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第一部
町田の戦いが始まる
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今日もまた俺は馴染みとなったスーパーへと立ち寄る。すっかり常連になりポイントカードまでしっかりと出している。
今日は先生からメールがありシャンプーを買い忘れたのでお願いしますとご丁寧に写真まで添付してあった。俺は陳列棚からそれを取りレジへと持っていく。
ピッ──ピッ──
手際よく若い男の店員がレジに通していく。そのシャンプーを通した時に店員が思わず俺の方をちらりと見た気がした──いや間違いなく。
きっとお前はボディソープをそのまま延長して洗えばいいのに……とか。
洗顔料使う時にそのまま両手滑らして前後に往復しとけばいいだろう……とか。
そんな風に思っているんだろう。
しかもよりによって先生が愛用しているのは椿油が入っているものだ。店員は俺の頭に対してそんな油成分塗り込んだらもっとハゲちゃうしテカっちゃうじゃん?なんて嘲笑っているのかもしれない。俺の顔がみるみる変わるのを知ってか知らずが店員はそのまま心を入れ替えたように爽やかな笑顔で対応した。
お前も数年後同じ窮地に陥るがいい……そんな呪いを若い青年に向けて放つと俺はスーパーをあとにした。
とぼとぼと歩いた俺は院の前で立ち止まり気合を入れる。浮かない顔でこちらにお邪魔するわけにはいかない。
ピーンポーン
「あ、お疲れ様です。すみませんいつも」
先生は優しく微笑んで買い物袋を受け取る。
そのまま入ると組長がいない。おかしい、先に向かうと言っていたはずだが……。
「あ、組長用事ができたとかで光田さんと出掛けました。すぐ戻るそうですよ」
「そうですか……」
俺は待合に座るとバレないように大きく息を吐いた。
幸は町田の横に座って顔を覗き込む。じっと見つめるとボソッと「腎虚ね」と言った。
じんきょ? なんだそれ?
幸は町田の手を取りベッドへと連れて行く。
「さ、シャツを脱いで」
「いや、先生、俺まだ生きたいんです! まだ夢が、希望が──」
幸はたかがシャツを脱ぐぐらいで大げさだと思い町田の抵抗に聞く耳を持たない。
「えぇい、つべこべ言うでない! よいではないか!」
「え! なんで悪代官風!?──あぁ、ちょっと……」
町田の必死の訴えも虚しく幸に服を脱がされうつ伏せにされる。町田の場合は背中に刺青は無く、両方の肩甲骨や胸から腕にかけて彼岸花が咲き誇っていた。朱色が映えて美しい。
ゆっくりと背中を押して行くとやはり腎兪という腰のツボあたりが冷えていて筋肉にもどことなく張りがない。やはり──
「町田さん、疲れやすいでしょ? ここが弱いと疲れやすいし、腰は痛いし、性欲も落ちるし、かすみ目、白髪脱毛、それに──」
町田が思わず体を起こし振り返る。
その瞳は今にもこぼれ落ちそうなほど開かれている。
「先生……いま脱毛って」
「え? うん、そうね。あくまで症状のひと──」
「それですね、悪の根源は……」
いや、男ならその前に伝えた性欲の衰えの方にフォーカスすべきだが、町田はもう他の症状のことなどおかまいなしだ。
まるで【腎虚】が親の仇と知ったような顔をしている。町田は幸に土下座をする。
「先生……どうしたらその腎虚に勝てるんですか? 俺腎虚に勝ちたい! 勝ちたいんです!」
「いや、どこぞの青春スポ根の1ページ?」
上半身裸のハゲに土下座される長白衣の女ってなんかシュールな絵面だ。
もちろん幸としてはいつもお世話になっている町田の為だ……協力してあげたい。だが、前回の【梅花鍼】の件もある……どうしたものか。
「あ、良いものがあった。あ、服着て大丈夫ですよ」
幸は倉庫に行きごそごそと何かを探す。ダンボールから小さな箱を出すと嬉しそうに帰ってきた。
「これ、温灸器ってやつなんだけど、これでお腹とか腰とか、頭とかにすると良いですよ。当てる場所は油性ペンで書きますから自分でも出来ますよ」
箱から取り出したのはコンセントがついた小型の電動ドライバーのような形をしている。何かを入れるような穴がありそこからビワのエキスやら生姜エキスやらを入れても効果がいいらしい。
「これ、町田さんにあげますよ」
幸はにっこりと町田に微笑んだ。町田は箱を持ったまま固まる。これは明らかに医療品で高価なものだと分かる。
「え、いや、そんな……もらえません……」
「使ってないし、今日は特別ね」
「え?」
「今日、誕生日なんでしょ?」
ドアがゆっくりと開くと組長と光田が帰ってきた。二人の動きがいつもより慎重だ。
手には駅前のケーキ屋の袋に四角の白い箱が透けて見える。組長が町田の視線に気付くと恥ずかしそうにそっぽ向いた。
「……たまたま駅前で倒産店じまいセールでホールケーキの叩き売りをやってたから──」
「行列できる人気店勝手に破産させないでくださいね」
幸がケーキを受け取るとテーブルに置く。ケーキを取り出しろうそくを立てると火をつけた。光田が部屋の電気のスイッチを消した──
淡いろうそくの光が院内を優しく照らしてくれる。いまだ状況がつかめない町田をソファーに座らせると幸が町田の頭に黄色のキラキラがついた三角コーンを乗せる。どこで購入したのだろう、なぜか【あんたが主役】とかかれたタスキを肩から掛けさせられた。
幸がごきげんな様子で恒例の曲を歌い出して町田は最後にろうそくの火を吹き消した。
部屋の電気がつけられると幸がああでもないこうでもないと包丁片手に切り方を考えている。光田が慌ててそれを受け取るときれいに切り分けた。
「組長……あの……」
「なんだ」
「ありがとう、ございます……」
「……食べろ」
組長は町田の方を見ようとしない。きっと照れているんだろう。
こうして誕生日祝ってもらうのは久しぶりだ。
差し出されたショートケーキを口に含むと甘くて涙が出そうになった。
ケーキを食べ終わると幸が食べ終わった皿と残ったケーキを嬉しそうに奥の部屋へと運んでいく。幸はショートケーキが好きなので組長はあえて多めに買って来たのだろう。
食べ終わった組長が町田の方を見て訝しげな表情になる。
「町田、お前ボタン──」
「へ? あ──」
さっき慌てて着た時にボタンを掛け違えたようだ。一気に町田の顔色が悪くなる。
「てめ、まさか先生の……」
「いや、その無理やりって言うか、その──」
組長が満面の笑みになる。口角も上がり仏のような顔だ……まじでやばい時の笑顔に横にいた光田は「俺、スポドリ買ってきます!」と言って出て行く。なぜ今急いで水分補給が必要なのか全く意味がわからない。
「ハッピーバースデー、町田」
俺は大きな大きな誕生日プレゼントを頂いた。本当に涙が出て、一生跡が残りそうなプレゼントだった。
ちなみにまだ毛は生えてこない。
俺はこれからも【腎虚】と戦って行く。
今日は先生からメールがありシャンプーを買い忘れたのでお願いしますとご丁寧に写真まで添付してあった。俺は陳列棚からそれを取りレジへと持っていく。
ピッ──ピッ──
手際よく若い男の店員がレジに通していく。そのシャンプーを通した時に店員が思わず俺の方をちらりと見た気がした──いや間違いなく。
きっとお前はボディソープをそのまま延長して洗えばいいのに……とか。
洗顔料使う時にそのまま両手滑らして前後に往復しとけばいいだろう……とか。
そんな風に思っているんだろう。
しかもよりによって先生が愛用しているのは椿油が入っているものだ。店員は俺の頭に対してそんな油成分塗り込んだらもっとハゲちゃうしテカっちゃうじゃん?なんて嘲笑っているのかもしれない。俺の顔がみるみる変わるのを知ってか知らずが店員はそのまま心を入れ替えたように爽やかな笑顔で対応した。
お前も数年後同じ窮地に陥るがいい……そんな呪いを若い青年に向けて放つと俺はスーパーをあとにした。
とぼとぼと歩いた俺は院の前で立ち止まり気合を入れる。浮かない顔でこちらにお邪魔するわけにはいかない。
ピーンポーン
「あ、お疲れ様です。すみませんいつも」
先生は優しく微笑んで買い物袋を受け取る。
そのまま入ると組長がいない。おかしい、先に向かうと言っていたはずだが……。
「あ、組長用事ができたとかで光田さんと出掛けました。すぐ戻るそうですよ」
「そうですか……」
俺は待合に座るとバレないように大きく息を吐いた。
幸は町田の横に座って顔を覗き込む。じっと見つめるとボソッと「腎虚ね」と言った。
じんきょ? なんだそれ?
幸は町田の手を取りベッドへと連れて行く。
「さ、シャツを脱いで」
「いや、先生、俺まだ生きたいんです! まだ夢が、希望が──」
幸はたかがシャツを脱ぐぐらいで大げさだと思い町田の抵抗に聞く耳を持たない。
「えぇい、つべこべ言うでない! よいではないか!」
「え! なんで悪代官風!?──あぁ、ちょっと……」
町田の必死の訴えも虚しく幸に服を脱がされうつ伏せにされる。町田の場合は背中に刺青は無く、両方の肩甲骨や胸から腕にかけて彼岸花が咲き誇っていた。朱色が映えて美しい。
ゆっくりと背中を押して行くとやはり腎兪という腰のツボあたりが冷えていて筋肉にもどことなく張りがない。やはり──
「町田さん、疲れやすいでしょ? ここが弱いと疲れやすいし、腰は痛いし、性欲も落ちるし、かすみ目、白髪脱毛、それに──」
町田が思わず体を起こし振り返る。
その瞳は今にもこぼれ落ちそうなほど開かれている。
「先生……いま脱毛って」
「え? うん、そうね。あくまで症状のひと──」
「それですね、悪の根源は……」
いや、男ならその前に伝えた性欲の衰えの方にフォーカスすべきだが、町田はもう他の症状のことなどおかまいなしだ。
まるで【腎虚】が親の仇と知ったような顔をしている。町田は幸に土下座をする。
「先生……どうしたらその腎虚に勝てるんですか? 俺腎虚に勝ちたい! 勝ちたいんです!」
「いや、どこぞの青春スポ根の1ページ?」
上半身裸のハゲに土下座される長白衣の女ってなんかシュールな絵面だ。
もちろん幸としてはいつもお世話になっている町田の為だ……協力してあげたい。だが、前回の【梅花鍼】の件もある……どうしたものか。
「あ、良いものがあった。あ、服着て大丈夫ですよ」
幸は倉庫に行きごそごそと何かを探す。ダンボールから小さな箱を出すと嬉しそうに帰ってきた。
「これ、温灸器ってやつなんだけど、これでお腹とか腰とか、頭とかにすると良いですよ。当てる場所は油性ペンで書きますから自分でも出来ますよ」
箱から取り出したのはコンセントがついた小型の電動ドライバーのような形をしている。何かを入れるような穴がありそこからビワのエキスやら生姜エキスやらを入れても効果がいいらしい。
「これ、町田さんにあげますよ」
幸はにっこりと町田に微笑んだ。町田は箱を持ったまま固まる。これは明らかに医療品で高価なものだと分かる。
「え、いや、そんな……もらえません……」
「使ってないし、今日は特別ね」
「え?」
「今日、誕生日なんでしょ?」
ドアがゆっくりと開くと組長と光田が帰ってきた。二人の動きがいつもより慎重だ。
手には駅前のケーキ屋の袋に四角の白い箱が透けて見える。組長が町田の視線に気付くと恥ずかしそうにそっぽ向いた。
「……たまたま駅前で倒産店じまいセールでホールケーキの叩き売りをやってたから──」
「行列できる人気店勝手に破産させないでくださいね」
幸がケーキを受け取るとテーブルに置く。ケーキを取り出しろうそくを立てると火をつけた。光田が部屋の電気のスイッチを消した──
淡いろうそくの光が院内を優しく照らしてくれる。いまだ状況がつかめない町田をソファーに座らせると幸が町田の頭に黄色のキラキラがついた三角コーンを乗せる。どこで購入したのだろう、なぜか【あんたが主役】とかかれたタスキを肩から掛けさせられた。
幸がごきげんな様子で恒例の曲を歌い出して町田は最後にろうそくの火を吹き消した。
部屋の電気がつけられると幸がああでもないこうでもないと包丁片手に切り方を考えている。光田が慌ててそれを受け取るときれいに切り分けた。
「組長……あの……」
「なんだ」
「ありがとう、ございます……」
「……食べろ」
組長は町田の方を見ようとしない。きっと照れているんだろう。
こうして誕生日祝ってもらうのは久しぶりだ。
差し出されたショートケーキを口に含むと甘くて涙が出そうになった。
ケーキを食べ終わると幸が食べ終わった皿と残ったケーキを嬉しそうに奥の部屋へと運んでいく。幸はショートケーキが好きなので組長はあえて多めに買って来たのだろう。
食べ終わった組長が町田の方を見て訝しげな表情になる。
「町田、お前ボタン──」
「へ? あ──」
さっき慌てて着た時にボタンを掛け違えたようだ。一気に町田の顔色が悪くなる。
「てめ、まさか先生の……」
「いや、その無理やりって言うか、その──」
組長が満面の笑みになる。口角も上がり仏のような顔だ……まじでやばい時の笑顔に横にいた光田は「俺、スポドリ買ってきます!」と言って出て行く。なぜ今急いで水分補給が必要なのか全く意味がわからない。
「ハッピーバースデー、町田」
俺は大きな大きな誕生日プレゼントを頂いた。本当に涙が出て、一生跡が残りそうなプレゼントだった。
ちなみにまだ毛は生えてこない。
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