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第二部

町田の恋のB

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 俺はいつになく緊張している。院のドアを開けるだけなのに──。

「こんにちは……」

「あら、兄さん! こんにちは、あら? その袋は?」

 美英は黒のタンクトップにパンツスタイルだ。
 どうやらスーツだからとかではなく黒っぽい服装が好みのようだ。

「あ、これ先生の食事です……あ、の……美英ちゃんの分もありますから……」

「あら、すみませんねぇ、お世話になります」

 美英の名前を呼ぶという渾身の町田の頑張りは呆気なくスルーされた。幸はカーテン越しから町田を見つめる。町田がその視線に気づくと幸は親指を立てて頑張りを称えた。

(グッジョブ! 町田さん!)

 町田は真っ赤になりながらも素知らぬふりをしてソファーに腰掛けると美英も自然と町田の横へ腰掛ける。口パクで一生懸命伝えようとする幸が視界に入りより町田は真っ赤になる。

 先生、恥ずかしいです。俺、年上です。

 そのまま幸は買い物袋を受け取り奥へと向かう。

「兄さん、兄さんはおいくつですか? もしかして五十代ですか?」

「いや、四捨五入で五十歳ぐらいでまだ四十代──」

「……ほんまに?」

 美英は切なそうな顔をして町田の頰に触れる。
 突然の距離の近さに町田はみるみる茹でタコになる。
 急に触れられるなんて予想外だった。

「おっかしいな……なんで四十代やのに……」

 美英は至近距離で町田の頭を掴んで地肌の様子を見る。幸もだが、美英もやはり治療家だ。その気は無いが距離が近い。

 奥からお茶を運んできた幸がその様子を見て微笑む。盆をテーブルに置くと頰に両手を当てて満面の笑みを浮かべた。嬉しくて仕方がないらしい。

 先生、もうちょっと抑えて……息子の成長喜ぶ母みたいですよ。

「美英ちゃん、町田さんは【腎虚】なのよ……今まだ戦っているの」

「あ、それでか……兄さん、舌出してください。こんな風に……」

 至近距離で美英が先の尖った舌を出す。真っ赤な舌は蛇のようなで食べられてしまいそうだ。
凝視しすぎて舌を出すのを忘れてしまう。

「兄さん? ベェってして……?」

エロい……。

 おずおずと舌を出すと美英はうんうんと頷いた。幸も混ざり二人して町田の頰に手を添えて舌をまじまじと見る。東洋医学では舌の色や形、苔を見て症状を見極める【舌診】というものがある。

 どうやら町田の舌は典型的な【腎虚】の舌のようだ。

「あらあら、先輩……これはほっとけないですね」

「やってあげてくれる? 私がすると町田さんに不幸がやってくるみたいで……」

 二人から迫られているような状況に町田は固まってしまう。組長が来る前で本当に良かった。


「……ほう、楽しそうだな、町田……」


 嘘でしょ、なんでこのタイミング……。

 院のドアの方へと向くとそこには満面の笑みを浮かべた組長が立っていた。毎度毎度良いタイミングに町田には悪霊に憑かれているのかとさえ思える。
 後ろにいる光田はなぜか渋めの顔で頷き続ける。そらあかん、舌はあきませんよ……と思っているのが分かる。

「先生、後輩ちゃん……悪いけど冷蔵庫からアイス持ってきてくれ……大変だから二人掛かりでな」

「そうね! アイス休憩しましょ」

 よく考えればアイスぐらいで何が大変なのかわからないが純粋&天然は疑う心を知らない。二人が嬉しそうに奥へと消えた。

「町田、良かったな……ん? 俺も禁欲してんだぞ、コラ」

「いや、俺の舌が【腎虚】でそれで──」

「俺の、?」

「いや、その……あーー!!」



「兄さん……なんか顔がシュッとしてますね。カッコいいですよ。なんか頭が締まったっていうかそんな感じ!」

「そう? ありがとう……」

 禁欲の組長の握力が強過ぎて顔のシワが薄くなったようだ。
 組長達は皆黙ってラムネバーを頬張っている。

「そういえばさっき言おうと思ってたんですけど、私に【腎虚】の治療させてもらえませんか? その……命を救ってくださった恩返しをさせてください」

 美英が町田の手を包み込むように握る。町田は涙が出そうだった。こんなにも可愛くて、優しくて、【腎虚】と一緒に戦おうと言ってくれる人間なんてそういない。

──俺の毛の命を救ってくれるのか?

 涙が溢れ出そうだ、孤独な戦いだった。勝てるかも分からなかった……。裸で一人温灸器を握りしめた日々を思い出す。

「本当に、ありがとう……」

 感極まった町田は美英を抱きしめる。女性の割に背の高い紗英の体がすっぽり包まれる。

 美英は一気に真っ赤になる。どうしたらいいか分からず、コソッとアイコンタクトを送るが一同視線を逸らして微笑むだけだった。

「えーっと、え? 何これ……? あの……泣いてるんですけど」

しばらく町田の抱擁は続いた。
町田の心も、毛根の命さえも美英のものになった。
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