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4.未来のあなた
しおりを挟む結衣のことを先輩と呼ぶのは一人しかいない。
目の前の男は素早くテーブルの上のシーリングのリモコンを押すと、目の前に眩い光に照らされた別世界が広がっていた。明らかに高級マンションの一室だ。結衣が呆然と眺めているといつのまにかドアの側に牧田が立ち、こちらを見下ろしていた。牧田の顔を恐る恐る見ると数時間前と随分と変わっている。茶色の髪のウェーブが消えて黒髪でスタイリッシュな短髪になり、いつのまに生えたのだろうか顎からもみあげにかけてヒゲが生えて大人の男になっている……。
「えっと……はじめまして」
数時間でここまで変化するとは考えにくい。結衣が数秒で叩き出した答えはこの男は牧田ではない、ということだった。もしくは血縁者かもしれない……。結衣も空腹でおかしくなっているのだろう。台所が高級マンションになっていることをすっかりどこか頭の片隅に置いて考えていた。
目の前の牧田は特に驚きもせずじっと結衣を見つめている。
「……俺、牧田康太ですよ」
ですよね、と心の中で呟くがどうにも納得いかない。摩訶不思議な事が自分の身に起こっているが少し夢かもしれないという思い始めていた。現に目の前の牧田は夏にも関わらずダッフルコートにマフラーをつけている。
「そちらは平成何年の何月ですか?」
牧田はなぜこんなに冷静でいられるのか不思議で仕方がない。相変わらず表情が乏しい為、感情を読む事ができない。
「平成三十年の九月です。すみません、もしかして……もしかしてなんだけど、未来の牧田君ですか?」
結衣が年号をいうと牧田の瞳が一瞬揺らいだ。何かを考えるようなそぶりを見せるとそのままコクリと頷いた。どうやらこの牧田は三十一歳になった牧田康太らしい。
五年後の牧田の部屋へとなぜか繋がった──。
結衣が恐る恐るドアの向こうに手を伸ばしてみるとガラスのようなものがあり向こう側には行けなくなっていた。防弾ガラスのような厚みのあるガラスだが声だけはそこにいるように聞き取れる。自分の掌の痕がついているのを自分の服の裾で拭き取るのを牧田が見ていた。
「うそ……なんで──」
拭き終えた結衣が顔を上げると信じられないものを見た、あの笑わない牧田が結衣を見て優しく微笑んでいた。
引きつった笑いでもなく、初めて見る自然な笑みに結衣はあんぐりと口を開けて驚く。結衣の顔を見て牧田も驚いているようで一瞬息を飲む。
「そうやって笑えるんですね……笑顔の方が何倍も似合ってますよ?」
結衣の反応に「あぁ、そうか」といいそのまま真顔に戻ってしまった。勿体ないと思ったが、少し嬉しかった。少なくとも五年後の彼はデザイナーとして成功し、自然な笑顔で笑う事ができるようになっていると知れた。
「すぐにでも本人に言いたいけどそれは無理でしょうね、信じてもらえなさそう……牧田くん絶対眉間にシワ寄せるな……」
「どちらにしても言うことは出来ないですよ、嘘みたいに声が出なくなりますから」
牧田はマフラーとコートを脱ぐとドアの前であぐらを組んだ。こうしてガラス張りに向かい合って座るのは緊張する。よりによってなぜ気の抜けた部屋着を選んでしまったのか……。結衣は落ち着かない様子でジャージの布地を摩った。
「先輩──◇@&〓∞◉×✳︎☆!~\$……なんて言ったか聞こえますか?」
「いや、全く……どういうことですか?」
どうやら過去と未来が繋がるときちんと安全装置が働くらしい。神様がチェックしているらしくて知るとダメなものは別の言語で掻き消され、見てはいけないものはモザイクが入るらしい。
そしてこのドアの存在を第三者に知らせたりする事は出来ない。かなりガード硬いな、神様と感心するが、今更ながら疑問が湧く。
「なんで牧田くんそんなに詳しいんですか?」
「……以前同じことを経験しまして」
詳しいことは話せないのだろう。深く聞いても無駄だろう。変な間が空いてしまったが、部屋の時計を見て思いのほか時間が経っていることに気付く。もう晩御飯どころか就寝している時間だ。
「──まぁ、五年後の牧田くんに会えてよかったです……じゃあ元気で頑張ってくださいね。さような──」
「だめだ!」
(はい? だめ? 何が?)
突然牧田が結衣に詰め寄るがガラスがあり牧田はガラスに手を当て悔しそうな顔をした。五年経ち牧田の眉間にはシワと精悍な顔立ちが掛け合い男らしさが増している。まるで別人のような雰囲気に圧倒されてしまう。
「先輩、このドアは自然に封鎖されるまで、毎日会い続ける必要があります。未来と過去のパワーが融合し、そしてそれをこのドアへと──」
突然の牧田の熱弁に結衣は相槌も忘れて聞き入る。結衣の知っている牧田はオタクでもないし中二病でもなかった。人は見かけによらないけど、経験者(?)が言うのなら間違い無いのだろう。たしかに牧田に延々と聞かされた時空の狭間とやらに挟まって死にたくはない。
「えっと……では、毎日会えばいいんですね?」
正直会社でも会っているのに家に帰ってまで牧田に会いたくはない。だけど、了承した時の牧田のほっとした顔を見ると嫌だとは言えなかった。
「七回、ドアを叩いてください。俺が返事をすればドアが繋がるはずですから」
「七回? 三回じゃなくてそんなに叩くんですか?」
結衣の言葉に牧田は一瞬目を泳がせたがそのままカレンダーを持ってきて日付にバツを付ける。向こうの世界はまだ11月のようだ。
「とりあえず、また明日……待ってますから」
「え? あ、はい、ではまた……」
結衣はドアをゆっくりと閉めていく。ドアが閉まるその瞬間まで牧田はじっと見送っていた。なぜ明日も会う約束をしたのに悲しげな表情をしていたのだろうか。ドアを閉めて数秒後ゆっくりドアを開けるとそこは見慣れた台所が戻っていた。未来の牧田は消えてしまった。
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