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10.矛盾
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牧田はあれからすぐに窓をノックしてみたが再び結衣の部屋と繋がることが出来なかった。あの日特別な事といえば七回のノック……それ以外ありえない。
あれから朝を迎え牧田は会社の自室で仕事をしているが、どうにもこうにも集中できない。昨日の結衣が脳裏に蘇り気になって仕方がない。
牧田が部屋のドアから外を覗くと結衣がいつもの場所で屋久杉のテーブルを撫でている。
よほど木が好きなのだろう……撫でる手の動きが優しい。ふと隣に目をやると武田と坂上が二人してこちらを訝しげに見ていた。目が合うと慌てて部屋のドアを閉めた。
牧田は昨日の結衣の言葉を思い出し違和感を覚える。あの時確かに自分が有名デザイナーになっているかどうかを聞いていた。
(マネージャーじゃなくて、デザイナー志望だったってことか?)
キラキラと眼を輝かせた結衣を思い出していた。その様子はまるで別人だった。デザイナーを夢見ていた五年前の結衣と、仮面をつけてマネージャーの仕事に這いずり回る結衣……。わずか五年だ。
(この短い間に何があったんだ?)
デスクで頬杖をついているとドアをノックする音がする。牧田は慌ててファイルを開き、デザイン画を並べる。
「……どうぞ」
部屋に入ってきたのは武田だった。
手には武田の手掛けているオーダーのロッキングチェアの資料があった。木材のサンプルを持ち、どの木材で作成するか牧田にアドバイスをもらいに来たようだ。
武田は牧田の木材に関する知識を高く評価していた。日本古来の木材だけでなく、ヨーロッパ留学の経験から世界の木材の事をよく知る。そして作成する家具に使う木材の取引先も個人で開拓してきた猛者だ。デザイン力だけではない……本人の絶え間ない追求と努力を買い《Design.mochi》に引き込んだ。
「悪いな、とりあえずやってみるが上手くカーブが作れればいいがな」
「木はわがままですからね、上手くいけばいいなぐらいでしょうけど……その辺はチーフの方が読みが鋭いでしょう」
武田はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。急に牧田の頭をファイルの角で殴る。
「いっ……てぇ……」
「木だけじゃなくて人を読むのも得意だがな。牧田……デザイン画を並び間違えてないか? 誰が来たと勘違いしたんだ? うん?」
慌てて適当にデザイン画を出したがどうやら武田にはお見通しだったらしい。殴られたのは真面目に仕事をしろという戒めだろう。
「斉藤をあまりいじめるなよ。貴重な有能マネージャー様なんだぞ」
息子を叱るような言いぶりに思わず苦笑いを浮かべるが、創業時から《Design.mochi》にいる武田なら過去の結衣について何か知っているかもしれないと気づく。
「武田さん……斉藤さんってデザインしていたんですか?」
「……本人から聞いたか?」
「いえ、手帳に描いたデッサンがお上手だったので……もしかしたらと思って」
武田はベンチに腰をかけると牧田をちらりと見る。咳払いをすると「俺が話したと言うな」と前置きし小声で話し出す。
「確かにあいつはデザイナー志望だった。俺も応援していたし、いつも残って勉強をしていたんだ。努力が実ればいいと思っていた……だがある日突然あいつはマネージャーになると言い出した。いくら説得しても頑なに拒んでな……。いつのまにか、この会社であいつの笑い声は聞こえなくなった。今もそこそこ明るいが、当時はうるさいと文句が出るほど明るくて元気印だったんだがな……」
武田は腕時計を確認するとアドバイスの礼を言い、慌てて部屋を出た。
牧田は背もたれに体を沈めると武田の言葉を思い出していた。そして昨日の結衣のはち切れそうな輝く笑顔を──。
あれから朝を迎え牧田は会社の自室で仕事をしているが、どうにもこうにも集中できない。昨日の結衣が脳裏に蘇り気になって仕方がない。
牧田が部屋のドアから外を覗くと結衣がいつもの場所で屋久杉のテーブルを撫でている。
よほど木が好きなのだろう……撫でる手の動きが優しい。ふと隣に目をやると武田と坂上が二人してこちらを訝しげに見ていた。目が合うと慌てて部屋のドアを閉めた。
牧田は昨日の結衣の言葉を思い出し違和感を覚える。あの時確かに自分が有名デザイナーになっているかどうかを聞いていた。
(マネージャーじゃなくて、デザイナー志望だったってことか?)
キラキラと眼を輝かせた結衣を思い出していた。その様子はまるで別人だった。デザイナーを夢見ていた五年前の結衣と、仮面をつけてマネージャーの仕事に這いずり回る結衣……。わずか五年だ。
(この短い間に何があったんだ?)
デスクで頬杖をついているとドアをノックする音がする。牧田は慌ててファイルを開き、デザイン画を並べる。
「……どうぞ」
部屋に入ってきたのは武田だった。
手には武田の手掛けているオーダーのロッキングチェアの資料があった。木材のサンプルを持ち、どの木材で作成するか牧田にアドバイスをもらいに来たようだ。
武田は牧田の木材に関する知識を高く評価していた。日本古来の木材だけでなく、ヨーロッパ留学の経験から世界の木材の事をよく知る。そして作成する家具に使う木材の取引先も個人で開拓してきた猛者だ。デザイン力だけではない……本人の絶え間ない追求と努力を買い《Design.mochi》に引き込んだ。
「悪いな、とりあえずやってみるが上手くカーブが作れればいいがな」
「木はわがままですからね、上手くいけばいいなぐらいでしょうけど……その辺はチーフの方が読みが鋭いでしょう」
武田はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。急に牧田の頭をファイルの角で殴る。
「いっ……てぇ……」
「木だけじゃなくて人を読むのも得意だがな。牧田……デザイン画を並び間違えてないか? 誰が来たと勘違いしたんだ? うん?」
慌てて適当にデザイン画を出したがどうやら武田にはお見通しだったらしい。殴られたのは真面目に仕事をしろという戒めだろう。
「斉藤をあまりいじめるなよ。貴重な有能マネージャー様なんだぞ」
息子を叱るような言いぶりに思わず苦笑いを浮かべるが、創業時から《Design.mochi》にいる武田なら過去の結衣について何か知っているかもしれないと気づく。
「武田さん……斉藤さんってデザインしていたんですか?」
「……本人から聞いたか?」
「いえ、手帳に描いたデッサンがお上手だったので……もしかしたらと思って」
武田はベンチに腰をかけると牧田をちらりと見る。咳払いをすると「俺が話したと言うな」と前置きし小声で話し出す。
「確かにあいつはデザイナー志望だった。俺も応援していたし、いつも残って勉強をしていたんだ。努力が実ればいいと思っていた……だがある日突然あいつはマネージャーになると言い出した。いくら説得しても頑なに拒んでな……。いつのまにか、この会社であいつの笑い声は聞こえなくなった。今もそこそこ明るいが、当時はうるさいと文句が出るほど明るくて元気印だったんだがな……」
武田は腕時計を確認するとアドバイスの礼を言い、慌てて部屋を出た。
牧田は背もたれに体を沈めると武田の言葉を思い出していた。そして昨日の結衣のはち切れそうな輝く笑顔を──。
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