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第一部

真綿

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 いつものように院長の治療を行っていた。いつもの平和な午後だった。

 バァァーン!

 突然激しく院のドアが開けられたようだ。
 幸は背中に刺していた鍼を慌てて抜いていく。置いたままだと万が一何かあったときに危ない。
楽しみを邪魔された組長は舌打ちをしている。その様子から誰がやってきたか見当がついているようだ。

「……先生、保健所に連絡してくれるか?」

「遠回しにカーテン越しにディスってんなよ、司」

 カーテンの外に出ると待合にガラの悪い連中が居座っている。最近随分と慣れてはきたがこうして見るとまるでこの院が暴力団の悪の巣窟のような気がしてくる。

 光田はなぜか壁に寄りかかり足を組んだまま遠くを見つめている。

 モデルの副業でも始めたのかもしれない。

 ガタイのいい剛がいつのまにか横に腰掛けたらしい。町田は存在を消すように体を最大限に縮めている。
 なぜか呼吸もしづらいらしく顔色が悪く唇まで真っ青だ。

いや、一気に宇宙人感出してきたな、オイ。

 剛はチラチラと光田を見ている。眉間にしわを寄せ睨むその姿はまさしく縄張り争いをしているただのゴリラだ。

 この三人の絵面、このフォルム……なかなかの地獄のトライアングルだ。

 幸がなんて声をかけようかと迷っていると剛が口を開く。

「光田……」

 剛が意を決したように話しかける。光田は時が来たかのようにその場に土下座する。

「おに、剛さん……すみません。この間の絡みは何というか、心ちゃんの気の迷いで、だから、俺なんかと何かある訳なくって……」

 最後の方は消え入りそうな声だった。
 剛は口を結びその様子を見ている。剛は突然光田に近づいた。光田が顎を噛み締め体に来るであろう衝撃に備えた。

 太い腕が伸びてきて両肩を掴むとぐいっと光田を引き上げた。

「話は最後まで聞くもんだろ、な?」

 剛は自分の胸の中へと光田を閉じ込めた。こちらからは剛の広い背中にすっぽり包まれてしまい光田の姿は見えない。
 熱い抱擁に光田が「ん……くるし」と妖しげな声を漏らす。光田の白い指が剛の太い腕をつかんでいるのがかろうじて見えた……。

 一瞬沈黙が訪れた──

 抱き合う二人を残しさぁっと院内に新しい風が吹いた。
 誰もが砂漠に佇む民のように遠い目をして剛の背中を見つめる。皆哀愁漂ういい表情だ……。

「あ──剛……俺たち奥の部屋に行っておくし、気にしないでいい……どうせここにはベッドもあるんだ。気がすむまで抱き潰せ──」

「ん、あ、すみません、ここ壁薄いんで……一応私の家だし控えめに──私同性全然OK……」

「──なんの話だよ!」

 剛が真っ赤な顔をしてこちらを振り返る。
 光田は酸素不足で呆然としている。相当筋肉の圧迫を受けたようだ。
 ソファーに座っていた町田はまたもや天井を見上げて交信中のようだ……彼はそっとしておいたほうがいいだろう。

 剛は真っ赤な顔して光田の方を向いた。

「み、認める……お前のこと──あと、悪かった」

「へ? え? なんで……」

 光田があんぐりと大きな口を開いている。まさかの展開に脳がついていけていないようだ。心に手を出した落とし前云々の話じゃ……?

「心がお前とのこと認めないなら家を捨てるとまで言い出した。父親も折れた……お前はもう、家族だ──弟よ」

「え!? 俺の意志は!? 一族みんな順番ぶっ飛ばすDNA組み込まれてんの!?」

 光田の叫びが院内に響く。
 心の真綿で首絞め作戦は着々と進んでいるようだ。組長はそれを見て満足そうに微笑んでいる。ベッドに腰掛け上から白いシャツを羽織る。そのそばで成り行きを見守っていた幸をその胸に閉じ込めると幸の耳元で甘く囁く。

「先生は俺と家族にならないか?」

 そんなことを耳元で言われて真っ赤にならない女などいない。何も言わないでいるとそのまま幸の首筋を唇でなぞっていく。時折舌先で突く……耳朶まで戻ってくると再び囁いた。本当に本当に小さな声で──

 そしたら朝から晩まで抱けるのに

 と言った。

「こんの色ボケがぁ!」

 幸は組長の頭にチョップを食らわして逃走した。
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