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第一章 

105.裏

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「やめろ!」

 日本刀が振り下ろされると空を切る音が部屋に響いた。高人は太一から目線を外さなかった。

刃はそのまままっすぐ振り下ろされ床にめり込んでいた。部屋には太一の荒い息遣いが響く……。その瞳は高人を捉えたまま動かない。

『何をしている……殺せ! 母親の恨みを晴らすのが貴様の願いだろう!』

 田崎が太一の隣に立ち叫ぶ。太一は日本刀から手を離し、耳を両手で塞ぐとふらつきながら後ずさりする。

「黙れ……田崎。黙っていろ……」

 拳人とヤスは顔を見合わせる。晶の話にあった悪霊のことだ。高人が立ち上がると日本刀を床から引き抜き壁へと投げ捨てる。

「なぜ殺さない?」

 高人の問いの答えを一番知りたいのは太一だった。この二十年孤独に苦しみ真実を知ってからは復讐だけを考えて生きてきたのに。

──あれを見てから何かが崩れ始めた……。

「……あなたが、毎年命日に送って来ていた作品は、どれも胸を焦がされそうになるほど愛情に溢れていたんだ。あなたが作ったものとは知らず……僕は──癒されて……しまった……」

 太一は高人から目を逸らし大粒の涙が頬を伝う。あれから太一は東屋へ出向くと丁寧に焼き物たちを手入れし始めた。その間だけは、復讐も、寂しさも何もかもを忘れられていた。

 高人が拳人の方に目をやるとじっとこちらを見ていた。真実を言ってほしい……そういう目をしていた。大きく息を吐き、高人は穏やかな表情を見せる。

「作品の裏に印が押されていただろう? 太陽を浴びる小さな花が……。あれは元々はの印だ──太一くん、君は陽子さんによく似ているよ」

 太一はゆっくりと拳人の方に視線を移す。拳人も同じく太一を見つめた。 

 俺たちの母さんたち──。

「……二十年前、小春と陽子さんは地元から遠く離れた陶芸教室で偶然出会い親しくなった。その時には既に互いの組の対立が激しくなっていたが二人は隠れて親交を深め、陶芸を愛し、互いに心を許し合う親友になっていたんだ。将来、二人で陶芸家として活動する約束までしてな。俺はそんな二人の事を気付かぬふりをしていた……」

高人は太一を見つめた。その瞳は生前の陽子にそっくりで思わず目を細めた。

「──それがある日全てが壊れてしまった。たまたま若林組の組員二人と船越組の組員が道で殴り合いのケンカになった。激しいものだったがどうにか収拾がついたその日に……小春と陽子さんが刺された。俺が連絡を受けて駆けつけた時には小春は息絶え、陽子さんは病院で意識不明の重体だった……そして、三日後、陽子さんは亡くなってしまった」

 拳人がゴクリと喉を鳴らす。涙を必死で堪えているようで握られた拳が細かく震えている。高人の口から母親の死について語られたのは初めてだった。

「誰が……俺たちの母親たちを──殺したんだ?」

「……僕は知ってるよ。そのケンカした若林組の二人でしょ」

 太一が力なく答えると高人が首を振る。
 

「違う……。二人を殺したのは、田崎──田崎友美だ。船越組の組員……田崎政直の妹だ」

 部屋に沈黙が広がる……誰も声を出せない。田崎の名前が出た瞬間拳人は部屋の中にいたはずの田崎を目で追った。見えないはずだが……それでも探した。




「ハ、ハハハ……ハハハハハッ!」

 沈黙を破ったのは太一だった。大声を出し始めて腹を抱えて笑っている。呼吸を整えた太一が電池が切れたおもちゃのように止まる。

「どういうこと? 田崎……お前が言ったんだ。お前が僕の母親は若林組に殺されたと……僕に何を言った?!」

 太一が叫びが壁に当たり鼓膜を震わせる。
その瞬間高人は太一が霊力があり、田崎と面識があることを悟った。

『な、ち、違う──違うっ!』

 田崎の声が聞こえているのだろう太一は声のする方に視線を向けている。

『嘘だ。こいつは嘘を言っている……友美がそんなことするわけが無い。優しい子なんだ……友美は、あの子は……どこにいるん、だ? なぜどこにもいないんだ……』

 太一は田崎が混乱していることに愕然とする。今まで積み上げたものが音を立てて崩れていくのを感じた。ふらつく太一の肩を直が背後から支える。 

『太一、あいつらを殺せ。お前の命を無駄にする気か……騙されるな!』

「……あんたが騙されてんのよ」

 開け放たれたままのドアから息を切らした晶が現れる。晶はドアに手を当て体重を支えている。随分と疲れ切っている。ジェイも部屋に入ると辺りを見渡す。部屋には特に幽霊はいないようだった。

「若! 兄貴!」

部屋に入った小鉄が椅子につながれたままの二人の姿を見つけ、慌てて駆け寄ろうとする。すぐさま二人を押さえつけている男達はナイフを拳人たちに突きつけた……。

 切れ味の鋭そうな刃物に思わず小鉄と高人も拳人たちから距離を取る。拳人は首に突きつけられたナイフを気にも止めず晶を目で追う。

「……よく聞いて。皆、踊らされてる。糸で操っていた人間が他にいるの。こんな事もうやめて、もう──んっ?!」

 晶は首にチクリと刺さる痛みにマネキンのように動けなくなった。
 
 何か鋭利なものが自分の首の頚動脈付近にピタリと当てられていた。いつのまにかドアから晶へと音もなく忍び寄っていたその人物は背後から晶を抱きしめて笑っている。

 晶には赤の革のジャケットの袖口しか見えない。他の人間には晶の首元のアイスピックと背後に現れた人物が見えていた。

『あんた……どうして──』

 ジェイは怪しく首をかしげるその人物を見て瞬きを繰り返している。その顔は幽霊に会ったかのように青ざめている。

 拳人やヤスもその男と目が合うと奥歯を噛みしめた。

「やぁ、若……久しぶり──あ、そこにジェイもいるのか、やぁ……元気?」

 その男は晶を抱きしめて、アイスピックを持つ手で器用に晶の頰を撫でていた。
 
 髪型や服装が全く異なるもののその男は、ジェイの仕事の相棒──ヨウだった。
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