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手
しおりを挟むたぬき寝入りというものは、バツが悪いことが起こった時や、寝てると見せかけて話を聞きたいとき……要はメリットがある時にするものだ。
私の場合はどちらとも当てはまらない。
そしてそれは時に日常生活を大きく変える出来事になる──。
「──って聞いてるか?」
「だぁっ! はい! 聞いています!」
まるで将軍に挨拶をするようにキビキビと返事をすると、俊はきょとんとした顔になるが琴音の様子に笑い出す。「変なやつ」と言って頭に触れる手の体温に固まる。以前なら頭をこうして触られても何とも思わなかったのに。
今日も相変わらず俊の家へとやって来た。以前飲んで美味しかった思い出の酒がまた手に入ったと聞けば二つ返事で駆けつけてしまう自分もどうかと思う。酒の奴隷だ。
今日もテーブルには日本酒に合いそうな和のおかずが並んでいる。あぁ幸せだ……。ご機嫌でちびちびと飲む琴音を俊は覗き見て満足そうに微笑んだ。俊は琴音が幸せそうに飲む姿が好きだ。
「あ、テレビのリモコンとって」
「はーい」
カーペットに置かれたリモコンを拾い上げると俊の方へと渡す。
「ありがと──って、おいっ!」
「うぁ、あ、ごめんごめんっ」
リモコンを鳥肉の黒酢あんかけに落とした。琴音はリモコンを受け取る俊の指と手のひら、そしてリモコンを握る動作をみて、あの晩にみた光景がフラッシュバックした。
あの手で──自慰を……。
そう思うと動揺してリモコンをあんかけまみれにした。
「気をつけろよ! ベトベトじゃん」
俊はすぐにティッシュを三枚ほど引き抜くとリモコンを拭き取る。俊の言葉と耳に残るティシュが擦れる音と、拭き取る動作に恥ずかしくなって両手で顔を隠した。
こんなこと考える女じゃなかったのに……。
急激に自己嫌悪に陥り、美味しい酒は思いのほか進まなかった。俊はそんな琴音をみて首をかしげるのだった。
琴音はその日珍しく泊まらずに帰った。きっとたぬき寝入りはできないだろうから──。
後片付けをしていた俊は酒の瓶を訝しげに見つめる。
「この酒好きなはずだけどな……」
琴音の苦悩を知る由もない。
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