上 下
108 / 116
第一章 

108.過去の真実

しおりを挟む
 あの日いつものように小春と陽子は陶芸教室からの帰りにカフェに立ち寄り次回の作品について語り合った帰りだった。陶芸話に熱中しすぎて陽が傾き始めていた。船越の屋敷の手前で二人は別れた。二人は親友だが世間的には一緒にいるところを見られるとまずい関係だ。それでも二人はいつか組同士が歩み合える日を待ち望んでいた。そしていつか二人で作品を作ろうと約束し合っていた。

「またね」
「えぇ……」

 小春は帽子を目深く被り顔を隠して立ち去る。陽子はその背中を見送ると屋敷の正門をくぐった。

「おかえりなさい」

 正門のそばに植えられた松の木の下で田崎の妹、友美が立っていた。友美を妹のように可愛がっていた陽子は友美に駆け寄る。

「ただいま、友ちゃん今からどこかに行くの?」

 友美は笑顔で陽子に近づくと迷うことなく陽子の胸を包丁で刺した。
 刺した後、より深くにえぐり込むように突き上げた。陽子の体が痙攣を起こしその場に崩れ落ちた。声も出なくなるほどの痛みだ。助けを呼びたいのに体が思うように動かない。

「は…………っ……んぅ、うぅ──」

 バサッ

 友美が物が落ちる音に気付き門の方を振り返ると、二人のデザイン帳を渡し忘れた小春が正門に佇んでいた。小春が手に持っていたデザイン帳を地面に落とした音だった。真っ赤な胸を押さえて横たわる陽子の姿を捉えると小春は何振り構わず親友の元へと走り出した。

「陽子──!」

 友美はとどめを刺そうと再び陽子へと包丁を向けた。小春は必死で守ろうと友美と争い、そして小春は胸を刺された──即死だった。
 友美は誤って刺してしまった小春の胸を押さえた。首の頸動脈に触れて亡くなったことがわかると友美は大きな声を上げて泣き始めた──。

 友美は太一の父である誉を愛していた。陽子と結ばれる前から一途に想い続け、とうとう最悪の選択をした。
 
 騒ぎを聞きつけた誉が玄関に現れた。全身返り血で血だらけの友美は誉の姿を見るとにっこりと微笑み、迷うことなく自分の首を刺した。

「だめだ! 友ちゃん!」

あっという間に屋敷の立派な松の木の周りに女三人が血だらけで倒れていた。
 誉は震える手で小春の死亡を確認し、愛する妻、陽子の元へと駆け寄る。

 頼む、生きていてくれ──。

「陽子──! おい、しっかりしろ!」

 意識は無いものの陽子は辛うじて生きていた……そのまま側近の組員に車でかかりつけの病院へと運ばせた。誉は屋敷に残ってすべきことが残っていた。
 
 誉は目を開けたまま全く動かない友美はもう助からないのが分かった。そっと友美を抱き上げると誉は苦しげな表情を浮かべた。憎かった、怒りをぶつけたかった──。でもそれももう叶わない。

 友美は誉にしか聞こえない声で囁くと息を引き取った。誉にとって友美は幼く、妹のような存在だった。
 誉は舎弟の持ってきたメモ用紙の番号に目をやると携帯電話を取り出しある人物へ電話を掛けた。

「船越だ。申し訳ないが一人で屋敷に来て欲しい。君の奥さんが、亡くなった──詳しくは会って話す……本当に、申し訳ない」

 誉は我慢できずに電話口で涙を流した。堪えていた涙が高人の震える声で湧き出してしまった。愛する人を失った者同士、高人の気持ちが分かった……だけれど、同じ気持ちと言えない自分の状況に堪えきれない胸の痛みを感じた。

 





『や、やめろ──』

 田崎は震えていた。頭を押さえて何かを振り払うように暴れ出し、苦しみ出した。田崎が苦しむ様子を見て壊れたおもちゃのようにサンは高笑う。

「そうだ、思い出したか? 妹が引き起こした大惨事に妹の自殺……お前が死んでもなお歪み続けた真実の記憶だ。お前を眠りから目覚めさせた時、記憶が捻れていることを俺は知った。神様に感謝したよ……お前を復讐の道具に使える事を」

『嘘だ、嘘だ、嘘だ……』

 田崎は膝をつき頭を床につけて泣き崩れた。その後ろ姿は悪霊ではなかった……一人の弱い人間だった。

「お前は若林組が陽子たちを殺したと思い込んだ。絶望し、そこにいる若林組の二人を殺す寸前まで暴行した──その事がより誤った記憶に信憑性を与えたんだ」

 田崎は悲痛な叫び声をあげた。晶と太一は思わず耳を塞ぐ。超音波とシンバルが混ざったような悲鳴が耳を刺す。晶が耳を押さえて苦しみ始めるとよろめく晶の体をサンが支える。

「おっと、危ないよ……刺さるよ」

 サンは幽霊の叫びを聞き慣れているのか痛がる様子もない。冷酷な表情で田崎を見ていた。田崎は手にしていたナイフを見つめて過去へと遡った──。



 出先で俺の携帯電話が鳴った……。興奮して話す仲間の言葉に言葉を失う。心臓の鼓動と逆流したかのような血の昂りに目の前が真っ白になった。

 屋敷に到着した俺を待っていたのは血だらけで横たわる友美と地面の土や御影石を染める赤い血の海だった。何人かが呆然とする俺の胸倉を掴み何かを叫んでいる。肩を落として地面に座り込む誉さんが胸のシャツを真っ赤に染めて悲しげな表情でこちらを見る。

「若林──刺す──ッ!姐さん……」

「友──ゃん、首を──自分の首……」

「若林……報復──……どう──気だ!田崎!」

 自分の鼓動で何を言っているか聞き取れない。俺の肩を揺すりながら叫ぶ仲間の唇が動いているのに聞き取れない……。

 数時間前の出先で若林組の二人とやり合ったことを思い出し。俺の中でざわざわと何かが蠢く。

 あいつらが、姐さんと友美を殺したのか? 若林組が報復として二人を? そうか、そうなんだな──。

 俺は制止を払いのけさっきまで殴り合いをした二人を追い、殴り殺す寸前まで追い込んだ。殺してしまいたいが洗いざらい吐かせて若林組を地獄に落とそうと堪えた。

(ただ殺すだけじゃ……ダメだ)

 意識を失った二人を車に押し込んでいると背の高い方の男の胸元で携帯電話が鳴った。電話に出てみると仲間が泣き叫んでいるような声が響く。この男はさっきから何を夢のような事をほざいているのか。

 姐さんが通り魔に襲われて亡くなった。
まだよくわからないが犯人は小柄な女だと──。

 鈍器で頭を殴られるとはこの事だ。屋敷で聞き取れなかった言葉たちが今度こそ俺を逃さまいと捕らえる。

 友ちゃんが姐さんと若林組の奥方を刺し殺した──友ちゃんは自分で首を刺して亡くなったぞ──若林組が報復として乗り込んでくるぞどうする気だ……。

 あぁ、やめてくれ。そんな言葉は聞きたくない。違う! 友美はそんな事をしない!

 田崎は二人を車中に残したまま飛び出し、ひどく脈を打つ頭を抱え屋敷へと戻った。 屋敷に戻ると誉が待っていた。泣いて謝って済む問題ではない。二人は口を開く事も出来ないほど憔悴しきっていた。最初に声を掛けたのは誉だった。

「田崎……大丈夫か?」

 この人のためならなんでも出来ると思っていた。なのにこの人に俺は慰めの言葉一つすらかける事ができない。喉が張り付き声が出なくなった。

 友美が暮らしていた部屋へ友美を迎えに行くと血だらけのまま布団に寝かされていた。その体を抱きしめそのまま裏庭へと運び出す。陽だまりのような香りのする友美からはもう血で湿った匂いしかしない。友美の恋心には気付いていたがここまで深く濁ったものだとは田崎も知らなかった。誉が異変を察知して駆け寄ってきた。

「誉さん、決して俺たちを許さないでください。俺は俺を許さない──」

 ポケットから愛用のナイフを取り出し、迷う事なく首に差し入れた。誉が何かを言っていたがその言葉は田崎の耳には届かなかった──。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

みいちゃんといっしょ。

新道 梨果子
ライト文芸
 お父さんとお母さんが離婚して半年。  お父さんが新しい恋人を家に連れて帰ってきた。  みいちゃんと呼んでね、というその派手な女の人は、あからさまにホステスだった。  そうして私、沙希と、みいちゃんとの生活が始まった。  ――ねえ、お父さんがいなくなっても、みいちゃんと私は家族なの? ※ 「小説家になろう」(検索除外中)、「ノベマ!」にも掲載しています。

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

処理中です...