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もう終わった 憲司side
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ガチャン
憲司は鍵を開けてすぐにドアノブを掴むが開ける事を躊躇していた。恐る恐るドアを開けると部屋は真っ暗だった。
『おかえり、お疲れ様』
笑顔で迎えてくれる里美の笑顔が一瞬見えた気がした。
「里美?」
靴がない……どこかへ出かけているようだ。俺は部屋に入り電気をつけた。台所と奥の部屋の照明が付き明るくなると俺は言葉を失った。
台所に置かれたままの皿には何かが置かれていた跡があった。ふとゴミ箱を開けてみるとぐちゃぐちゃになったケーキに混ざってパセリや唐揚げや海老フライなど俺の大好物が無残なことになっている。俺は口元を押さえて息を飲む。まるで里美の心を表しているようでこっちまで辛くなる。
記念日を楽しみにしていた
忙しい中頑張って準備してくれた
メール一つでおれはドタキャンした
俺は、俺は何をした? 愛しい人との大事な日に、何を……。
一気に罪悪感と焦燥感に包まれる。ベッドの上には服が散乱していた。まるで慌てて出て行ったような、もう帰ってこないような気がした。謝って済む問題じゃない。だけど一刻も早く謝りたかった。電話をしてもやはり繋がらない。俺はメールを送る。それしか、今の俺に出来ることはない。
追いかける? どこへ?
俺が知っている里美はこのアパートと仕事場の往復だった。友人はいるが最近は子育てで忙しくなかなか会う機会がないと言っていた。店が閉まった今里美はここにいるはずだった。いつだって俺が遅くなってもここにいた。優しく包んでくれた。
いつからだろう……仕事を優先するようになったのは。
里美の為と言い後回しにしていたのは……。
優しく笑って許してくれると思い込んでいたのは……。
憲司はあの日の先輩の言葉を思い返す。
『そんなんじゃ捨てられちまうぞ──』
本当、ですね、捨てられますよね。でも、大切な人なんです。プライドの高い俺が甘えてしまえるほど、支えてくれて抱きしめてくれて……なのに、どうしてこんな事になってしまったんでしょうか。
「里美……どこにいる? ごめん、俺、ごめん……」
俺は一人涙を流した。
その日は家に戻りメールともう一度電話をかけてみたがやはり里美からの返事はなかった。
あくる朝、いつものように出勤した俺の姿を見て先輩が息を飲むのがわかった。俺の肩を叩きどうしたと尋ねる事も笑い飛ばすこともできない。そうとう切羽詰まった表情をしてたのだと思う。
その日はなんとか仕事をやりきったが、集中力がなかなか続かなかった。プロとして恥ずかしい話だ……五年の経験が一晩の出来事で役に立たなくなるなんて。そんな俺を見て皆は優しかった。
仕事から帰る時に昨日資料作りを頼んだ先輩が俺に声をかけてきた。
「吉田、俺はどこかでお前は夜遅くまで働く人間なんだって思い込んでいた節がある。当然のようにな……すまんかった。俺が家族のために早く帰るためにお前のプライベートが蔑ろにされているのを、考えてやれなかった。本当にごめんな──」
「はい、いえ、そんな……」
先輩の言葉に俺は涙が出そうだった。
違うんです、先輩──。
俺が進んでやった事です。早く仕事を覚えたくて、早く一人前になりたくて。里美との明るい未来のために頑張ってきたはずなのに。
職場から里美のアパートへと向かった。
相変わらずそこは暗闇で里美の匂いだけがする。俺は、スーツを脱ぐと里美がいつも使っていたエプロンをつけ、置いてあった皿を洗い出した。ゴシゴシ磨いていると里美の声が聞こえてきそうだ。
『そんなに磨いてたら、日が暮れちゃう』
『さすがだね、きれいに片付いた』
きれいに片付けるとそのままベッドの方へと向かう。出しっ放しの服を畳むと慣れたようにタンスへ戻す。五年の間に里美の部屋のことをすっかり覚えてしまっていた。
里美の癖や、好きなもの、嫌いな物、好きな芸能人や、服の趣味……。
きちんと分かっているのに、重要な里美の心の声が聞けなかった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
憲司は鍵を開けてすぐにドアノブを掴むが開ける事を躊躇していた。恐る恐るドアを開けると部屋は真っ暗だった。
『おかえり、お疲れ様』
笑顔で迎えてくれる里美の笑顔が一瞬見えた気がした。
「里美?」
靴がない……どこかへ出かけているようだ。俺は部屋に入り電気をつけた。台所と奥の部屋の照明が付き明るくなると俺は言葉を失った。
台所に置かれたままの皿には何かが置かれていた跡があった。ふとゴミ箱を開けてみるとぐちゃぐちゃになったケーキに混ざってパセリや唐揚げや海老フライなど俺の大好物が無残なことになっている。俺は口元を押さえて息を飲む。まるで里美の心を表しているようでこっちまで辛くなる。
記念日を楽しみにしていた
忙しい中頑張って準備してくれた
メール一つでおれはドタキャンした
俺は、俺は何をした? 愛しい人との大事な日に、何を……。
一気に罪悪感と焦燥感に包まれる。ベッドの上には服が散乱していた。まるで慌てて出て行ったような、もう帰ってこないような気がした。謝って済む問題じゃない。だけど一刻も早く謝りたかった。電話をしてもやはり繋がらない。俺はメールを送る。それしか、今の俺に出来ることはない。
追いかける? どこへ?
俺が知っている里美はこのアパートと仕事場の往復だった。友人はいるが最近は子育てで忙しくなかなか会う機会がないと言っていた。店が閉まった今里美はここにいるはずだった。いつだって俺が遅くなってもここにいた。優しく包んでくれた。
いつからだろう……仕事を優先するようになったのは。
里美の為と言い後回しにしていたのは……。
優しく笑って許してくれると思い込んでいたのは……。
憲司はあの日の先輩の言葉を思い返す。
『そんなんじゃ捨てられちまうぞ──』
本当、ですね、捨てられますよね。でも、大切な人なんです。プライドの高い俺が甘えてしまえるほど、支えてくれて抱きしめてくれて……なのに、どうしてこんな事になってしまったんでしょうか。
「里美……どこにいる? ごめん、俺、ごめん……」
俺は一人涙を流した。
その日は家に戻りメールともう一度電話をかけてみたがやはり里美からの返事はなかった。
あくる朝、いつものように出勤した俺の姿を見て先輩が息を飲むのがわかった。俺の肩を叩きどうしたと尋ねる事も笑い飛ばすこともできない。そうとう切羽詰まった表情をしてたのだと思う。
その日はなんとか仕事をやりきったが、集中力がなかなか続かなかった。プロとして恥ずかしい話だ……五年の経験が一晩の出来事で役に立たなくなるなんて。そんな俺を見て皆は優しかった。
仕事から帰る時に昨日資料作りを頼んだ先輩が俺に声をかけてきた。
「吉田、俺はどこかでお前は夜遅くまで働く人間なんだって思い込んでいた節がある。当然のようにな……すまんかった。俺が家族のために早く帰るためにお前のプライベートが蔑ろにされているのを、考えてやれなかった。本当にごめんな──」
「はい、いえ、そんな……」
先輩の言葉に俺は涙が出そうだった。
違うんです、先輩──。
俺が進んでやった事です。早く仕事を覚えたくて、早く一人前になりたくて。里美との明るい未来のために頑張ってきたはずなのに。
職場から里美のアパートへと向かった。
相変わらずそこは暗闇で里美の匂いだけがする。俺は、スーツを脱ぐと里美がいつも使っていたエプロンをつけ、置いてあった皿を洗い出した。ゴシゴシ磨いていると里美の声が聞こえてきそうだ。
『そんなに磨いてたら、日が暮れちゃう』
『さすがだね、きれいに片付いた』
きれいに片付けるとそのままベッドの方へと向かう。出しっ放しの服を畳むと慣れたようにタンスへ戻す。五年の間に里美の部屋のことをすっかり覚えてしまっていた。
里美の癖や、好きなもの、嫌いな物、好きな芸能人や、服の趣味……。
きちんと分かっているのに、重要な里美の心の声が聞けなかった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
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