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第一章 

114.愛

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 白いタオルを頭に巻いたマッチョな男は晶から封筒を受け取ると元気よくアパートを降りていく。二回目とあって少し愛想が良くなった。別れ際に「また宜しく」と声を掛けられたが……夜逃げ屋ともう縁がないことを祈りたい。部屋に戻ると拳人が段ボールを運んでいた。

「晶、この荷物は隣の部屋だったか?」

「うん、そうそう、ごめんね重たいのに」

 晶は預けていた荷物をアパートに戻した。

 慣れ親しんだ宿泊所に別れを告げようやくここへ戻ってこられた。この数ヶ月間のことを思い出すと感慨深い……。

 拳人が隣の部屋から戻ってくると部屋の窓を開け放ち空を眺める。すっかり季節が変わり空に浮かぶ雲の様子も変わっていた。夏空から秋空へ──そして冬の空へと。



「……晶……」

「んー? どうしたの?」

 晶が段ボールを持ちソファーの横へ置くと拳人のそばへ歩み寄る。晶が首を傾げて拳人を見上げている。徐ろに晶の頰に触れると拳人が切なそうな顔をした。

「どうしたの?」

「こうやって、会える日が来るなんてな……もう二度と、会えないと覚悟していたんだ」

 晶は段ボールで溢れかえった部屋を見渡す。最初の出会いを思い出して晶は笑った。拳人は真面目なオタクに変装し、晶は全身をロープで覆っていた。

 呼び名も、服装も偽ったものだったけど、確かに私たちの心は繋がっていた。まるで何もかも知っているかのように互いを思い合っていた。

「ここで、出会ったんだもんね、私たち──最後に別れたのもここだった」

「晶……ちょっといいか?」

 拳人は私の手を握ると自身の頬に当てた。拳人の体温に晶の胸が高鳴る。触れている部分から火が出そうなぐらい熱く感じる。どちらの熱かは分からないがきっと私はひどい顔をしているだろう。心臓の鼓動が、血が騒がしい。

「晶、俺は──友達じゃない……お前が、好きだ、好きなんだ……」

 拳人は震える手を晶の頰に当てた。想いを込めた言葉を繰り返しながら晶の琥珀色の瞳を見つめた。
 押さえ込んでいた想いが爆発する。晶は顔を赤らめながら拳人の瞳をじっと見つめた。何度も瞬きをして言葉を、その想いを飲み込む。

「拳人──私、私ね……ずっと拳人が好きだった。メゾンとしても、晶としてそばにいる時も、ずっと──」

 言い終わる瞬間晶の顔が歪み涙が溢れた。玉のような涙が瞳から溢れ出し頬を伝う。

 前回言葉にした時はメゾンの思いを晶として伝えた。もう二度と思いを伝えることは出来ないと思っていた。それなのにまさか、拳人も同じように思ってていてくれていたなんて──嘘のようだ。夢のようだ。

「晶……泣くな……」

 拳人がその頬を包み込むと親指で拭う。晶の琥珀色の瞳がより輝いて見える。

「ヤクザだし、これからも苦労かけるけど……俺のそばに……いてほしい……晶」

「拳人……」

 本当の自分を出し、ようやく二人は想いを伝えることができた。夕日を背に二人の顔が近づいていく……影が重なりその影がアパートの畳へ映し出された。
 その影を銀角は見つめると葉巻を手にどこかへと消えた──。

 ジェイは姿を消して二人の様子を腕を組んで見ていた。幸せそうな二人を見て何度も頷いていた。その表情からは感情は読めない……。

『よかったな。ま、幸せになってくれたらそれでええわ──あー、よかった』

 ジェイは背伸びをするとそのまま二人に背を向けて歩き出した。






 銀角は葉巻をくわえながら縁側に佇んでいた。頭の傷はすっかり良くなった。少し表面のささくれは残ったものの綺麗に繋がった。

「また、葉巻吸ってるの? 病み上がりだよ?」

 中庭から腕を組んだ晶が現れる。心配そうに咥えた葉巻を睨んでいる。取り上げられるものなら取り上げたかった。

『こりゃ栄養剤だよ──晶ちゃん……ごめんな』

「うん? 何が?」

『全部だ──二十年前の事も……晶ちゃんを巻き込んだ事も……』

 晶は縁側に座ると青空を見上げて笑った。

「こちらこそありがとうね……私、ただ毎日目標もなく生きていたの。生きる意味を与えてくれてありがとう。銀さんに出会わなかったら……命について考えなかったと思う。私──今の自分が好き。ここでこうして銀さんと話せて、一緒に過ごせるこの時が嬉しい……」

 晶の言葉に銀角は鼻で笑った。咥えていた葉巻を手で消すと胸ポケットに直した。

『……ふん、俺は成仏しないぞ?俺の魂はしつこいんだ。死神が来ない限り逝かない』

「前も言ってたね……しぶといもんね、銀さん」

 二人は微笑み合った。そんな二人の背中を見ていたマルとタケは肩を組む。

『タケは、もう逝きたいのか?』

『……マルはどうだ?』

マルは頰に手を当てて考えると首を横に振る。

『俺、まだスペイン料理も食べてないし、果物の王様のドリアンも食べてない。世界中の食べ物を食べないと成仏できないよ』

タケはマルの頭を軽く叩くと笑った。頬の傷を掻くと空を見上げた。

『俺もその夢に乗っかる……まだ逝かない』

タケとマルは笑い合いながら肩を組みなおし姿を消した。


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