売り言葉に買い言葉

菅井群青

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13.お風呂介助

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 風香は首にタオルを巻きジャージ姿で洗面台に立つ。その頬は赤い……。緊張を解くように息を吐き出して前髪を吹き飛ばした。鏡越しに見える風呂場ではシャワーの音が響いている。

 先程貴弘の服を脱がしてやり風呂場へと押し込んだ。下着姿で追いやられた貴弘は愉快そうに下着に手を掛けた……。風香は思わずギョッとして固まった。

『最後まで、してくれないの?』

『死ねっ!』

 思わず風呂場のドアを激しく閉めた。冗談じゃない……下着ぐらい自分で下ろせるだろう……こうやっていつのまにか貴弘のペースに巻き込まれてしまうのが悔しい。
 
 とりあえず今は自分で洗える箇所だけ先に洗ってもらっている。声が掛かるまで洗面台の前で待っているのだが風香には刺激が強すぎる。風香は脱衣所を見渡す。貴弘の洗濯物や洗濯機の上に置かれた着替えや、下着……聞こえてくるシャワーの音に貴弘の物音や囃子に幼馴染以上の関係を感じて頬を赤らめる。同棲して、キスをして、一緒のベッドに寝ている時点で充分おかしいのだが風香は感覚が少しズレてしまったようだ。

 いやー、服を脱がしてしまった。男の人の肌って、きめ細やかなんだな……筋肉の形とか腱とかが見えてたくましいというかキレイ──うん!? いや、いやいや……何考えてんの! ダメだ……欲求不満だ。おかしい……こんなの……。

 貴弘に男を感じてしまって風香は頭を抱えた。シャワーの音が止まって中から貴弘の呼ぶ声が聞こえた。風香は首から下げたタオルを握り締めて風呂場のドアを開けた──。

 風呂場に入るとボディーソープの香りと湯気で一気に頬が赤くなった。鏡がないユニットバスで本当によかった。こんな顔見られたら貴弘に何を言われるか分からない。貴弘はバスチェアーに座りこちらに背を向けて座っていた。肩甲骨の形が分かる大きな背中とお尻に目が点になる。

「センキュ、背中頼むな……」

 貴弘はチラッと振り返ると泡立ったタオルを手渡した。その濡れた髪と横顔に懐かしさを感じるが子供の頃に一緒に入った貴弘の体では無かった。風香は早く終わらせようとタオルを受け取ると必死で背中を擦り出した。上下に必死に動かしていると力が強かったのか貴弘が痛そうに体を捩った。

「イテ……。なぁ、大根でもすり下ろしてるつもりか?」

「う、うっさいわね……黙ってなさいよ。こういうのはしっかり擦った方が健康的よ」

 風香の焦ったような声色に貴弘は後ろを見た。風香の顔が燃えそうなほど真っ赤なことに気がついて意外そうな顔をした。そして不敵な笑みを浮かべると突然振り返った。

「な、う、うわっ、うわー!」

「どこ見てんだ、エッチ」

 風香は叫び声を上げながら自身の目を覆った。貴弘は裸だ、振り返れば何もかもが丸見えだ。不可抗力だがしっかりと貴弘の下半身を見てしまった。裸を見たのは父親に次いで二人目だ。

「ちょ、バカ! 何考えてんのよ! 向こうを向きなさいよ」

「……その反応……。もしかして……元彼とお風呂に入ったことないんじゃ……ベッドの上でも薄暗いのが好みか」

「バカ! このアンポンタン! エロオヤジ! でくの坊! 変態痴漢野郎!」

 風香は精一杯罵倒の言葉を吐き出すがどこかパンチが弱い。恥ずかしさに耐えかねて風香は風呂場から出て行こうとすると貴弘がドアを手で押さえて風香を壁との間に閉じ込める……。風香の目の前に貴弘の胸板が見える。突き放そうとした手は貴弘の左手に捕まった。まるで襲われているみたいだ。怪我をした手を使わずに拘束できる貴弘の力に驚く。

「まだ、終わってないだろ……背中見てみろよ泡だらけじゃん」

「じ、自分で出来るでしょ……ご飯準備しておくから──」

「……なぁ、男と風呂入った? 俺と親父さん以外に。セフレがいるぐらいだからなぁ……」

「な、なによ……ない訳ないでしょうが! と、当然あるわよ! 一緒に浴びた方が時間短縮だもの」

 風香は言い切ると顔を逸らして必死に耐える。視界に貴弘の裸が入らないように最善を尽くす。貴弘は風香を解放すると少し悲しそうな顔をした。

「そっか、うん、そうだよな」

「ちょ……ん──」
 
 貴弘はシャワーヘッドを握り風香に湯を掛け始めた。暖かいお湯が頭から背中を伝っていく。一瞬のうちに水を含んだジャージが重たくなった。風香は何をされたのか分からず呆然としていた。

「風香」

 呼ぶ声に顔を上げると貴弘は真剣な表情でこちらを見下ろしていた。髪の毛先から滴がいくつも肌に落ちていくのを見ていた。なぜか胸が痛くなって苦しくなった……意味のわからない感情が湧く……貴弘が別人に見えた。

「じゃ、入ろうか。一緒に──」

「は?……はぁ!?」

 貴弘は濡れた前髪を掻き上げてにっこり微笑んでいる。野獣のような荒々しさだ。

「初めてじゃないし、いいよな? 十数年ぶりだな、風香」

「は、ははは……悪い冗談──」

 風香が笑って風呂場のドアに手をかけた。貴弘は風香の締められたジャージのジッパーを摘むとゆっくりと下げた……水音に混じって微かに聞こえるその音に風香は抵抗もせず固まる。貴弘は風香の首元に顔を埋めると優しく囁いた。

「……お礼に、服、脱ぐの手伝ってやろうか?」

 掻き消されそうなほど静かな声に風香は息を呑んだ。



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