忙しい男

菅井群青

文字の大きさ
上 下
40 / 45
泣く背中

愛を語ろう

しおりを挟む
 とうとう俺はマイホームを持つことが出来た。白を基調としたシンプルな家だ。自分の手で建てたかったが、仕事の都合上忙し過ぎてなかなかできなかった。

 今は全国的に職人不足だ。俺も休み返上で現場に赴くことも多くなった。朝早く出て行く俺のために紗英は弁当を作ってくれる。紗英は朝が苦手だ。そんな紗英が寝惚けながら作ってくれる弁当は美味しい。

 ただ、何度か弁当に箸がなかったり、下の段の白飯が入っていなかったことがある。先輩はそんな弁当を見て「愛情詰まってるな」と揶揄った。本当にそうだと思う。感謝の気持ちしか出てこない。寝てていいと何度も言ったが紗英は聞かなかった。

「遼は疲れてても作ってくれてるもん。遼が頑張ってるんだから……」

 ある日紗英は過去の俺たちにそっくりなカップルの話をした。男女の違いはあるものの、俺は紗英が落ち込んでいるのが気になった。……あの晩のことを思い出しているようだ。

 紗英は何年経ってもあの晩のことを忘れていない。俺は気にもしていないのに紗英は今でも思い返すことがあるようだ。言葉には出さないが紗英の瞳にはあの時の色が見えることがある。

 寂しくない?
 幸せにできている?

 不安そうに俺を見つめていた。当たり前だ。紗英がそばにいるんだから。俺はその晩紗英の入浴中に突然風呂場に押しかけた。

「俺めちゃ幸せだー、寂しくないし紗英もいるし」

 風呂場で肩をマッサージをしている時に気持ちを伝えると紗英は泣いていた。紗英の心の中に数年前の俺の姿が残っているんだろう。



 ある晩紗英が遅くなった。職業柄仕事が忙しい時期だ、仕方がない。皆が残業しているのに定時で帰る訳にはいかないのだろう。

 紗英は俺が晩御飯を作って待っていると、ふにゃっと申し訳なさそうに笑う。さすがに疲れているようだ、目が開いていない……頭痛があるのかもしれない。

 紗英が帰ってくると瑠璃が紗英に駆け寄る。

「パパのお魚美味しいよ」

「あら、そう? 楽しみね」

 紗英は微笑み頭を撫でると瑠璃は「ブーン」といい遼の元へと向かう。最近は虫になりきるのが好きだ。ヒロインブームは去った。

 遼が我が家の可愛い虫を捕まえると嬉しそうに笑う。

「捕獲っ!」

 捕まった瑠璃は楽しそうにキャッキャと笑う。二人の笑い方はそっくりだ。遼は紗英を指差して「ほら、巣に戻って!」と瑠璃の背中を押す。すると瑠璃は満面の笑みで紗英の方へと飛んでくる。紗英が小さな体を抱き留めると瑠璃が笑う。

「ほかくー」
「捕獲!」

 遼と瑠璃の声が重なる。紗英は瑠璃を抱き抱え、吹き出した。

「捕獲!」

 紗英は大きな声を出した。頭痛が二人のおかげで楽になった気がした。

 遼の魚の煮物を食べながら紗英は遼に例のカップルについて話し出す。どうやら別れの危機を脱して上手くいっているようだ……。

 遼も他人事のようには思えずホッとする。どうか、幸せになってほしい、諦めずに頑張ってほしい。その先には幸せな日々があるはずだ──。





「おかえり」

「ただいま」

 遼が玄関まで出てくる。いつも一緒のはずの瑠璃の姿が見えない。

「し……瑠璃今日プールだったから疲れて寝ちゃったよ」

「あ……そっか……」

 二人は小声になる。そのまま紗英は晩御飯を食べると満足そうにお腹を撫でる。片付けた後、紗英はソファーに腰掛ける。ようやく、長い一日が終わる──。

 遼は隣に腰掛けると徐ろに紗英の肩を抱き寄せる。遼からは石鹸のいい香りがした。ずっと嗅いでいたいそんな香りだ。

「遼……あったかいね」

「うん、風呂上がりだしね──紗英、もしかして一緒に入りたい?」

 紗英は少し考えた後に頷く。

「そうね、入りたいわ」

 紗英がいつもより素直なので遼は照れているようだ。なぜか既に上のTシャツを脱ぎ始めている。上半身裸になるとニッコリ微笑んだ。

「さぁ、脱いでー行くよ」

「いや、なんでここで? バカなの?……ちょ、ちょっと!……遼!」

「やっぱ屋上にジャグジー欲しかったな……」

 遼は待ちきれないようで、そのまま紗英を抱き抱えると風呂場へと運んでいく。賑やかな声が聞こえていたが、しばらくすると静かになった。

 二人だけの穏やかな時間が流れていく。

 これからも、私たちは愛し合う。思い合える幸せを噛み締めながら……。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

地味な女

詩織
恋愛
地味な女と言われ、それでも解って貰える人はいると信じてたけど。 目の前には、後輩に彼氏をとられ最悪な結末

愛されない女

詩織
恋愛
私から付き合ってと言って付き合いはじめた2人。それをいいことに彼は好き放題。やっぱり愛されてないんだなと…

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

記憶のない貴方

詩織
恋愛
結婚して5年。まだ子供はいないけど幸せで充実してる。 そんな毎日にあるきっかけで全てがかわる

近すぎて見えない

綾崎オトイ
恋愛
当たり前にあるものには気づけなくて、無くしてから気づく何か。 ずっと嫌だと思っていたはずなのに突き放されて初めてこの想いに気づくなんて。 わざと護衛にまとわりついていたお嬢様と、そんなお嬢様に毎日付き合わされてうんざりだと思っていた護衛の話。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

あなたの1番になりたかった

トモ
恋愛
姉の幼馴染のサムが大好きな、ルナは、小さい頃から、いつも後を着いて行った。 姉とサムは、ルナの5歳年上。 姉のメイジェーンは相手にはしてくれなかったけど、サムはいつも優しく頭を撫でてくれた。 その手がとても心地よくて、大好きだった。 15歳になったルナは、まだサムが好き。 気持ちを伝えると気合いを入れ、いざ告白しにいくとそこには…

処理中です...