。

「やっぱり幼馴染っていいわね」

 幸の指示通り剛がベッドに仰向けになる。その腕を組長が掴むと脇の隙間から胸の筋肉を掴む。組長はさすが、ほぼ毎日町田の頭蓋骨を変形させているだけあり握力があるようだ。

「この奥に、硬いのがあるでしょう? コリってしたやつ」

「あ、これか……剛、痛いのか?」

「ん、なんかちょっと先の方に痺れが出るな」

「あ、当たりですね、そこだ」

幸は嬉しそうだ。組長がその奥のしこりを指で潰す。

「あ、あ……ちょっと待て司、お前指の圧が、凄すぎだって、キツイ! ちょっと弱めろって!」

「難しいんだ……俺だってこんなこと初めてなんだぞ」

組長が面倒くさそうな顔をする。

「う、そつけ……俺が苦しむ顔が好きなくせして……悪趣味め」

「……ふ……うるさいやつだ。ほら、どうだ? ん? 痛いか?」

組長は嫌がらせをするように胸のしこりをグリグリと押す。剛の胸の筋肉に組長の親指が食い込んでいく。

「組長ったら……攻めすぎです! 明日筋肉痛になっちゃいますよ。しこりの周りを撫でるようにしなきゃ……今後のことも考えて、私が組長の体でお手本を見せますから、もう……激しいんだから──あら? 来てたの?」

 幸がカーテンを開けるとドアの前で買い物袋を持ったまま佇む町田と、その横で真っ青な顔をした光田がいた。
 幸は町田から買い物袋を受け取ったが、町田はカーテンの方を見つめて悲しげな表情をしている。

「組長は純粋だと思っていたんですが、すっかり大人になられて……いや、いいと思います、経験は人生の糧なんで……」

 町田の視線は参観日の母親のようだ。

 隣の光田に目をやるとなぜか光田はブツブツと独り言を言っていた。

「剛さんも出来たから俺も出来るのか? いやいや、俺は普通がええねん……調教なんて絶対しない。俺は絶対に守り抜く……絶対だ……負けへん──」

 光田はどうやら綿中らしい……うん、頑張れ……。

 幸は町田と光田の言っていることが分からず首を傾げていたが、光田が熱く決意表明をしていたのでとりあえず「お疲れ様」と声をかけておいた。

 組長と剛がカーテンから出てくると町田が真剣な表情で呟いた。

「お勤め、ご苦労様です……」




「ふぅ……効いたぜ──司の握力の使い道が見つかったな」

 剛が院を出て廊下に出るとサッと動く人影が見えた気がした。明らかに剛が現れて焦ったような動きだ。慌てて後を追うとその人物は停まっていた車に乗り込み立ち去った──。

「アイツは確か……まったく、どういうつもりだ……」

 剛は煙草に火をつけるとゆっくりと歩きだした。
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