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23.鎖
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「じゃ、決まったら返事を頼むね」
「はい、では……失礼します」
社長室を出ると思い足取りでエレベーターの前に立った。到着したエレベーターに乗り込むと自分の部署がある階のボタンを押した。動き出したエレベーターの中で思い直し風香は一階のボタンを押した。何も羽織っていない状態だが、今は森くんに会いに行こうと決めた。一階に到着するとすれ違う人たちに会釈をしながら赤い犬小屋へと向かう。そこには寒さに震えながら小屋の中で丸まる森くんがいた。風香の姿が見えると小屋から飛び出し尾をぶんぶんと振った。風香は思わず笑顔になり駆け出した。抱きしめると森くんは風香の顔を舐めた。風香が森くんを優しく撫でていると仕事から戻った澤と数人の同僚たちの姿が見えた。
「お──悪い先に上がってて。すぐ行くから」
澤は同僚に声をかけると風香と森くんに向かって歩き出した。澤は屈むと森くんのこげ茶の黙々の毛を揉むように可愛がる。森くんは興奮して澤に飛びかかろうとするがスーツなので澤が困ったように森くんの動きを止めた。
「渡辺さん珍しいですね、ご飯の時間じゃないのに」
「あー、うん、まぁね……森くんに会いたくなっちゃって」
澤は風香が落ち込んでいることに気が付くが敢えて何も聞かないことにした。風香が森くんの背中を撫でていると澤が優しく声をかけた。澤はいつも優しい。風香が仕事で失敗した時もさり気なく気遣ってくれる仕事のできる好青年だ。年下とは思えない。
「何か悩んでるんだったら話聞きますよ。俺で良ければ……だけど」
「ありがとう……悩みじゃないんだけど……なんか最近色々会ってね」
「そうなんですね……いつも笑顔の渡辺さんが元気がないと俺までなんか元気なくなっちゃうな……」
澤は困ったように頭を掻いた。風香が自分の頬を叩いて気合を入れるとにっこりと微笑んだ。澤に心配をかけていることが申し訳なかった。そんな風香を見て澤は風香の頭をそっと撫でた。突然触れられて風香は驚く……澤にこんな風に触れられたのは初めてだった。森くんをきっかけによく話すようになったので二人の間にはいつも森くんがいた。今、森くんは見つめ合う二人を見守るようにしてお座りしていた。
「……無理して笑ってほしいんじゃなくて、好きだから……です。え、あ──その……好きな子の笑顔が見たいっていう……普通の男の心理だから」
「……え──」
澤は立ち上がるとスーツについた土埃を払うとほんのりとピンク色に染まった顔を背けた。「言うつもりじゃ、なかったんですけど……すみません」と頭を掻いて恥ずかしさを堪えている。風香も伝染するように顔が紅潮していく。澤がはにかんだ笑顔を見せる……弟のような後輩だと思っていた。だけど、こうして並んで立っていると風香より背も高くスポーツをしていたからかしっかりとした体格をしている。今更ながら澤が立派な男性なのだと感じた……。
「さ、澤くん……あの──私……」
「いや、いいです。返事は──今じゃなくて。……今からでもゆっくり考えてもらえると嬉しいです」
風香が頷くと澤は腕時計を確認し慌ててエレベーターへ消えて行った。仕事の合間に無理して時間を作ってくれたらしい。風香は再び森くんを抱きしめた。悩みを解消するためにここに来たのに、新たな悩みが増えてしまった。顔を赤らめて話す澤の姿を思い出して風香は目を瞑った。自分の貴弘に対する恋心に気付き、失恋し、そして他の男性から告白される……。
「なんでこんな恋愛模様なの……クリスマスマジックなの? うー、森くん……犬になりたい」
抱きしめられた森は呑気に風香の髪の匂いを嗅ぎ幸せそうに尾を振り回している。森くんは今この瞬間がとっても幸せなようだ。
貴弘はあの晩から同棲する前のようによそよそしい態度を取るようになった。必要最低限しか話さない……。それでも風香は貴弘の視線を感じていた。台所で皿を洗っている時や、料理中……貴弘は鈍臭い自分が怪我をしないかと気にかけてくれている。もしかしたら今まで気付いていなかっただけでさり気なく気遣ってくれていたのかもしれない。貴弘の不器用な優しさを感じて風香は苦しくなった。
あの日貴弘を傷つけてしまった事を風香は後悔していた。真面目に口説いてくれたのにあんな風に泣かれたら男としてはショックだっただろう。風香は溜息を漏らした。謝りたいが貴弘の背中から拒絶のオーラが立ち昇っていて風香は何も言い出せないまま今日を迎えていた。謝りたいとはいえ、涙の理由を言い出せる訳もない。貴弘の愛の言葉を受けるのが自分じゃなくてショックだったとも、香水の彼女に嫉妬したなんて理由……言えない。
風香は何度目かの溜息をついた。風香は森くんに別れを告げると肩を落としてとぼとぼと歩きはじめた。
「はい、では……失礼します」
社長室を出ると思い足取りでエレベーターの前に立った。到着したエレベーターに乗り込むと自分の部署がある階のボタンを押した。動き出したエレベーターの中で思い直し風香は一階のボタンを押した。何も羽織っていない状態だが、今は森くんに会いに行こうと決めた。一階に到着するとすれ違う人たちに会釈をしながら赤い犬小屋へと向かう。そこには寒さに震えながら小屋の中で丸まる森くんがいた。風香の姿が見えると小屋から飛び出し尾をぶんぶんと振った。風香は思わず笑顔になり駆け出した。抱きしめると森くんは風香の顔を舐めた。風香が森くんを優しく撫でていると仕事から戻った澤と数人の同僚たちの姿が見えた。
「お──悪い先に上がってて。すぐ行くから」
澤は同僚に声をかけると風香と森くんに向かって歩き出した。澤は屈むと森くんのこげ茶の黙々の毛を揉むように可愛がる。森くんは興奮して澤に飛びかかろうとするがスーツなので澤が困ったように森くんの動きを止めた。
「渡辺さん珍しいですね、ご飯の時間じゃないのに」
「あー、うん、まぁね……森くんに会いたくなっちゃって」
澤は風香が落ち込んでいることに気が付くが敢えて何も聞かないことにした。風香が森くんの背中を撫でていると澤が優しく声をかけた。澤はいつも優しい。風香が仕事で失敗した時もさり気なく気遣ってくれる仕事のできる好青年だ。年下とは思えない。
「何か悩んでるんだったら話聞きますよ。俺で良ければ……だけど」
「ありがとう……悩みじゃないんだけど……なんか最近色々会ってね」
「そうなんですね……いつも笑顔の渡辺さんが元気がないと俺までなんか元気なくなっちゃうな……」
澤は困ったように頭を掻いた。風香が自分の頬を叩いて気合を入れるとにっこりと微笑んだ。澤に心配をかけていることが申し訳なかった。そんな風香を見て澤は風香の頭をそっと撫でた。突然触れられて風香は驚く……澤にこんな風に触れられたのは初めてだった。森くんをきっかけによく話すようになったので二人の間にはいつも森くんがいた。今、森くんは見つめ合う二人を見守るようにしてお座りしていた。
「……無理して笑ってほしいんじゃなくて、好きだから……です。え、あ──その……好きな子の笑顔が見たいっていう……普通の男の心理だから」
「……え──」
澤は立ち上がるとスーツについた土埃を払うとほんのりとピンク色に染まった顔を背けた。「言うつもりじゃ、なかったんですけど……すみません」と頭を掻いて恥ずかしさを堪えている。風香も伝染するように顔が紅潮していく。澤がはにかんだ笑顔を見せる……弟のような後輩だと思っていた。だけど、こうして並んで立っていると風香より背も高くスポーツをしていたからかしっかりとした体格をしている。今更ながら澤が立派な男性なのだと感じた……。
「さ、澤くん……あの──私……」
「いや、いいです。返事は──今じゃなくて。……今からでもゆっくり考えてもらえると嬉しいです」
風香が頷くと澤は腕時計を確認し慌ててエレベーターへ消えて行った。仕事の合間に無理して時間を作ってくれたらしい。風香は再び森くんを抱きしめた。悩みを解消するためにここに来たのに、新たな悩みが増えてしまった。顔を赤らめて話す澤の姿を思い出して風香は目を瞑った。自分の貴弘に対する恋心に気付き、失恋し、そして他の男性から告白される……。
「なんでこんな恋愛模様なの……クリスマスマジックなの? うー、森くん……犬になりたい」
抱きしめられた森は呑気に風香の髪の匂いを嗅ぎ幸せそうに尾を振り回している。森くんは今この瞬間がとっても幸せなようだ。
貴弘はあの晩から同棲する前のようによそよそしい態度を取るようになった。必要最低限しか話さない……。それでも風香は貴弘の視線を感じていた。台所で皿を洗っている時や、料理中……貴弘は鈍臭い自分が怪我をしないかと気にかけてくれている。もしかしたら今まで気付いていなかっただけでさり気なく気遣ってくれていたのかもしれない。貴弘の不器用な優しさを感じて風香は苦しくなった。
あの日貴弘を傷つけてしまった事を風香は後悔していた。真面目に口説いてくれたのにあんな風に泣かれたら男としてはショックだっただろう。風香は溜息を漏らした。謝りたいが貴弘の背中から拒絶のオーラが立ち昇っていて風香は何も言い出せないまま今日を迎えていた。謝りたいとはいえ、涙の理由を言い出せる訳もない。貴弘の愛の言葉を受けるのが自分じゃなくてショックだったとも、香水の彼女に嫉妬したなんて理由……言えない。
風香は何度目かの溜息をついた。風香は森くんに別れを告げると肩を落としてとぼとぼと歩きはじめた。
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